毒島刑事最後の事件
著者:中山七里
出版:幻冬社
刑事・毒島は警視庁随一の検挙率を誇るが、出世には興味がない。一を話せば二十を返す饒舌で、仲間内でも煙たがられている。そんな異色の名刑事が、今日も巧みな心理戦で犯人を追い詰める。大手町の連続殺人、出版社の連続爆破、女性を狙った硫酸攻撃…。捜査の中で見え隠れする“教授”とは一体何者なのか?動機は怨恨か、享楽か?かつてない強敵との勝負の行方は―。どんでん返しの帝王が送る、ノンストップミステリ!---データベース---
2020年の12ヶ月連続で新作を刊行する企画の第7弾となった作品です。前作は2016年に刊行された「作家刑事毒島」ですから、この作品はそれに先立つ刑事時代の作品ということになります。中山七里作品はこういう過去に戻るパターンが頻繁にあります。でもって、この作品には他のシリーズでも活躍する犬飼刑事が新人として毒島の下についています。こんなことで中山ワールドは縦に横に様々な広がりを見せています。
ということで、この作品では毒島はまだ作家にはなっていなくて、犬養と共に捜査員として活動している姿が描かれています。そして、目線はその上司の麻生捜査一課の班長で語られていきます。この頃から相変わらず毒島は犯人に対しての口いっぱいの嘲笑を吐き出し、イジメ抜く言葉がとても恐ろしい事にも関わらずつい微笑んでしまうやり方が特徴となっていて、一般には「ピカレスク」小説と言われています。この小説の章立てです。この4字熟語のタイトルはなかなか意味深です。
第1章 不倶戴天
第2章 伏流鳳雛
第3章 優勝劣敗
第4章 奸佞邪智
第5章 自業自得
単体の事件が全て繋がっている短編形式の長編となっています。大企業が並ぶ大手町で起きた連続射殺事件。ミステリー新人文学賞を主宰する大手出版社を狙った連続爆破事件。婚活中の女性を狙った連続硫酸ぶっかけ事件。こういった事件が次々に発生していきます。それらは、犯人像の絞り込みから早々に犯人が浮かび上がって来ます。そして、毒島刑事の取り調べで簡単に被疑者は落ちますが、毒島自身はこれらり事件の背後に別の人物の存在を指摘します。そう。犯罪者たちは一様に「教授」なる人物の存在を口にするのです。
その存在は第4の連続殺人事件で徐々に明らかになります。この事件、実行者は認知症の老人なのですが記憶は定かではありません。殺されたのは過去のリンチ事件に関係した男たちです。しかし、当事者の関係者はすでに死亡しています。こうなると犯人は誰かに操られていることは明白です。そして、第3の殺人が行われる現場で、毒島刑事が先回りして犯人を取り押さえます。そして、操っていた人物を引きずり出します。しかし、こうして引きずり出された犯人に毒島は、こんな承認欲求をこじらせた
ガキみたいな被疑者が、これほどの犯罪計画を実行できるわけがない、絶対に「黒幕」がいる・・と確信するのです。
この作品、第1作目で毒島が刑事の職を辞したきっかけへの言及がありますし、タイトルからしても刑事をやめる結末は犯人の自死しかないんだろうなぁ、と思いつつ読んだものです。はたして、第5章には本来の黒幕が浮き彫りにされていきます。それは一冊の協会が発行した小冊子にヒントがありました。
ストーリーテラーとしての伏線の張り方には感心しますが、物的証拠の少ない犯人を言葉で追い詰めていく手法はたしかに、ピカレスクです。真犯人の社会的地位も過去の事件に関与していてそれ以上の地位にはつけないという挫折感の上になりたっていることが描かれ、そこを突破口に毒島は追い詰めていきます。そして、たどり着いたのが裁ける方法で裁くという手法だったのでしょう。あの宗教の内部階級に関して毒島が述べる箇所、今更ながら『そういう解釈か!』と改めて思いしらされます。事件は予定結末に収束し、毒島は依願退職という形でこのストーリーは収束します。
警察機構の職制になじまない毒島の退職は彼にとっては良かったのでしょう。後輩の麻生との対等の関係性の点からも作家刑事としての生き方の方が彼にとってしベターなのでしょう。
