今は広辞苑に「癒し」という名詞があるかも知れませんが、本来は「癒す」という動詞しかなかったといわれています。
で、「癒す」ということばは、体を横たえて休むという意味が、転化に転化を重ねて、このことばに行きついたようです。
考えるに「癒す」は「居る」「休む」が引っ付いたのではとも思うわけです。
ところが「優しい」は「痩せる」ということばが転化したことばといわれています。
今風にいうと「激やせ」という意味です。
激やせの人を見て、スタイルいいなと思いませんね。
体大丈夫?と労りのことばをかけたくなりますね。
特に今風にいうと丸ぽちゃが美人の代表といわれた平安時代、激やせは自己管理できない恥ずかしい行為で、その恥ずかしさから、どうしても消極的になり、控えめな行動になる。
この控えめな行動が、か弱く優美に見えるということが、今の「優しい」に繋がったわけです。
癒すは我が身大切であり、優しいは我が身の恥であり、両方とも我が身のための行ないや行動が、このことばになっているわけですね。
誰かを癒すのではなく、自分の体調管理のために休む、そういうもの静かな行動が、誰かのためになっているなら、みなさんの書く小説は、ひとつの癒しかもしれません。