今人です。

 

 





昨日、「JOKER」を見てきました。

 

クリストファー・ノーランのバットマン三部作が大好きで

神格化されたヒース・レジャーの芝居に感化されまくってもいる自分です。

 

個人的には、盤石なMCUと比較して、DCEUの迷走感は否めなかった中で

DCEUの流れと切り離してアメコミのヴィランの一人をがっつり掘り下げたコンセプトに興味もありまし足し、

 

ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトに続く、ホアキン・フェニックス版ジョーカー像が楽しみで仕方ありませんでした。

 

 

 

 

これは、ヒーロー映画ではなく、完全なヒューマンドラマでした。

究極にリアルでした。

 

「ノンフィクションですよ」

「事実を元にして描いた物語ですよ」

って言われたとしても、疑問を持つこともないような

 

ただの、どこにでもいる普通の人間の身に起きてしまった、圧倒的に残酷な出来事。

 

 

 

映画内の時代設定としては1980年代のようですが

孕んだテーマとメッセージは現代のアメリカと日本の格差社会にとって非常にリアルなものでした。

 

ヒーロー映画や、バットマンを知らなくても全く、全く問題ありません。

むしろそれを理由に鑑賞を避けては欲しくありません。

 

確かにジョーカーは、バットマンにとっての最凶の敵の一人なんですが

今作品においてはそことは全く関係なく、

 

社会に溶け込めず否定され続け、生きる意味を失った一人の男性がサイコパスへと変貌していく様、そこまでを描いています。

 

それでもあえて持っておくといい予備知識をあげますと

 

◆舞台は、1980年代頃のゴッサムシティー(架空の都市ですが、治安の悪いニューヨークと考えれば良いです)
◆まだバットマンもジョーカーも生まれる前の話

◆この街一番の実力者が"トーマス・ウェイン"という大金持ちで、その子供の"ブルース・ウェイン"が、のちにバットマンになる

 

という、上記3点だけ知っておけば全く問題ありません。

上の3つ知らなくたって大丈夫。最悪。

 

 

 

 

 

 

 

で、何がいいたいかってのは

とにかくこの映画がリアルだったということ。

 

なんのごまかしもない強烈で衝撃的な殺人描写はもちろんあります。

でも、それがアメコミだ、他人事だぁ、ではすまないんです。

 

いつ、誰だって彼のようになる可能性がある。

 

ホアキンの圧倒的な演技力と、今の日本の状況がそう思わせるわけです。

だから見終わった後に恐怖を悲しみを感じてしまうわけです。

 

 

 

この映画を見て、まだ他人事のように受け止められた人は、恵まれた人たちです。

とても幸せで充実しているのでしょう。素晴らしい。羨ましい。素敵ですね。

 

 

でも、この作品を自分に重ねて投影してしまう立場の人が、今の日本にはたくさんいるはずだと思うのです。

 

 

 

 

 

僕は今36歳で、

1982年前後に生まれた、俗にいう「酒鬼薔薇世代」「キレる17歳世代」「理由なき犯罪世代」のど真ん中です。

社会に衝撃を与えた事件の犯人がたくさん生まれている世代。

自分がそういう世代だ、という意識は当然強くあって

 

自分自身、小学校の時にいじめられた経験があり

教室でキレて暴れてしまったこともある。

逆に誰かをいじめてしまったこともあり、

直接加担していなくても、いじめを見て見ぬ振りをしたこともあります。

 

 

 

 

作品の中のホアキン・フェニックス演じるアーサーは、コメディアンを目指しています。

 

僕が30歳前後の頃の悩み苦しんでいた売れない役者時代とどうしても重ねてしまいますし

お笑い芸人やバンドマンといった似た境遇のみなさんも、自分を投影してしまうのではないでしょうか

 

 

30歳の頃、昼から夜まで芝居の稽古して

それはなんの収入にもならなくて

毎日歌舞伎町に深夜バイトに通い

ヘトヘトになりながら朝、バイト先のシンクで頭を洗って

自分と同世代のスーツに身を包んだサラリーマンたちの群と逆行しながら

満員電車とは無縁の逆方向の電車に乗り

寝不足のまま芝居の稽古に行く

毎日毎日、それの繰り返し

 

