おはにちばんは。

 

長らく更新の間を開けてしまい大変申し訳なく思うているところ。

その巻き返しをはかるべく、今回は腕を奮って私が感動いたしました音楽たちをご紹介していきたいと思います。

 

今回ご紹介する素敵な曲はこちら。

 

 

……、右真ん中あたりに薄くアルファベット並んでるの分かります?

そう! 今回紹介する曲はBUMP OF CHICKEN(当たり前)の「HAPPY」という曲になります。

「HAPPY」。日本語で訳せばもちろん「幸せ」。

シンプルでありきたり。発音に二秒とかからないこのタイトルは、しかしながら人生においてとても深いテーマでもあるでしょう。

 

我々は幸せなのだろうか。

そもそも幸せとはなんであろうか。

 

ふとそんなことを考えてみても、出てくる答えはあまりぱっとしないものなのだと思います。

そんなすぐに答えが出てくるのなら、わざわざ悩む人間が現れたりもしないでしょうし。

でも少なくとも自分たちが、それに向かって生きていることはわかる。きっとその程度のもの。

そんな感じでぼんやりとした答えを持ったまま成長して、ぼんやりとした日常を送る生活。

夢ある子供から現実をわきまえた大人になって、ふと、「何で生きているんだろう」と思うときがきっとあると思うのです。

もしくは、人生がどうしようもなく辛くて、楽しくなくて、もうやめちゃおうかなんて思うときもあるかもしれません。

この曲は、そんな人生についての一つの答えのようなものをきく人々に提示してくれる曲です。

迷子が辿るべき道を照らしてくれる、そんな曲。

まずは一番Aメロからさらっていきましょう。

 

健康な体があればいい 大人になって願うこと

心は強くならないまま 耐えきれない夜が多くなった

 

少年はまだ生きていて 命の値段を測っている

色々どうにか受け止めて 落書きのような夢を見る

 

健康な体であってくれればいいと思う大人。

でもその心は別に子供のころから強くなったわけではない。という最初の2フレーズ。

僕個人のイメージなんですけど、子供の頃の大人の印象って、何か「別生物」みたいな感じでした。

だから自分たちも、時がたてばその別生物へとどこかで生まれ変わるんだ、という淡い幻想を持っていて……。

それが、歳を重ねるごとに、「ああ、別に何も変わらねえや」という思いが強くなるばかりでございます。

いつの間にか「大人」にカテゴライズされて、子供じみた夢は捨て、確かな現実を掴まなければならない現状。

でも心の中に微かに生きる少年のような心が、「自分はこんなもんじゃあない」と大それた夢に思いをはせる。

次の2フレーズはそんな大人のジレンマのような部分の描写なのだろうと思います。

 

優しい言葉の雨の下で 涙も混ぜて流せたらな

片付け中の頭の上に これほど容易く日は昇る

 

このBメロ、すごい好きな部分で……、いや全部好きっちゃ好きなんですけど。

「涙を人前で流す」という行為を多くの人はためらってしまうと思うんです。

それはみっともないことで、見てる人からしても気持ちいいものじゃないだろうと。

子供は悲しいとすぐ泣いてしまうけど大人は我慢することができる。

だから大人は強いように見えてしまうんですけど、実際は違う。

大人だって優しい言葉をかけられながら涙を流したいときだってあるんだ。

でも、そんな感情をあらわにする間もなく、毎日は劇的に動いていていってしまうと、そういうことをこの詞は言っているのだと思います。

それは言ってしまえば当たり前のことなんですけど、でもこのどうしようもない感情が素直に詞に表されているのをきくと、心の中のモヤモヤが少し晴れたような気がするんです。気のせいでしょうか。

といったところで、歌は徐々に盛り上がってくるわけです。いわゆるサビです。

 

悲しみが消えるというなら 喜びだってそういうものだろう

誰に祈って救われる つぎはぎの自分を引き摺って

 

戦う相手さえ分からない だけど確かに痛みは増えていく

教わらなかった歩き方で 注意深く進む

 

最初の一文。

これを書いてのける藤原基央さんは天才かと思いましたよ。いや、天才なんですけど。

「悲しみはいつか消えるだろう」なのではなく、「悲しみはいつか消えるんだから、喜びだってそうでしょ?」とあえてマイナス的なアプローチを仕掛けるこの歌詞は、一見望みのない残酷なものに見えてしまうのですけど、その次の一文ですべてを持っていきます。

「その喜びはいつまでもあるものじゃないんだから、ボロボロになった心で誰かに祈ったところで救われるようなことでもないんだよ」とこの歌詞は「絶望すること」に対する無意味さを説いているのです。

それは一種の「開き直り」でもあるかもしれませんが、「喜びもいつかは消えるんだ」という考え方は、僕の人生にある意味革命を起こしたかもしれません。

そして残り2フレーズにわたって語られる「確かな現実」を掴んだその先のどうしようもない今。

幸せを手にするために「教わらなかった歩き方で注意深く進」んだのに、いつの間にか迷子になってしまった人間たちは、再びこう尋ねるのです。

 

「幸せとは何だろう」と。

 

次回は二番を紹介していきます。

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