国のため | geneumiのブログ

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【少数民族の楽園】


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国のため

 

「国」とは何か?

 

「国」は、個人の個人の意識の所在。

意識は物理世界には存在しないので、「国」は、アッチの世界に本体が在る。

 

もちろん、それを五感+感情+マインドに落とし込んで世の中を見ているので、自ずと地球上のどこかの場所でもある。

 

狐が荒れ地を復興しようにも、それは出来ない相談。

他の生物は環境に100%依存しているので、我々人類がやるしかないが、20世紀までは破壊ばかりして来た。

 

 

自らの生命環境を良くしたい。

地球型人類共通の願いも虚しく、1%オルガルキーは今日も悪さを止めない。

 

微生物の助けを借りて人間が良好な環境を作る。

これが、人類のベーシックなミッションである。

 

インフラと称する交通網や通信網が網の目のように張巡らされた場所。

こんな場所があちこちに出来た。

文明文化は栄枯盛衰。

自然法の巡りとは相容れない政治経済が勝手に増殖しても、自然と頭打ちなるのはこの世界が物理的法則一辺倒でない証拠。

 

 

巡りを解さぬ〇〇バカは、何度でも同じ失敗を繰り返す。

そんな連中に支配されて貧困を余儀なくされる「国」の住民はたまったもんじゃない。

 

どんな場所に生まれようと、そこを「国」と呼べと強制される謂れはない。

同じ意味で、たまさか、生まれたところが植民地でも悲嘆にくれることはない。

人間は、どんな場所に生まれようと、どこにも負けない生命環境に作り替えるために地球にやって来る。

 

住めば都のコンフォートゾーン。

コンフォートゾーンは意識世界に既に在る。

だが、物理世界に存在しない原因は明らか。

 

霊界では、思うがままの環境を瞬時につくれる。

今でもそのクセが抜けない人は、頭蓋骨の中が沸騰するくらいじれったい思いをする。

 

だが、もっと最悪な連中がのさばっている。

何を勘違いしたのか知らないが「国」の統治者を自負するお歴々。

 

コイツらの理屈だと、このエリアに生まれたのだから1000万円の借金を背負えと言う。

5歳にも満たない子どもに早朝からコーヒー豆の摘み取り作業をさせる奴もいる。

 

働き詰めの子どもなど眼中にない、自称先進国の、おしゃれなカフェでコーヒーブレイクする優雅な(貧困な)人々。

当ブログ管理者は、スターバックスを見る度に虫酸が走る。

 

そうかと思えば、10歳にも満たない少年に銃を持たせて前線に駆り出す大バカ野郎の背後にいる連中。

こいつらは国にこだわりがない。

せっせと他国の生命環境を荒らして文字どうり荒稼ぎをする国境なき阿呆。

 

 

ま、そいつらが今、あちこちで処分されている・・・。w

ご同慶の至り。

 

「国」と言っても千差万別。

素晴らしい福祉国家もあれば、そうでない国もある。

今のままで充分幸福な「国」もあるが、地球標準がガタガタ過ぎるので、動的平衡を旨とする宇宙層歳活動は終わらない。

 

民主主義の元、選ばれた代議士が国民の代表だそうだ。

代表が決めたことなら、国民には遵守する義務があるんだと・・・。

冗談じゃない!

戦後72年目を迎える日本、いままで「国」であった試しはない。

徴税率は世界有数だが、使い道を見よ。

結果、国民は貧困。

早い話、無能なリーダーの失敗の連続。

 

国会議員もそうでない地方議員も相当数が不正選挙。

そんな連中が何を決めようと、法制化しようと、そんなものは無効。

 

まして、選ばれもしない官僚が当たり前のように「国」としてとか、「国の方針なので」とか言う。

 

コッチが聞きたい。

あんたがたは何で存在するの?

 

 

当ブログ管理者に言わせれば、連中が「国」を名乗るのは天に唾を吐くようなもの。

 

一方で、そんなゴロツキのご都合を鵜呑みにする人々も天に吐いた唾を浴びる人(汚)。

 

この両者は、意識障害で主権者としての意識が希薄か、あるいは意図的に反逆している。

何れにしても、主権者になる資格のない連中。

 

「国」を官僚制度や機構に求めるなんて、愚か過ぎるにも程がある。

 

「国」が何とかしてくれるとか「県」が何とかしてくれるとか・・・。

 

こっちは税金を払っているのだから当然?

 

納税は依存取引の条件ではない。

(その証拠がパナマ文書)

 

何とかしてくれる場合も、そうでない場合もあるが「国」はご都合主義の天秤でもない。

 

明らかのは、主権者が居ない「国」は泥棒の餌食になること。

まさに現在の日本が生きた見本。

 

冒頭に戻るが「国」とは、個人個人の意識の中の実在である。

リンゴを見て、誰もが同じ色、同じ香り、同じ姿形を見ているとは限らない。

同じように「国」もひとりひとり違うのである。

 

当然「国のため」の意識も千差万別。

それを一つにしようとする輩は詐欺師と相場が決まっている。

 

日本という場所、環境、巡りは固定できない位相である。

それをあたかも固定して、行政権を主張する中央集権は始めからマヤカシ。

 

100万歩譲って、それでも善政を敷くなら話は別。

彼らが「国」を名乗っても批判はしないし、もう少し見守ってみようか、となる。

 

だが、悪政に次ぐ悪政。

怒る気力さえ萎へる。

呆れ果てる。

 

元来、自然法に反した仕組みでマトモな循環が成り立つ道理がない。

中央集権なるマヤカシが成立するのは、少なくとも20世紀以前の地球標準がベースである限りに於いて、であった。

 

 

地球標準型人間の意識は、既に地上世界の仕組み(中央集権構造)に対応しない。

そんなあやふやなものを基準にしたら、物理世界と上位世界との境目に断層が出来る。

 

断層は物理的にも存在するが、意識障害の一種でもある。

こんなものがあると無数の隙間ができる。

強欲主義者が付け入る隙だらけになる。

 

物理世界と意識世界の断層が少ない仕組みほど、個々の意識が反映される。

 

それが、ある程度誰にでも感じられる世界がこれからの地球標準。

 

1億人の意識の60%が旧態依然だとしても、たとえ1%でも次の標準に対応するなら20世紀をそのまま続けるのは生き地獄。

旧態以前が必ずしも高齢者とは限らないが、年々歳々人間の人口構成=意識の位相は変化する。

 

然るに「国のため」なる意味不明な言葉が先んじて、位相の変化を無視したらどうなるか?

大多数が苦しむのは当然の帰結。

 

阿呆が支配する場所は、世界(宇宙標準)から取り残される。

 

取り残された「国」に住みたい人は住めばいいが、それが嫌な人は、たまったもんじゃない。

 

「国のため」に変化を望み、変化を受け入れる。

早い話が仕組みを変える、人材を代える。

 

新たな仕組みを受け入れるだけでなく、より良くしたいと思う意識が本来の「国のため」である。

 

せっかく「国のため」と、思う気持ちを踏みにじる支配層はゴミ箱直行。

 

 

道理の分からぬ輩が名乗る「国のため」で「国」が滅びた例はナンボでもある。

 

日本民族も「国のため」で「国」を滅ぼす寸前までいった屈辱を、たった71年前に経験したばかりでないか?

 

・・・
Mind of the Earth Japan
【NGO : マインドオブデァース・ジャパン】
http://sanrix.jp/mephilippines/index.html

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