この前の記事は気合が入りすぎで長すぎたと反省しており、今回は手軽に携帯で書いております。

本稿は運気がUPし、成功するための「気遣い」について、具体的にやっていることを交えながらお伝えします。


私は、お手洗い行った時に、それがどこのトイレであろうと、形状的に無理な場合を除き、使った後のトイレットペーパーの紙の端を「三角折り」にするようにしています。


理由は大きく三つ:

1 見えないところで気を遣うことの方が、見えるところで遣うよりも大事だから。

2 三角に折ることで、会社なら社員の皆様が少しでも「あ、三角に折っている人がいるのか」と気づいてもらうことで、ポジティブな気持ちの人が増えるから(と思うだけで自分の気持ちが改善する)

3 駅ビルなどの全く見知らぬ人が利用する施設のトイレであっても、全人類に対してこの小さなトイレの中で「気持ちよく用をたせる機会を作る事で世界に少しでもプラスをもたらせる」と信じることでその後の時間の自分をもうちょっと好きになれるから



ちなみに、余談です。

先ほどコインパーキングでクレジットカードが支払機に詰まって出てこなくなりました。メインのカードが不正利用されたので、新しい番号のが届くまでカードが一枚無く、これも使えなくなるとマジ困る!と思いかなり焦りました。

幸い、すぐエンジニアの方がいらしてくださり、ことなきを得たのですが、ちょっとカードに傷がついて心配です…。それにしてもカード不運が続いています。こういう時、私は「悪いことが起こった意味」を考えます。悪いことをただの悪いことで終わらせないためです。カードトラブルが続くことに何か意味があるとすれば、やはりそれは「浪費に注意」ということかと思います。

特に、先月久しぶりのヨーロッパ出張で、調子に乗って買い物をしすぎたので、限度額を引き上げていたことが、自分の中でも罪悪感があったのかも。年末年始は、アウトレットに行って散財するのが恒例になっているものの、今年は足も不自由なので一切お金を使わないようにします。

エンジニアの方は最初ぶっきらぼうだったんだけど、ものすごく早く来てくださって、ありがたかったから、きちんとお礼を言ったら、最後はとても親切でした。そう言うことが、大事なのよね。


さてさて、テーマに入ります。

きちんと気を遣える人であると、マナーのある、礼節のわかる素敵な大人として評価され、人間関係の構築をはじめ、さまざまな場面で得をします。


この「気遣い」のROIと言いますか、リターンは、今まであんまり意識したことがなかったのですが、改めて考えると絶大なです。


6年間で、はじめての業界でサラリーマンになって、平社員から役員までスピード昇進できたのも、よくよく考えると実は「気遣い」のおかげだったのかも、という気さえします。


一時期ご一緒していた、名だたる外資系企業の社長秘書歴30年のベテラン社長秘書の方が、何かトラブルがあったりするたびに、私におっしゃることがありました:

「大丈夫、ノバさんはお育ちがいいから何があっても大丈夫よ!」


最初は流していたんですが、あんまり言われるものだからなんでそう言われるのか気になって聞いてみたら、こういうご説明:


「育ちがいいから何をしても行動に卑しさがない、そういうのってなんとなくわかるもの。だからトラブっても、みんな着いて行きますよ」


ただ、私自身のプレゼンとしてはまったくお嬢様然としてません。育った環境からすると、たしかに「お嬢様」と言う部類に入るといえば入るのかもしれません。小学校から某お嬢様系の私立だったし、「海外と日本を行ったり来たりして育ちました」というとお嬢様ですね、と言われることも多いし、確かに両親のことは「お父様・お母様」と呼びます。でも、そう言う環境と、価値観が嫌で、むしろ率先して不良やってました。


今も、ファッションはストリートが好きだし、40代も半ばになってホリスター好きだし。会社にも黒のレザージャケットとかで行ってしまうので、若手の男子からあんまり歳変わんないですよね?みたいなこと言われて、年齢と立場を言ってギョッとされたり笑。


どっちかといえば元ヤン気質なのでぶっきらぼうなこともあるし。


にもかかわらず、なぜベテラン社長秘書に

「お育ちがいい」と完全合格評価を受けるのか?!

もちろん、育ちの良さって、どう言う家庭で、親はどんな仕事だったのか、どんな学校に行ったのかなどの「データ」である程度測る事はできるでしょう。しかし、突き詰めると、結局は「行動」なのではないでしょうか。


どんなブランド物を見に纏ってるとか、見た目がお嬢様ぽいとか、そう言うことではないんですね。

大仰に「育ちがいいです!」と主張しても育ちがいいという評価は得られない。


つまるところ、見えないところで気を遣えるかどうか、にかかってるのです。だから、トイレットペーパーの三角折りが大事なのです。

もっとも、私も常に三角にしてきたわけではありません。それが今では、「常に」三角にします。なぜか?


