幸福度指数

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 小田玄紀です


 ブータン国王が来日したあたりから、幸福度についてメディアでも語られることが多くなった気がします。

内閣府も幸福度指標を真剣に1つの国家指標として導入することを検討しているみたいですね。


 日本の場合は


 ①経済社会状況

 ②心身の健康

 ③家族・地域社会との関係性


 を主軸として細かくは132の項目から幸せかどうかを図るようです。

 

 ちなみにブータンの場合はこうした評価指標ではないところを幸福度の指標として設定していることもあり、国民の95%が幸福というデータになっているみたいです。


 最近、この幸福度について人と話をすることがありました。概して、幸福度を指標として取り入れることについては賛否両論あるようです。


 賛成派は経済的豊かさに代わる、または、加わる1つの指標として導入するべきであるというもの。

 反対派は何をもって幸福かは人によって違うし、また、同じ人によっても状況が変われば幸福かどうかは変わるからというもの。


 どちらも一理ある意見だと思います。


 自分としては、この幸福度の指標自体にはとても賛成です。ただ、それをランキング化することに関しては否定的です。


 思うに、『幸せ』というのは何かと代替にならない、多くの人にとって共通の追い求めるものです。


 たとえば、


 「あたなは“とてもお金持ちになれるが友達ができない人”か“お金持ちにはなれないが友達がたくさんできる人”のどちらかになれるとすれば、どちらになりたいですか?」


 という究極の選択を迫られた際には悩む人は多くいると思います。

ただ、


 「“とてもお金持ちになれるが幸せにはなれない人”か“お金持ちにはなれないが幸せになれる人”」


 という選択肢になった際には多くの人が後者を選ぶと思います。


 お金を稼ぐ、友達をつくる、健康である・・・これらは全て幸せになるための手段の1つであり、あくまで目的は幸せになることということを多くの人が無意識の内に自覚できているからだと思います。


 ここで、最も大事なことは「幸せの基準」は人によって違うということです。


 つまり、幸せを感じる際に“お金”の基準が高い人もいれば、“友達”の基準が高い人もいます。何をもって幸せと感じるかの基準が人によって違うことは『いい・悪い』の話ではなく、その人の個性です。


 人が幸せと感じる基準と自分が幸せと感じる基準が違うことは当たり前のことなのです。


 今回、3つの主要指標がある中で132の細かい幸福指標が提示されたことは非常にいいことだと思います。その132の指標全てを満たす必要は全くなく、この指標の中から(場合によってはこの指標を参考にしてそれ以外の指標を見つけることも含めて)自分にとって幸せと感じる指標を見つけ出すことが大事なことではないでしょうか。


 この過程で、自分にとっての幸せが何か。何を補うことでより自分が幸せを感じられるかが見えてくるのではないかと思います。


 そうした意味で、今回の指標が提示されたことは非常に意義があり、また、これは決して他国と比べてどうかということではなく、1人1人が自分にとって何が幸せかを考えるためだけに活用されればいいかと思います。


 2011年12月6日 小田玄紀