東京電力の決算短信

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 小田玄紀です


 本日、東京電力の決算短信がリリースされました。

http://www.tepco.co.jp/ir/tool/kessan/pdf/1103tanshin-j.pdf


 おそらく、当期純損失が1兆2585億円であることが明日以降のニュースで過大に報じられることになると思います。ただ、当期純損失だけで東京電力の企業力を評価すると多くの誤解を生じます。まず何よりもBS/PLの全体を理解する必要があり、さらにより重要なこととしてこの数字の意味合いを正しく理解する必要があります。


 多くの人が今回の東京電力の決算短信の分析をすることと思いますが、自分なりにも考察してみます。


 まず、特にポイントとなる数値を拾うと


(A)売上5兆1463億円、営業利益3566億円、経常利益2710億円


(B)特別損失の主要内訳は

   ・震災被災資産の復旧費用・損失              1兆204億円

   ・資産除去債務に関する会計基準の適用による影響   571億円

   ・法人税等                             4784億円


(C)固定資産 原子力発電設備  7341億円

    ⇒前年度6678億円。福島第1原発で1409億円分の減損をしているため、実質増加額は2072億円分

      の追加投資


(D)現金及び預金 2兆2482億円

    ⇒前年度1801億円。後述するが長期借入金が増えたため一時的に預金が増加しているに過ぎない


(E)社債       4兆4255億円


(F)長期借入金   3兆4237億円

    ⇒前年度1兆6143億円なので2兆円弱が増加した


 となります。


 まず、(A)について。これは前年度比較でみても明らかですが営業利益・経常利益ベースでは確実に数1千億円規模の利益を出すことが出来ています。事実上の電力独占状態なので、利益が出せて当たり前という見方もありますが、企業として安定的に利益を出し続けることほど価値はありません。この点は今後、発電と送電の分離などによる影響がありますが、政府も東京電力による賠償を求めているのであれば、営業利益自体が出なくなるような判断は避けると予想されるために、そこまで大きな影響は無いのではないでしょうか。


 次に(B)について。これが今回の決算で1兆2000億円以上の損失となった要因です。特に大きい1兆204億円の災害特別損失の内訳は決算短信の29ページ目に書かれていますが、ここで注目すべきなのは損害賠償などは含まれておらず、あくまで災害復旧費用のみということです。


 今後、損害賠償などが確定する中で今期以降にはおそらく2兆円程度の損害賠償が生じる可能性があります。これらは今期以降の決算に折り込まれることとなります。よって、今期も当期利益ベースでは赤字になることはほぼ確実です。


 また、その他の特別損失の項目で法人税4784億円が計上されていることは注目に値します。特別損失は財務会計上の話なので、当然税務会計ベースでの利益に対して課税がされます。もちろん法人税なので国に納められて国が災害復旧を含めて諸々の支援に使うのでしょうが、金融機関などに対して債務放棄などを求めている中で4784億円をそのまま徴収することは1つ論議すべきことではないでしょうか。


 たとえば、この分を東京電力の賠償分に充てる・・・などは十分検討してもよいのかもしれません。特に海外の投資家からすれば、この指摘はもっともなものになると思います。


 次に(C)について。原子力関係設備は増加しています。これは福島原発の1409億円分の固定資産は全て減損しているので実質2000億円以上の追加投資になります。従来、それほど原子力は主要な発電方法だったことが伺えます。


 次に(D)~(F)について。実はこれが一番重要な点になってきます。よく、メディア識者や政府の


 「東京電力が全ての賠償責任を負うべきだ」

 「投資家や金融機関がリスクを負う必要がある。電力値上げはすべきでない。」


 という発言を聞きます。気持ちは分かります。ただし、現実をみるべきです。


 今回、東京電力は緊急避難的に2兆円規模の借入を行いました。ただし、通常は1800億円程度しか現預金を持っていないというのが実情です。仮に損害賠償に2兆円かかったとした場合、この2兆円はどうやって支払えばいいのでしょうか?


 『東京電力の圧倒的支配株主が存在し、その株主の個人資産が2兆円以上あれば、その人に請求する』


 このような“素晴らしいアイディア”を思いつく人もいるかもしれません。ただ、そんな圧倒的支配株主はいません。東京電力のみが損害賠償責任を負うのであれば、それはあくまで法人が事業活動を通じて返済原資を確保していく必要があります。


 その東京電力は通常は1800億円程度しか現預金を有していないのです。さらに、4兆円以上の社債を発行しており平時でも1兆円以上の借入をしている企業であるというのが現実です。


 社債の発行コストが年利1.5%程度。銀行の金利コストが年利0.5%ということであれば、社債として600億円、銀行金利として50億円が毎年の金利負担としてかかっています。10年返済としたら元本部分で毎年5000億円以上の返済をしているため、毎年5650億円のキャッシュアウトが生じることになります。


 これが何を意味するか。それは単純な話であり、毎年新しい借入を起こす必要があるということです。新規の融資や社債発行をしない限りは資金繰りが回らなくなります。もちろん、営業利益は安定的に上がるのですが、電力会社としての投資額は大きく、BSの面では実はそこまで優良企業ではないというのが実態です。



 今後、東京電力による補償や責任問題を考えるにあたり、上記の企業としての実態は正しく把握しておく必要があります。


 ・電気料金の値上げという形で国民負担がかからないようにしたい

 ・東京電力が全ての損害賠償責任を負う必要がある

 ・銀行は債権放棄をするべきだ。投資家も責任を負うべきだ


 もちろん、上記の形で全ての損害賠償が実現することが理想です。ただ、解決策は東京電力の決算短信を理解した上で、つまり、現実を見た上で検討すべきです。


 現実的な妥協点としては


 (1)東京電力は引き続きコスト圧縮を行う

    ⇒目標として500億円程度のコスト削減


 (2)国民は電気料金の1%程度の値上げを受け入れる

    ⇒500億円程度の利益増加が期待される


 (3)金融機関は超低金利を継続して支援を続ける。新規発行社債分の融資も確約する。

   元本部分については3カ年の据え置きとする。

    ⇒社債よりも融資コストの方が安いため、50億円程度の利益増加が期待される

    ⇒元本返済を据え置きにすることで、大幅な資金繰り改善に貢献する


 (4)政府は法人税の一部を東京電力の損害賠償分として充当する

    ⇒たとえば4000億円の半額を充当すれば2000億円


 上記で3000億円強の財源になり、通常営業利益3000億円と加えて6000億円程度の財源になります。これであれば2兆円の損害賠償が生じたとしても3年半程度で補填ができ、その後は元の財務体制での経営が可能になります。


 発電・送電の分離はこの3年後を目途にスタートすれば、東京電力の営業利益への圧迫にも繋がらずに市場混乱も最小化できるのではないでしょうか。


 以上が自分なりの考察です。久しぶりのブログにしては長くなりました。


 2011年5月20日 小田玄紀