実は、今の会社が私を前職から引き抜いた際にヘッドハンターが挙げられた理由の一つが「忙しすぎて社員が殺伐としている部署があり、その空気感が耐えられないと離職理由にもなっている。その空気を変えて欲しい」というものでした。

「それでなんで私なんですか?」

と聞いたら

「あなたが来てから会社の空気が明るくポジティブになったという評判を別の会社から聞いたから」

とのこと。世間って狭くて、いつのまにかそう言う評価って伝わっていくみたいです。

いつも必死にやってきただけなので「会社の雰囲気を変えた」という評価が一人歩きしてるなんてことは意外でした。ただ、見えないところで心がけていることは、誰かがどこかで見ているんだなって、実感するきっかけになりました。


その新しい会社に入って、とても気になったのが、社員のお手洗いでの行動です。お手洗いって、入った途端に、なんだか油断してしまって、素の自分が出る場所。

だから、社員の「ありのまま」が見えるんです。

人事などで、社風などが課題になっている立場なら、お手洗いに潜んでみんなを観察することをおすすめしたいくらいです。

気になったのは以下の点:

1 トイレに入る時にため息をする人がいる

2 トイレのドアをバタン!と乱暴に開け閉めする人ばかり

3 トイレの床に、トイペの切れ端などが散らばっていて汚い

4シンクの周りが濡れている

こういった、乱暴にトイレを扱い、後に使う人のことを全く気にかけない使い方が目に余ったのです。


そういうところに、みんなの心の毛羽立ちが見えるな、と思ったので、私は以下の点を行動に移しました:

1 トイレのドアは静かに丁寧に開け閉めする

2 床にゴミがあったら拾って捨てる、ペーパーの芯も無造作に置かれていたりするので、潰してゴミ箱に捨てる

3 ペーパーを三角におる

4 トイレで誰かとあったら会釈か挨拶をする


それをやってみて気づいた一番大きな効果は、自分への効果でした。

自分自身も、うまくいかない会議の後や、ミーティングに追われている時などは上記の気遣いを忘れて、乱暴にドアを閉めてしまったりすることがあります。そう言う時に「はっ!」と気づくのです:

あ、自分も気を遣えない殺伐人間になってた。。。

と。

気がついた後は、用を足しながら笑、いつもより丁寧に三角を折ります。ある種のルーティンなのです。

きちんと折っていくその細かい行為をする間に、自分の心を見つめる余裕ができます。

自分に余裕がなくなっていることに気がつくのです。そして、こう思います:


「いけないいけない。自分を見失ってた。深呼吸。そして、私のような気持ちの人が少しでもこのお手洗いに入った時に少し余裕ができますように。社員のみんなのストレスが少しでも軽減されて、みんなで気持ちよく働けますように」


ある意味祈りのような感じです笑。


でもこれをやることで、その後の業務には、トイレに入る前よりも、落ち着いて取り掛かることができるようになります。


もちろんこのことは、社長秘書にも、社員の誰にも言った事はありません。人知れず、ただ自分でやっているだけ。まだ、私以外に、お掃除の方以外で三角に折られたトイレットペーパーに、社内で出くわしたことはありません。ひとつの自己満足なのかもしれません。でも、「ノバさんていつも落ち着いていて余裕があってポジティブだな。。。」と思われているとすれば、トイレの中で人知れず努力をしていたからなのです笑。

そしていつかの日か、私以外の社員の誰かが三角折をしたところに出会えて、それが段々と増えていったら、それでこそ奇跡と言えるかもしれないし、見えない気遣いの蓄積が、組織の中で広がっていったことの証になるかもしれません。


もしかしたら、社長秘書の方は私の後にお手洗いに入ったことがあるのかもしれませんね、そんな記憶はないのですが。。。ただ、このトイレの三角折り以外にも、人知れず、みんなが気持ちよく過ごせる様に、祈りのように続けている事は実はたくさんあることに、この記事を書いていて気づきました。


次回はそういった、いつのまにか周りに評価されて成功に導いてくれる「見えない気遣い」をより詳しく具体的にご紹介します。


追記:

私のトイレットペーパーの三角折りの絵が余りに酷いのでは?と娘がデジタルイラストを作ってくれました