GFA Soriya カンボジア日系サッカーアカデミー

ボールでつながる出会いに乾杯!


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今回の企画で最後にインタビューをしたのはGFA Soriya代表の斉藤泰一郎さんです。

 

現在シンガポールとカンボジアを中心に、東南アジアでサッカー事業を展開している数少ない一人の斉藤さんは、プロサッカー選手としても数多くの国を経験してきました。海外でサッカーする人が本当に少なかった時代の貴重なお話を聞かせてもらいました。

 

是非御一読ください!

 

 

 

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鎌田(以下K)―まず日本と海外でのサッカー経験について教えて下さい。

 

斉藤(以下S)-サッカーを始めたのは幼稚園の時からです。生まれがフィリピンなので、日本に帰国して三菱養和で始めました。そのあとシンガポールで小中とサッカーをしました。高校と大学はまた日本でサッカーをしましたね。早稲田のサッカーが強かったので、そこでサッカーをしたくて早稲田の付属校である早稲田実業に行き、大学では早稲田の体育会サッカー部(ア式蹴球部)に所属しました。それでもプロにはなれず、一度は「サッカーも終わりかな。」と思ったけど、シンガポールにプロのリーグがあると聞いて、1999年にシンガポールで初めての日本人プロとして、契約しました。というのが海外のサッカーキャリアの始まりです。

 

 

K―じゃあパイオニアだったのですね!

 

S-と、よく言われます。(笑)

 

 

 

K-当時海外でサッカーをするってどういう気持ちだったのですか?

 

S-気持ちとしては、自分の目標としてきた「プロになる」「契約する」「入団する」それだけしかトライアウトの際には頭にありませんでした。もちろん行った当時は英語が話せなかったから…

 

 

K-そうなのですか?!(今はペラペラなので)

 

S-そうそう、だからコミュニケーションは不安だったし、土地勘も無かったから、目的地に向かうのも大変だったし、問題だらけでした。最初はとりあえずサッカー協会で頂いた電話番号リストをもらって、(トライアウトのチャンスをもらうために)上から下まで電話かけて、“I am Japanese. Give me chance.”って公衆電話から電話していって。

 

 

 

K-すごいですね!

 

S-すぐに切られた時もあるし、でもいくつかのチームには「〇時に〇〇に来てって言われて。」そこに突っ込んでいくって感じで。

 

 

 

K-これが直接チームに入るきっかけになったのですか?!

 

S-そうですね。もう即効でグランドにいって。こんなことする日本人当時はいなかったから。それに“JAPANESE”っていうだけでインパクトあったようです。みんなJリーグは知っていたので。

 

 

 

K―周りの日本人に海外でサッカーする人っていなかったのですか?

 

S-当時はほぼいなかったです。現地にいったら3~4人しかない外人枠をアフリカや南米や東ヨーロッパ選手達と競争しなきゃならなくて。チームとの契約とかも当然全部英語だったけどあまり理解できなかったから最低限の給料、数字だけは確認して、その他の細かいところは全部「何でもやります!」っていうノリでした。

 

 

 

K-とりあえず挑戦してみたのですね。今までいろんな国に行かれたと思うのですけど、すごく大変だった経験ってありますか?

 

S-シンガポールのときは、何もかも初めてだったから、今ふりかえれば力の抜き加減がわからなかったのを覚えています。当たり前だけど勝っても負けても、全部外国人のせいだから常に気が張っているというか。当時はフォワードをやっていたので、点が取れなかったらへこんだし、「点とるために何が何でも!」という感じでした。

 

S―あとミーティングの内容は、ほんと言葉が分からなくて辛かったから、勝利給が出たらそれを持って朝から晩まで映画館こもって、同じ映画を何回も何回も見ていました。少しでも語学力伸ばそうとヒアリングの勉強ということで必死に鑑賞していました(笑)。練習後には部屋にこもって高校でつかっていた英語の参考書を読んだり。実はシンガポールではサッカーの環境ではマレー語が使われていることも多いから、マレー語も勉強するようになったし「言語」には時間をかけました。

 

 

K-もの凄い努力です…!他の国でもハプニングとかありましたか?

 

Sーその次はガーナに移籍しましたが、もうここは価値観が1から100まで全部違うので、苦労というより前提がひっくり返るような世界でしたね。人付き合い、日常生活、何から何まで違ったので。まあでも全部ひっくるめて楽しくやれたかなという感じです。

 

 

K―サッカーに関しても違ったのですか?

 

Sーガーナについていうと、今までやってきた東南アジアのサッカーと比べて、「のし上がってヨーロッパに移籍したい。」という選手がたくさんいたから、個人技ベースのサッカーでしたね。チーム戦術というのはあんまりなくて、その代わり、見たことないフェイントやトラップをする選手がうじゃうじゃいて。練習中でもマジでぶん殴るくらいのけんかがあったりして。「なんでお前俺にボール出さないんだよ」って。めちゃめちゃハングリーな世界でしたね。日常生活に関してはまあ話しだしたら止まんないからwwまた別の機会に。

 

 

K-そうですねww

  

K―それでは、海外でサッカーをするときに、これだけは必要だったものってありますか?

 

S-気持ちです。

 

K-気持ちですか?

 

S-ホントにやりたいっていう絶対的な思い。

 

 

K-実は太田さんも気持ちっておっしゃっていました。

 

S-彼と意見が合うなんて奇遇だね。変えてもらっていい?(笑)

 

 

K-えーwwわかりました(笑)

 

S-うそうそ(笑)

ほんとに気持ちだと思う。心底そう思います。まあそれ以外でも一人で生きていくことはできないので、誰に対してもお世話になる人への感謝の思いであったり、リスペクトだったり、謙虚さっていうところは絶対必要。ピッチの上では「オレがオレが!」でいいけど、ピッチの外での人間関係は非常に大切なので、「人間力」っていうスキルは問われると思います。

 

 

K-気持ちと人間力は絶対必要なのですね。では、最後に海外でサッカーを考えている人に何かアドバイスをお願いします。

 

S-人間が仮に80年くらい生きるとして、サッカーってほんとにトップレベルでできる時間はわずかで、普通だとアスリートとして10年もないのでは。だから、もし幼い頃から海外でも国内でもプロになることを視野に入れて目標にしてトレーニングしていたり、その挑戦のマインドを今もっているのであれば、限られた人生の時間の中で「今」がものすごく大きくて大切なチャンスの時間であることを自覚して欲しい。そしてやりたい思いや理想があってそこに自分の決断をおくのであれば、自分が持っている120%の力をぶち込んで、後悔のないようやってみてください。とにかくそれだけです。

 

 

 

K-ありがとうございました。僕も今いるGFA Soriyaで頂いている機会に全力で取り組みます!

 

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厳しい海外の環境の中でもひたむきにプロとしてサッカーをしてきた斉藤さんの経験談とアドバイスは、インタビュー最後の一人にふさわしいとても面白くてためになる話でした。

 

皆さんもこれで海外サッカーという壁をぶち壊したくなったと思います。是非熱い気持ちを持って、今ある目標に全力で取り組んでいきましょう!

 

最後に3本でも1本でも、ほんの少しでも「世界の壁をぶち壊せ!」の記事を読んでくれた方々には、本当に感謝感激です。残りの時間もインターン鎌田は頑張りますので、宜しくお願いします!

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