「あの日、私たちは罪を背負った気がする……。」
作品名: 戦争と平和
曲名: 六十年目の東方裁判 ~ Fate of Sixty Years
公開日: 2024年8月10日 (土) ~ 2024年8月16日 (金)
「1945年8月15日は日本が大東亜戦争に敗戦した日で非常に重要な意味があるけど、学校で教わったこと以外は知らない人も多いと思うの。」
「現代は共産主義国家の中国が厄介な存在になっているけど、戦前はイギリスとのアヘン戦争などに敗戦して欧米諸国に分割統治されていたのよ。」
「中国の広大な土地と人口は植民地として非常に魅力的で、先住民を弾圧して建国したアメリカやオーストラリアなどのように危機的な状態だったの。」
「そこで日本は明治維新によって西洋の学問を取り入れて近代化を進め、欧米諸国の植民地にならないように国を豊かにしつつ軍事力を強化したのよ。」
メイリン「1894年には李氏朝鮮で発生した農民の反乱を巡って日本と清 (中国) が対立し、安全保障に関する交渉が決裂して日清戦争が勃発したの。」
「李氏朝鮮では李王朝の腐敗による重税で苦しんでいた農民が反乱を起こし、自力で解決できなくなって清に助けを求める事態に発展したのよ。」
「清は李氏朝鮮の宗主国で東アジアの大国として眠れる獅子と恐れられていたけど、近代化に失敗して欧米諸国との戦争に敗戦し続けていたの。」
「その軍事力が低い清が李氏朝鮮で影響力を強めればロシアが南下してくるから、日本にとっては安全保障に関わる重大な問題だったというわけ。」
「こうして日本は国力が約10倍の清との戦いで圧倒的な勝利を収め、台湾などの領土を得て李氏朝鮮は大韓帝国として独立することになったのよ。」
日露戦争 (1904年2月6日~1905年9月5日) ①
メイリン「1904年に勃発した日露戦争は日本にとって国を守るための戦いで、また満州や朝鮮半島を守るための戦いでもあったと言えるわね。」
「もし日本がロシアに敗戦すれば満州民族と朝鮮民族はシベリアに連れて行かれて、満州と朝鮮半島はロシア人に占領されることになるのよ。」
「それは隣国である日本の植民地化が決定的になるという危機感の表れで、有色人種が未来永劫に渡って白人に支配されるということでもあったの。」
「日本軍は満州を舞台に多大な死傷者を出しながらも勝利を重ね、日本海海戦で連合艦隊がバルチック艦隊を破ったことで勝敗は決定的になったのよ。」
「最終的に中国の植民地化を画策していたアメリカの仲介でポーツマス条約を締結し、日露戦争は有色人種国家の日本が勝利することになったの。」
日露戦争 (1904年2月6日~1905年9月5日) ②
「日本は満州や朝鮮半島などの権益を得て、1910年に朝鮮を併合して近代化を進め、1932年に満州を国として独立させたことで周辺国が安定したのよ。」
「国力が大きく低下したロシアは国民の不満による革命で共産主義国家のソビエト連邦になって、その後の世界情勢を不安定化させることになったの。」
「ただ中国の植民地化を画策していた欧米諸国は人種差別的な偏見で黄禍論に染まり、日本を頂点にした有色人種の復讐に大きな危機感を抱いたわけ。」
「そして反日に染まった欧米諸国は満州事変を利用して日本に対する圧力を強め、日本人に対して人種差別的な政策を行って国際連盟を脱退させたの。」
「日本が満州事変を起こしたのは中国国民党の日本人に対する事件を欧米諸国が黙殺したのが理由で、本当は満州の治安維持が最大の目的だったの。」
「だから満州国は治安がとても安定していて、満州事変前の1908年に約1583万人だった人口は、1942年には約4424万人にまで増加するほどだったのよ。」
「これほど人口が急増して満州人や中国人が日本の教育を受けると、経済的にも軍事的にも発展して欧米諸国の国力を抜いてしまうことになるわね。」
「そこで欧米諸国は日本が自作自演で満州国を建国したことを強調して、軍国主義的な野心で領土を広げようとしていると非難してきたのよ。」
支那事変 (1937年7月7日~1945年8月15日) ①
「当時の中国は蒋介石の率いる中国国民党と毛沢東の率いる中国共産党が、覇権を狙って第一次国共内戦を戦っていて停戦に合意したばかりだったの。」
「そこで劣勢だった中国共産党は中国国民党にスパイを送り込んで、日本軍に対して執拗に軍事的な挑発行為をして敵対するように仕向けたのよ。」
