僕は、目を見張る。
地響きと共に地中から姿を現したソレは、灼熱のマグマそのもの。
その圧倒的熱量の塊が、ひとつの形をとっていく。
身体中から炎を吹き上げ、まるで悪魔と見紛うかのような姿となったソレは、しかし、確かにドラゴンであった。
マグマよりなお紅い、狂気に満ちた眼が、僕を見据えた。
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予め立てておいた作戦の通り、きちんとした手順さえ踏んでいけば、決して難しくはないミッションのはずであった。
その日僕は、ヴェニア商隊長からのかねてよりの依頼で、テリートの森の奥にある灼熱の隧道へと足を踏み入れた。
もちろん、まだレベル50にも満たない僕が1人で来られるはずもなく、数人の仲間に同行をお願いしたことを明記しておく。
「みんな、大丈夫かい?あまり離れすぎないよう、なるべく固まって移動するように、ね。」
ギルドのサブマスター兼、僕たち初心者組の教育係であり、今回のチームリーダーでもある彼が言う。僕は彼を、親しみを込めて"副長"と呼んでいる。
灼熱の隧道を住処とするモンスターたちはレベル50前後。副長ならその杖から放つ一撃で事もなく倒せる相手であるが、魔力でも体力でも劣る僕たち初心者組は、複数で相対しなければ、即座に街送り(デスルーラ)にされてしまうだろう。それ故、互いの距離を空けすぎないように注意して進まなければならない。
が。
「蓮!そっちは行き止まり!こっちだよ!」
「あれれ?!」
副長が呼び戻したのは、何故か袋小路に向かって自信満々に突撃していく、ギルドの迷子姫こと蓮香さん。通称、蓮ちゃん。
「アリサ、そのまま行くと囲まれるから、そっち側から迂回して!」
「は、はいっ!」
あわや四面楚歌になりかけ、副長に注意を飛ばされたのは、最近ギルドに入隊したばかりの新メンバー、アリサさん。
そんな初心者丸出しのメンバーをフォローしながら、時には立ち塞がるモンスターを蹴散らし、先へと進んでいく副長。
「む!…ここはやっかいだな。みんな、立ち止まらずに一気に行くよ!ここを渡りきったら、一度休憩を取りつつ、作戦を確認するからね!」
副長にそう言われて前を見ると…そこには何も無いはずの空間をところ狭しと泳ぎ回っている巨大な魚達の群れ。
目の前には底の見えない崖があり、向こう岸へと渡るためには1つしかない橋を渡らなければならない。しかし、運の悪いことに、その橋の上を埋め尽くすかのようにして、その巨大魚達が陣取っているのである。
「よし、行こう!」
掛け声と共にまず副長が走り出し、その後を蓮ちゃん、アリサさん、僕、と続く。
ところが、橋の中ほどまで来た時、ふいに横から現れた巨大魚にぶつかり、僕は足を止めてしまう。
と、それまで自由に泳ぎ回っていた巨大魚たちが、僕をターゲットだと認識したのか、一斉に襲い掛かってくる!
襲い来るその魚達の隙間をかいくぐり、なんとか橋を渡り切る。しかし、魚達は追撃を諦めようとはしない!いわゆる「トレイン状態」というものであろう。後ろにゾロゾロと魚達を引き連れた僕の目に、すこし先で青ざめた顔でこちらを見ている副長たちの姿が映る。
このまま副長たちの所へは行けない!
僕は副長たちがいる方向から少し逸れると、何かを叫んでいる彼らを横目に見ながら必死で走り続ける!
その先には、かなり開けた場所があるようだ。ちょうどいい!あそこへ行けばなんとか体制を立て直せるかもしれない!
そして、その空間に、僕は飛び込んだ。
ぐにゃり、と、一瞬目の前の空気が歪んだような気がした。
「?!」
気がつくと、さっきまで執拗に僕を追い掛け回していた魚達の姿がない。
「?……振り切った…のか…?」
それにしても、やけに胸騒ぎのする、このピンと張り詰めた空気はなんなのだろう…まるで、嵐の前のなんとやらだ…。
そんなことを思った、まさにその瞬間!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!
まるで、空間全体が唸りを上げているかのような、凄まじい地響きが起こる!
見れば、その地響きに合わせるかのように地面が割れ…中から巨大なマグマの塊が姿を現す。
呆気にとられる僕の前で、ソレは次第にひとつの形をとっていく。
そして。
ヤツがその本来の姿を現した。
今回の最終目標にして、最大の敵。火竜ブレアード。
ドラゴンと呼ぶにはあまりに異様な、悪魔的とも言えるそのフォルムは、しかし、目の前の小さな人間に絶望を与えるには十分過ぎるほどの威容を誇っていた。
「こ、こんなのと、どうやって…!?」
狼狽える僕を、ブレアードの紅い、狂気に充ちた眼がギロっと見据える。
と、その時。
ズバァァァンッ!
僕の背後から飛来した炎が火竜にぶち当たる!
「ガーベラっ!いったん下がって!」
背中越しに聞こえる副長の声。
僕は急いで後ろへ避難する。
「もう状況は分かっただろう?ここはボスフィールドだ。すぐに後を追うつもりが、君が連れてきたヴァルムたちを片付けるのに少し手間取ってしまって…でも、間に合ってよかった。」
緊張の面持ちで蓮ちゃんとアリサさんが見つめる中、副長がほんの少し安堵のため息とともに話す。
と、そこへ、お喋りはもう終わりだとばかりに、全身に炎を纏った火竜ブレアード突っ込んで来る!
