お店を持つことが私の夢でした

私が「自分のお店を持ちたい」と思ったのは高校生ぐらいのころから。

漠然と27、8歳くらいには自分のお店が持ちたい!と思っていました。

 

23歳の時、アパレル店員からネット通販の会社に転職したときの面接でも

「将来は自分のお店が持ちたいから、何でも学びたい」

と面接官に言いました。

 

その時の面接官が、いま私が勤めている会社の社長との出会いでした。

27歳で会社を起業。でも私はただのスタッフ

面接官だった彼は、ネット通販の会社に就職後、私の上司となりました。
 
デザインの大学を出たとはいえ、実務経験もなくWEBデザインに対しての知識ゼロだった私に1からWEBデザイン、HTML、CSSなどWEBの基礎を教えてくれました。
 
そんな上司が会社を起業したい!となった時、たまたま私も無職になりタイミングが合って一緒に会社を起業することに。
 
その時、私は27歳。
 
27、8歳くらいには自分のお店が持ちたい!という夢が叶った!と胸が高まりました。
ワクワクしながらも、がむしゃらに私たちの通販サイトOPENの準備をしました。
 
そしてサイトOPENの直前、ネットで見つけた卸業者が集まるイベントに参加するために上司が作った名刺の役職に愕然としました。
上司の役職は代表取締役社長。私の役職はなく、ただのスタッフだったのです。
 
起業後からは、社長と意見がぶつかるときもしばしば。しかし最後は必ず

「俺の会社なんだから、俺が決める」

と言われました。
 
 
それを言われちゃ、なんもいえねぇ~~スライム
 
 
それでもわたしは、サイトのビジュアル構築から、WEB構築、システム構築から、商品の仕入れ、お店開店から今までも、がむしゃらになって働きました。
 
開業前の1年は無給無休で。
(派遣で大手企業のプロデューサーを兼業していたので給料は過去一ありました)
開業からも、ゼロワンの通販サイトを2人だけで。やることはてんこもり。
仕事が終わるのは深夜0時を回ることは当たり前。
でも売り上げがともなってないので、残業代はないし、給料は手取り14万でした。
 
大阪で一人暮らしをしている私には、生活費ギリギリの給料でしたが、売り上げがないのに給料をくれることに、感謝さえしていました。
 

会社は3年で黒字化。でも給料は据え置き

会社は3年で黒字化しました。
社長は自分の給料を6万アップしたそうです。
(わたしが20万くらいあげたらどうですか?と提案しました)
 
でも、わたしの給料は据え置きだったのです。
 
なぜかって?
 
私が岡山に帰りたいといったからでした。
 
3年たっても、社長と私と週1回のアルバイトが1人だけ。
社長は外出も多かったため、一人で仕事する日も多くありました。
何度「人を入れてほしい」といっても聞いてはもらえませんでした。
 
そう、社長の意見が絶対はずっと続いていました。
 
無理してでも人を入れてもらわないと私はもう限界。。。
そう思い「もう辞めたい、それが無理なら地元の岡山に帰ってリモートワークしたい」と提案したのです。

岡山での在宅ワークスタート

今すぐ辞められるのは無理。ということで岡山に帰ることを許してもらえました。
 
8年間過ごした大阪を離れ、岡山に帰ると決断してから、
「自分が立ち上げた会社だから」と無意識のうちに自分が会社にがむしゃらにしがみついていたことに気づきました。
 
給料は低い、土日も無給出社は当たり前、毎日ビルが閉まるまでの残業
 
でも、わたしは毎日楽しかったのです
 
自分はやりたいことをやれている数少ない幸せ者だ。と思い込んでました。
 
でも、岡山に帰って気づいたのです。「楽しい」と思い込んでいたと。
 
3年間わたしは
  • 毎朝、起きるのがつらい
  • 毎晩、死にたいと漠然と思う
  • 常に崖っぷちを走るような気持ちで仕事をこなす
  • 土日も仕事のことで頭がいっぱい
  • 自分が生きている意味はないのでは?と考える
それでも、毎日楽しい!っと思ってたんです。本気で。すごいですよね?
 
岡山の実家に帰ってから、これらが全く無くなりました。
 
正確には、会社を辞めると言ってから無くなりました。
 

怒り。そして目覚め。

岡山に帰ってからも、私は時間いっぱいガチガチに仕事をこなしていました。
 
給料は激安ですが岡山に帰ってリモートワークになったのにも関わらず、社員という立場を変えないでくれた社長に感謝もしていました。
 
でも、ある時
私の代わりに入った新人と、社長に対し大激怒する出来事がありました。
 
真っ赤になってこんこんとSkypeで2人のミスを咎めていると
 
「そんなに怒ることかな?」と社長がぽろり。
 
私はその一言で、目が覚め、思ったのです。
 
「わたし何してるんだろ?」
 
「わたしこんなに安い給料で、こんなに神経すり減らして、わたしは何してるんだろう?」
 
「わたし売り上げのために怒ってるのに、社長は何とも思ってない。わたしは誰なんだろう?」
 
「わたし自分のお店じゃないのに今まで何してたんだろう?」
 
そうして、目が覚めた私は
2日後社長に「今期いっぱいで辞める」と伝えました。
 

夢が覚め、また夢を追う。

実は、今の会社を立ち上げようっとなった時も、開業前からブログを書いていました。
ブログを書くことは私からの提案でしたが、書いていた内容は社長の意見で、
私が書きたかった開業準備の裏側ではありませんでした。
 
わたしは今、改めて自分のお店を持つべく、自分のブランドを立ち上げるために準備をしています。
 
もう、誰にも制限されません。
 
本当に制限のない自由の中で、自分のやりたいこと、やろうと思います。
 
愚痴っぽくなりましたが、社長という安心の大黒柱の元で今までも割と自由にさせてもらてました。
 
毎日楽しいと思えるようにしてくれた、社長の人柄もありました。
 
これからは、その大黒柱がもう無い。
 
自由だからこそ、すべてが自己責任という孤独。
何とも言えない不安感はあります。
 
でも、楽しいと思ってたあの頃以上に、楽しいことが起きる気しかしません。
 
all for one , one for all
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」
 
チームワークで有名な言葉ですが
今の私には違う意味に見えます。
 
all for one , one for all
「万物すべてが私のために、私はすべての人のために」
 
すべての事象が未来の私を支えてくれると信じ、
私は自分のすべてを世界に発信していきます。
 
 
31歳・独身・彼氏なし・もうすぐ無職
 
何にもない私だから、何でもできる。
 
 
yoshimi.oka