「つまり中国共産党は日本軍と中国国民党を戦わせて両軍の軍事力を低下させれば、中国に共産主義国家を建国できると画策したということね。」
「だからすぐに窮地に陥った中国国民党の蒋介石が中国共産党の毛沢東に助けを求め、第二次国共合作で軍事的に協力することになったのよ。」
「日本軍が中国を占領していったのは軍国主義的な野心で領土を広げようとしたわけではなく、満州事変と同様に治安維持が最大の目的だったのよ。」
「ただ欧米諸国は広大な土地と人口を持つ中国の植民地化を画策していたから、日本軍が軍国主義的な野心で侵略していると主張するようになったの。」
「だからアメリカは日本と友好関係にある汪兆銘の南京政府ではなく、敵対している蒋介石の中国国民党に金銭や武器などの援助をしていたのよ。」
「そして反日だったアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が、日本に対してABCD包囲網を敷いたことで大東亜戦争の勃発につながったの。」
通州事件 (1937年7月29日)
「中国保安隊は日本軍守備隊を攻撃して壊滅させ、猟奇的な方法で殺戮や略奪や強姦などを行って鬼畜の犯行と言えるくらい凄まじい惨状だったのよ。」
「このニュースは日本に大きな衝撃を与えて、暴虐な中国を懲らしめるために徹底的に戦うべきだと日本軍を支持する機運が高まったというわけ。」
「よく南京大虐殺で日本軍に殺された中国人の写真が引用されるけど、あれは本当は通州事件で殺された日本人と朝鮮人の遺体で完全に捏造なのよ。」
「ただ通州事件は中国国民党を支援していたアメリカにとって非常に都合の悪い出来事だったから、満州事変のように介入しないで黙殺されたの。」
「これが1937年に発生した南京事件で、日本軍が殺したのはあくまで便衣兵で、本当は中国人を無差別に殺したという南京大虐殺はなかったのよ。」
「だって人口が約20万人の南京で、約2万人の日本軍が、約3週間で、約30万人の中国人を殺して、遺体が忽然と姿を消すことは絶対に不可能じゃない。」
「南京大虐殺の証言は全て伝聞で構成されていて物的証拠はひとつもなく、記念館も絵や骨のレプリカや通州事件の写真などで構成されているのよ。」
「それをアメリカが東京裁判で利用したのは、日本をナチスドイツと同じように裁くためと、原子爆弾による死者を相殺しようとしたのが理由ね。」
「この1938年に発生した黄河決壊事件では中国の広大な地域が水没し、中国人の死者は約100万人、被災者は約600万人という大惨事になったのよ。」
「日本軍はほとんど被害を受けなかったんだけど、中国人を救助するために進撃を中断し、各地の倉庫から食料を放出して飢えた人々の支援をしたの。」
「ところが救助活動をしている隙に中国国民党は攻撃してきたり、反対に黄河を決壊させたのは日本軍だとメディアを使ってデマを吹聴してきたのよ。」
「ただ黄河決壊事件もアメリカにとって非常に都合の悪い出来事だったから、通州事件と同様に黙殺したうえに金銭や武器などの支援を強化したわけ。」
日本軍を大歓迎する中国人
「そして日本政府は中国の近代化と衛生環境の改善のために、多額のインフラ投資をして中国人の文化的な生活を支えるために支援を行ったの。」
「当時の日本の国家予算が約20億円、中国への投資が約47億円だから、桁外れの金額を中国人のために費やして近代化を進めたことが分かるはずね。」
「日本は中国に鉄道や病院などのインフラをたくさん作って、軽工業と重工業を復興させるなど経済を再建させて資本主義国家の基礎固めをしたの。」
「でも中国が日本によって独立国になると欧米諸国の国力を抜くから、アメリカは敵対している中国国民党に援助をするようになったというわけ。」
「日本はアメリカとの日米交渉で開戦を避けるために妥協案を提示したんだけど、ハルノートで全てを否定されたうえに要求を更に上げられたのよ。」
「戦後の調査をまとめたヴェノナ文書によると、ハルノートを書いたハリー・ホワイトはソ連のスパイで共産主義者だったことが判明しているの。」
「ソ連は名にちなんでスノー作戦と名づけて日本とアメリカを戦わせて両国の軍事力を低下させ、世界中に共産主義を広めようと画策していたのよ。」
「だから原子爆弾の製造方法などの最高機密がソ連に流出して、戦後に資本主義と共産主義の冷戦構造が生まれてアメリカは苦境に陥ったというわけ。」
元日本兵の台湾人が語る 日本が戦ったからアジアは平和になった!
