その経験を、介護者の立場で記録しておこうと思う。
1クール
1月18日、19日、20日
通院による、初めての抗がん剤投与。
2月3日
突然の「発熱性好中球減少症」 どうなることかと途方にくれたけれど、幸い、処方していただいた抗菌剤で無事回復。
予想以上に白血球が減少したため、2月8日から予定していた2クール目は、1週間延期。抗がん剤の量も減らすことになった。
それから1週間たった2月10日。
昼頃、突然、主人は右耳を押さえながら叫んだ。
「自分の声が、大きく聞こえる」「息をはく音も、吸う音も聞こえる」
「息をはく音?」
急なことで、私には、何のことかわからなかった。
さっきまで、普通に家事を手伝ってくれていたのに。
「耳鼻科に行く」
主人は、それがよほど苦痛なのだろう、コートを着て出かける用意を始めた。
「ちょっと待ってよ。抗がん剤の副作用かもしれないし。一度病院に電話してみよう」
肺がんの治療中なので、事情がわかっている病院がいいのでは…
そう、思った。
しかし、病院へ聞いても、耳の不調は抗がん剤の副作用とは考えにくいので、先ずは耳鼻科で診てもらう方がよいだろうとのこと。
そこで、近くの耳鼻科を受診することに。
耳鼻科は、すぐ近くにある。
「女医さんは、美人で腕もよい」昔から評判の病院だ。
でも、我が家は健康家族(だった)。
今まで、1度も誰もかかったことがない。初めての受診。
コロナのせいか、名医のせいか、予約したのに、病院は混み合っていた。
「美人で名医」と評判のその先生は、予想以上にお年を召していた。
耳の中を覗いたり、聴力検査をしたり…
「中耳炎ではないし、聴力はあるし、(何かそんなことをいっぱい言って)異常はないですね」
「えーっ、でも先生。声が大きく聞こえるんだそうです」
「息を吸う音や、はく音も聞こえるそうです」
私は食い下がる。
「何か最近変わったことはないですか?」
「抗がん剤治療で、体重が減りました」
その時、先生の目の色が変わった。
「耳管開放症
(じかんかいほうしょう)」
無理なダイエットなどで、急激な体重減少があったときなどに、おきるとのこと。
耳管は、普段は開いたり閉じたりして、中の気圧を調整するそうだが、急激な体重減少によって、その近くの組織の脂肪が減って、耳管が閉じなくなるために、おこるとのこと。
「辛いねえ」
女医さんは、そうおっしゃった。
それは、通りいっぺんの言葉ではなく、心の奥底から出てくるものだというのが、なぜか、私に伝わった。
ここ3ヶ月で、主人の体重は6kg減っている。
もともと肺がんのために、体重が減ったのに、抗がん剤の副作用で、食欲も落ち、ますます痩せてきた。
(といっても、まだ、標準体重よりかなり重いのですが)
以前は太りすぎで、如何にダイエットするかに苦労したことが、今となっては、夢のよう。
抗がん剤治療が、これからもまだつづくので、元通りの体重にもどすことは容易ではない。
その辺の事情を、先生はよくわかってくださって、主人の方に椅子を寄せると、その腕をさすらんばかりに、
「体力をつけるのがいいんだけど、なかなかそうもいかないだろうしね………がんばってね」
そう言うと、食欲不振を改善し、体力を回復させる漢方薬を出してくださった。
症状がひどいときには、頭を下げるといいそうだ。
頭に血がたまって、耳管が閉じやすいんだとか。
病院を出て、二人で歩きながら、
私は思った。
「美人で名医」というのは、
本当だな。
患者の心をポカポカにしてくれる名医というのは、心も美しい人だった。
「ねえ、あそんで」