 

自分の明るい未来が何にも見えなくて

自分が生まれてきた意味が全然わかんなくて

自分なんかいてもいなくても世の中何にも変わんねえんだろうなって思って

 

冗談じゃなく、本当に「死にたい」って思ったことが何回もありました。

 

 

 

 

でも、自分は幸いにして一人じゃなくて

ゲキバカ 、梅棒の仲間がいたから、その時期をなんとか耐えることができて、現在がある。

でも、いつその状況に戻ったっておかしくないぞって、自分に常に言い聞かせてる。

 

本当に辛い思い、悔しい思いをしながら生きている仲間、同業者はいっぱいいる。

そのことを身を以て知っている。

 

 

 

 

作品の中のアーサーは、一人で、誰も彼を認めてくれず、受け入れなかった。

そこに彼の脳の病と、薬物からの離脱症状、薬による母親との関係、そして偶然のトラブルなど、さらに輪をかけて苦しめるものがあって。それが引き金になっていった。

 

 

 

薬物や銃など、日本にはあんまり馴染みのないものだから、リアルに感じないかもしれないけれど

 

けどアーサーにはない辛さが今の実際の世の中にはあって

それがインターネットであり、SNS。

 

 

 

自分自身、SNSの使い方、ネットリテラシーの低さを痛感して反省することがたくさんあるけど。

 

本当に酷い世界だってことも知っている。

知らない人、匿名の不特定多数の罵詈雑言、考えられないような誹謗中傷が平気で襲ってくることもある。

とりわけこの業界では、おそらく一般の方の想像を絶する人間否定のされ方をして、そしてそれが大多数の意見として膨らんで、

それを目の当たりにして、うまく処理できずに押し潰されてしまう人達をすごく近くで見てきた。

 

自分が関わった作品の出来や、自分の舞台上のパフォーマンスについて、辛辣な意見や評論をされることは、全く問題じゃない。そういう覚悟を持ってやっている。

その次元の話じゃない。

 

もっと心の通っていない、そこには人間の醜さしか存在しないような

その言葉が届く先のことが全く想像されないまま発せられる、残酷で無責任な言葉の数々。

 

 

 

もし現実社会での境遇が恵まれておらず、なんの救いも見出せない人間が

ネットの世界にようやく逃げ込んで

でもその世界でも居場所を見つけられず、無責任な言葉の数々に晒され続けてしまったら

果たして正気でいられるだろうか

 

サイコパスになってしまうトリガーっていうのは、

もしかしたら作中のアーサーよりも、現実社会での自分の存在意義と承認欲求に苦しんでる人たちにとっての方が、より身近で容易に自分の身に襲いかかってくるものだったりしないだろうか。

 

 

 

僕はリアルでしょうがありませんでした。

過去の自分と、今の自分と

重ねまくって見てました。

だから、上映中一度も笑うことはできず

本当に自分の身に、そして仲間の身に投影し続けながら見た2時間10分でした。

 

 

 

 

実際に、この作品が公開されたアメリカでは、

作品の内容や主人公の過激な性格描写を巡って暴力行為を誘発する恐れがあると懸念が広がっているらしく。万が一の事態に備え、ロサンゼルス市警察や米陸軍が警戒態勢を強化しているそうです。

 

アメリカが銃社会ということもあり、容易に危険な事件に発展しやすいと懸念されているのもあると思いますが

 

それだけこの作品がリアルだと、多くの人が受け止めた何よりの証拠なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

鑑賞後に自分の中に残った感覚はとても辛いものでしたが

 

製作陣の、ヒーローものから切り離して徹底的にリアルに描いた勇気と

ホアキン・フェニックスはじめ俳優陣の素晴らしい演技に

 

それだけ心を掴まれて揺さぶられたのだろうと。深く感動をしました。

もう一度見に行こうかなと思っています。

 

 

 

ブログにこういう悲観的な思いや過去の自分の境遇を綴るのも悩みましたが

それだけ食らった映画だということを伝えたく、それにはどうしても必要でした。

 

 

”今、人生の絶望のどん底にいる人”以外には

 

ぜひとも、ぜひとも見にいってもらって

このリアルを体感してもらいたいなと思います。