上高地・芦ノ湖殺人事件 | geezenstacの森

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上高地・芦ノ湖殺人事件―山形新幹線・つばさ100号の「乗客」

著者/津村秀介
出版/光文社 カッパノベルス

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 あじさいの吹く箱根路で、バスの墜落事故が発生した。犠牲者・荻野泰子の遺族に連絡した結果、事故の前日、泰子の兄・功男が広島で刺殺されていたことが判明する。兄妹の不可解な連続死亡事件に、ルポライター・浦上伸介は作為の匂いを嗅ぐ。独自の取材により、功男殺害につながる、兄妹の秘められた“背景”が浮かび上がる。だが、墜落事故に潜むある謎、そして容疑者たちが持つ完全無欠のアリバイが、浦上の前に立ちはだかる。山形・箱根・上高地・広島を結ぶ、鉄壁の“殺人ライン”とは。旅情とミステリーの醍醐味を堪能させる“新・湖シリーズ”第三弾、書下ろしで登場---データベース---

 津村氏50作目の著作となるもので、1995年の書き下ろし作品です。今回の事件は、地元神奈川県の箱根ターンパイクでの事故が発端となります。ホテルからの送迎バスが臨時の運転手が雨の峠道でフットブレーキを多用し過ぎたためにカーブを曲がりきれず転落した事故でした。事故の死者は運転手を入れて6名。いずれもホテルの逗留客でした。一軒何の疑いもない事件なのですが、身元不明だった犠牲者の萩野素子を割り出し、家族に連絡するとその素子の兄も広島の自宅で死んでいるのが発見されます。こちらの方は明らかに殺人事件です。兄と妹の相次ぐ死は何か関係があるのではないか。そんなところから事件性を嗅ぎ取る浦上伸介が動き出します。

 いつも通り、事件の発端からアウトラインの把握の部分は小田原西署が動きます。交通事故ということで交通課がまず現場に急行し、事件性の有無の確認のために刑事課が出動します。ここで、刑事が遺体の一つだけが車外で絶命し、外傷も他の遺体とは違うところが見受けられます。そして、身元を確認すると彼女の兄なる人物も広島で殺されているのが分かるのです。神奈川県下の事件として、毎朝日報が動き例によって谷田から連絡を受けた浦上が即座に行動を開始します。

 オフレコの情報では広島の殺しの方では有力な指紋が採取されています。この情報で毎朝日報の広島支局から有力な情報がもたらされ、この兄と妹はどうも恐喝を働いていたのではという疑惑が浮上してきます。そして、素子が務めていたクラブの顧客の洗い出しで11人が浮上します。そして、毎朝日報の記者の足で稼いだ情報で容疑者は二人に絞られてきます。

 ここからがトリック破りの名人、浦上伸介の本領発揮です。現場となった箱根へまず足を運びます。そこでは目撃されていたソアラが事件に大きく関わっていたことが分かってきます。そして、浦上の推理の中で事故現場へは旅館の送迎バスともう一台の自家用車が絡んでいたことから、そこには事故に見せかけた殺人が絡んでいたのではという発送が浮かんできます。決定的な証拠は旅館で確認したバスからの定時連絡のメモでした。バスには4人しか乗っていなかったのです。

 警察の追求に容疑者が提出した写真があります。そのアリバイを検証するために浦上伸介は山形へ前野美保とともに出かけます。そして、そこで写真に隠された巧妙なトリックを見破ります。警察は物証として容疑者の指紋を採取し、それが広島の事件現場で採取されたものと一致します。後はルートの解明だけです。この最後の難関を解くために今度はとんぼ返りで上高地に出かけます。

 地図の上では箱根と上高地は直線ではそんなに離れていません。しかし、交通路は直線には存在しないのです。このトリックを見破ったときが浦上にとっての事件解決で、それは広島空港が新しく移転していたことと、何お隠そう、長野県にも松本に空港があるということです。それは時間的な無解決を可能にしました。そして、写真に隠された更なるトリックをも暴いてみせたのです。

 浦上たちの各地を訪れる風景描写もきっちりと描かれ、まるで本人たちと行動を共にしながら事件解決を観たとにはなぜかほっとした気分にさせられます。この本の裏表紙にはこの小説を書くにあたって津村氏が綿密な現地調査をしている様が書かれています。実際には登場しない名古屋から乗った「しなの」が集中豪雨で停車しやむなく途中で一泊したというエピソードにはなにか微笑ましいものを感じました。

 こういう事件ですからドラマ向きです。既に弁護士高林鮎子シリーズ、そして、浦上伸介シリーズでもドラマ化されています。でも、どちらも原作から大きく離れてしまっているドラマ化ですから、この原作はそういう意味からも読んで楽しむことができます。