「台湾人は戒厳令が出るほどの中国国民党による酷い統治を経験して、日本の統治がどれほど素晴らしかったのか身を持って知ったのよ。」
「これは欧米諸国に植民地支配されていたアジア人も同じで、本当はたくさん良いことをしてくれた日本に対して感謝の気持ちを強く持っているの。」
「近代史の真実を踏まえて新冷戦時代を迎えたアメリカと中国の対立を分析すれば、日本を陥れた代償が如何に大きかったのか分かるはずよ。」
「この記事の最後では東京裁判を事後法で裁くことに反対し、日本の被告人全員の無罪を主張したラダ・ビノード・パール判事の言葉を紹介するね。」
ラダ・ビノード・パール (1886年1月27日~1967年1月10日)
[子孫のために歴史を明確にせよ]
「ドイツのニュルンベルク軍事裁判は、裁判が終わって3ヶ月目に裁判の全貌を明らかにし判決理由とその内容を発表しました。」
「しかし、東京裁判は判決が終わって4年になるのにその発表がありません。」
「私は、その無罪の理由と証拠を詳細に説明しました。」
「しかるに、他の判事らは有罪の理由も証拠も何ら明確にしていません。」
「おそらく明確にできないのでしょう。」
「だから東京裁判の全貌はいまだに発表されないのです。」
「これでは感情によって裁いたと言われても何ら抗弁できません。」
「東京裁判の全貌が明らかにされない以上、後世の歴史家はいずれが真なりやと迷うでありましょう。」
「歴史を明確にする時が来たのです。」
「そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはなりません。」
「これは日本人が子孫に負うところの義務なんです。」
「日本人はこの裁判の正体を正しく受け止め、批判をして、彼らの戦時謀略に誤魔化されてはなりません。」
「日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚に陥ることは民族自尊の精神を失うものです。」
「要するに欧米は、日本が侵略戦争を行ったということを歴史に留めることによって、自らアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去18年間のすべてを罪悪であると烙印し、罪の意識を日本人の心に植え付けることが目的であったに違いありません。」
「私は1928年から45年までの18年間の歴史を2年8ヶ月にわたって調べました。」
「各方面の貴重な資料を集めて研究しました。」
「この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もあります。」
「それを私は判決文の中に綴りました。」
「この私の歴史を読めば欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずです。」
「しかるに、日本の多くの知識人はほとんどそれを読んでいません。」
「そして自らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えています。」
「満州事変から大東亜戦争勃発に到る事実の歴史をどうか私の判決文の中を通して十分研究していただきたいのです。 」
「日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈頽廃に流されてゆくのを私は見過ごして平然たるわけにはいきません。」
「彼らの戦争宣伝の欺瞞を払拭してください。」
「誤った歴史は書き換えなければなりません。」
「時が、熱狂と偏見を和らげたあかつきには、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取ったあかつきには、その時こそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くにその所を変えることを要求するでしょう。」