写真: 三島さんちの芝桜の蝶々

今日の札幌も良い天気。こんな日は偏頭痛にならないから平和だ!相変わらず家と会社の往復で代わり映えのない平日だ。

昨日の話の続きでもしよう…
私の過去の話を読んで、色々な経験が出来て良いと思う方もいるでしょう。ただ理解して頂きたいのは波乱を自慢している訳でも、悲劇のヒロインになりたい訳でもない。
どんな経験や環境も、子供と親の心の関わり方や精神状態によって無駄になると言う事だ。現に私は、何1つ活かす事が出来ないまま残念な大人になった。気付いた今から変わろうとしている最中の、ただの中年女性なのだ…

転校する前に、恋人のユウに伝えるか、黙ってロンドンへ行くか迷った。と言うのも初めてのお付き合いは自然消滅していたからだ…。
彼との想い出は大切で、生い立ちの流れで話し切る事は出来ない。いつか別枠で綴ろうと思う。結局は黙って地元を離れた…

父と2人で飛行機に乗り、タクシーでロンドンの学校へ向かった。家族と離れる時に、どんな顔でどんな会話をしたのかは全く覚えていない。
新しい高校は郊外にあり、広い敷地で緑の豊かな素晴らしい環境だった。編入試験を受け、無事に転入できた。父は帰り、私は知らない土地の知らない人の中に置いて行かれた。
後から先生に聞いたのだが、私のテストの点数は酷く、姉妹校(日本で通っていた高校とたまたま姉妹校だった) だから特別に合格にしたと…。
友達は直ぐに出来た。人数が少なく、転入生も珍しいので、女子からは喜ばれた。友達に助けられ1日の流れや色々な生活の事を覚えた。日本食もあったし、部屋にユニットバスも付いていたので何も不自由は無かった。

ロンドンのその高校は、親の仕事の都合で通っている子、自分の意思で海外に来た子、日本にいられない事情のあるお金持ちの子などが混じって生活をしていた。
ただ共通して言えるのは、お金持ちの家庭で、教育は小さい時からしっかりされている。皆、英語や勉強の土台は出来ていて、ギャルのような子でも英語が普通に使えた。
驚いたのは、『おじいちゃまが亡くなってニュースになっているから、一時帰国するわ!』と言う同級生がいた。身内が亡くなるとニュースになる世界が…
『おじいちゃまって』言い方を、おぼっちゃまくん以外で言う人が現実にいるなんて…。私は井の中の蛙だった。

学校の規則で外出は週末の日中のみ。物価も高く、ロンドンの街中に出るだけでお金が掛かった。なので寮の敷地から出るのは月に何回かだけだった。あとはTESCOと言う、コストコのようなスーパーにお菓子や飲み物を買いに出掛けるくらいだった。

授業は日本人の先生に日本語で習う。あくまでも日本の高校なので、カリキュラムは同じだ。違うと言えば、給食を作る人、掃除の人、英語や体育の先生が現地の人だと言うくらいだ。特に困る事はないが、英語で話しかけられたら、友達が通訳してくれた。なので、結局は卒業するまで英語は話せないままだった。

長くなった。ロンドンの高校での、波乱な出来事は明日にしよう…