「みんな避けてっ!」
とっさの副長の指示で、僕はなんとか横へ転がり、火竜の直撃をギリギリで躱す!
起き上がりざま、僕は唯一使える攻撃魔法「マナウェーブ」の詠唱を開始する。
見れば、火竜はもっとも近くにいた蓮ちゃん目掛けて腕を振り下ろそうとしている!しかし、同じく魔法を詠唱中の蓮ちゃんは動けない!
しかし、振り下ろされるその腕目掛けて副長の炎の槍が突き刺さる!
その後はほぼ混戦状態。
副長の「ファイアランス」は強力な攻撃魔法であるが、火系モンスターの多いこの灼熱の隧道では幾分、威力が落ちる。それでも雑魚モンスターにならば十分通じる威力であるのだが、エリアボスである火竜ブレアードに対してはわずかばかりの体力を削るに留まる。
決定的な一撃とはならないのだ。
徐々に劣勢に追い込まれていく僕たち。
僕が最初にボスフィールドに飛び込んだりしなければ、あるいは副長1人であったならば、もっと楽な戦いが出来ただろう。
陣形が崩れた状態で、なおかつ初心者組を守りながら戦わなければならない副長の負担は大きい。
仲間の魔力も、もう底をつきそうである。
「このままでは…!…蓮!10秒、いや7秒でいい、時間を稼いでくれ!アリサは蓮のサポート!ガーベラは蓮を集中的に回復!頼むぞ!」
副長が何かを決断する。
彼が使おうとしている手は恐らく、「アイススピア」。
火系モンスターに絶大なダメージを与える、氷雪系魔法である。
しかし、詠唱時間がファイアランスと比べて遥かに長く、それ故使いどころが難しい。
その為の、時間稼ぎである。
蓮ちゃんが杖を振るって火竜を引き付ける!
その蓮ちゃん目掛けて、猛毒を含んだ火竜の爪が振り下ろされる!
杖を盾代わりにしてなんとか防いだ蓮ちゃんであったが、直撃を受けていないにもかかわらず、かなりの体力が持っていかれてしまう。
さらに追撃を加えようとした火竜の側面に回り込み、アリサさんが猛ラッシュを決める!
その隙に僕は蓮ちゃんにヒールを掛け、ほんのわずかではあるが、体力を回復させる。本職のクレリックであれば一気に全回復させることも可能なのだろうが、ぷちヒールしか使えない僕にとってはそのわずかな回復が精一杯であった。
が、そんな僕達をひと睨みした火竜は、身体から炎の衝撃波をまき散らし、前衛を務めていた僕達3人をいとも簡単に吹き飛ばす!
ほとんど瀕死状態の僕たちは、立ち上がることすらままならない。
トドメとばかりに、火竜が大きく口を開ける。
と、その時。
「……жкдБГФэю!!よしっ!みんな良くやった!いくぞ!『多連式氷雪型魔法・アイススピア・ずっきゅーん☆カスタム』!!!」
背後から聞こえた副長の声とともに、猛吹雪の奔流が火竜に向かって押し寄せていく!
それに気付いた火竜が、ひときわ大きく開けた口から爆炎をほとばしらせる!
炎と吹雪がぶつかり、まるで互いを飲み込もうとするかのように荒れ狂い、大量の水蒸気を発生させる!
勝負はほぼ互角かに見えた…が!
「っ!…マズイ、削りきれない!…押し負けるっ!?」
ここまで、僕達のフォローのため、あまりに大量の魔力を消費し過ぎていた副長。最後のひと踏ん張りが出来ず、彼の放った吹雪が徐々に押され始めていく…!
「くっ!…『マナウェーブ』!」
ダメ元で魔法を放つものの、格で劣る僕の魔法攻撃は、火竜の纏う熱波の前ではほとんど意味を成さない…!
「このままじゃ、みんなやられる…!」
…しかし!
「……жёбБГФэюЯ!!ガーベラ、アリぴょん、伏せてっ!! 『多連式氷雪型魔法・アイススピア・蓮香☆スペシャル』!!! 」
どごぉぉぉぉっっっ!!!
どこかから押し寄せてきたもう1つの吹雪の奔流が、火竜の炎にぶち当たり、流れを押し戻す!
驚いたのは、劣勢に晒されていた副長自身だった。
「蓮っ!?…そうか、修得していたのか!…よし、一気に決めるぞ!」
そして、2人の声が重なる!
「「いっっけえええぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!」」
完全に勢いを盛り返した吹雪の奔流は、炎を蹴散らしながら、火竜本体を飲み込むっ!
どどどどどどどどぉぉぉぉぉんっっっ!!!
吹雪の刃に切り刻まれ、氷の槍に貫かれ、火竜ブレアードは自身の体力を大幅に上回るオーバーキル・ダメージを受け、細胞の1片までもが跡形もなく消滅した…!
「…うん、楽勝だったな!」
「余裕~☆」
「そ、そうです…ね…」
「…う~む…」
例外なく満身創痍の僕たちの、記念すべき、初・火竜討伐であった。
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あとがき的な。
ボーさんに火竜のミッション手伝ってもらったなぁと、ふと思い出し。
でも1年半くらい前の事なので記憶がかなり曖昧…。
粉飾決算ばりの脚色過多な中二病全開な展開でお送りしました。