ワークライフビジネス
自分のこころと対話する
カウンセリングセッションをやっています。
https://ameblo.jp/gatugatutai/entry-12395846215.html
  • 12May
    • 鉛色の空

      「鉛色の空」ってフレーズが気になったのは、私の中に言葉にできないモヤモヤ、ザワザワ、違和感が溜まっているからなのかしら確かに、スッキリしないですよね。でも、良い悪いではないんです。なんでもかんでも、白黒ハッキリ、雲ひとつない青空が素晴らしいなんてのも、やっぱり違和感がありますだって、天気も気持ちも、どっちもあるのだからただただ、そこにあるという事実だけがある。そこに何かしらの意見とか価値観とか、そんな物を結びつけちゃって、ややこしく、生きづらくしてしまうから厄介。これが素晴らしいって決めたら、他はダメなのだーと攻撃する。または、そうじゃない私がいけないのだーと自分を責める。どっちつかずを抱えられない短絡的な思考にノーを突きつけるために、根暗な私はこんなことを考え続けているんだなぁ

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  • 04May
    • 「チルドレン」「サブマリン」

      伊坂幸太郎さんの作品です。 チルドレン (講談社文庫) 713円 Amazon サブマリン (講談社文庫) 713円 Amazon 家庭裁判所の調査官ソーシャルワーカーとはかなり近接領域のお仕事です。突き抜けたキャラで、杓子定規ではなく、時に近すぎる距離で人と関わっている陣内さんが魅力的です。実際には、仕事の範疇を超えているし、ハチャメチャすぎるのだけど、人との関りってマニュアル通りにはいかないし、役割を超えた個人の価値観を問われる仕事です。法律があっても、その背景や心理状況などが複雑にからみあって、単純に正解不正解に分けられない世界です。自分が絶対に正しいと信じられれば、それは幸せなことなのかもしれないけれど、それは「正しくないこと」への攻撃しか生まないし、まさに不寛容の世界観です。常に自分の想像できる範囲でさえも、悩んで、迷っているのだけれど、そのどっちつかずを抱え続けることも強さなのだと思います。どこかで区切り、節目をつけながら進んでいくしかないけれど、その分かれ目は常に地続きであることを忘れない覚悟が問われるのです。自分が「これが世界だ」って思っている世界の枠の外側にも、さらに世界は広がっているのだということに思いを馳せる想像力こそが、ソーシャルワーカーの仕事なんです

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    • やっと動き出した令和

      新しい時代の幕開け完全に取り残された感がありましたが、やっと、なんとか、ゆっくりと動き出しました。10連休といっても、なぜかお出かけ熱が盛り上がらず、旅行の予定もなし。お出かけ大好きっこに育ててしまった娘は、やや不満そうついつい引きこもってしまっていたのですが、少しは風を感じようと思い立ち、今流行の「キングダム」を読んでみました。まずは5巻まで一気読み。このあたりのお話しが、今公開中の映画のストーリーでもあるようです歴史も戦いも苦手分野ですが、さすがに人気作品だけあって、ぐいーっと物語に引き込まれましたそして、今日は、九星気学の講座を受講。人生のサイクルを理解し、今、停滞している場合じゃないなとギアを入れ替えました

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  • 01May
    • カウンセリングセッションのご案内

      存在まるごとOKカウンセラーの内藤たみこです。大塚あやこさんの元で、ビリーフリセットカウンセリングを学び、2018年7月の認定試験に合格。認定ビリーフリセット・カウンセラーとなりました。ビリーフリセット協会のページ自分自身の内面と深く向き合っていこうとする方のお手伝いをし、誰もが自分らしい輝きを取り戻し、自分の人生を生きていく社会を目指して活動しています。セッション内容  ビリーフリセット心理学をベースに、  お話を傾聴し、  悩みの核となっているビリーフを探り当て、  リセットワークなどのワークを使って、  ご自身を縛っている思考の枠組みに気づき、  それを緩めるお手伝いをします。    色を介して、ご自身の気持ちを見つめる  アクティブ・カラーセラピーもご提供できます。※お話の内容は、守秘義務を持って口外することはありませんので、安心してお話ください。場所 都内レンタルスペースになります。 馬喰町駅近辺が多いです。 (ご予約の方には、直接ご連絡します。)時間  90分~120分程度料金 対面セッション 1回(120分まで) 10,000円 セッションのお申込み、お問い合わせはこちらビリーフリセット®とは?

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  • 21Apr
    • 肩こりが分からない

      分からないシリーズです時々、いや、割と頻繁に襲ってくる私は何も分からないって感覚いやいや、一事が万事で、本当に何にも分からないとか、全部分からないとか、すぐに飛躍できる才能持ってるので厄介なのです。そんな時は、一つ一つ、地道に検証してみましょう。私、肩こらないんです。というか、肩コリの感覚が分からないんです。肩こりますか?肩コリですか?と質問されると、いいえと答えます。少なくとも、肩コリに悩んだり困ったりはしていないのです。だけど、いつもムダに荷物は重いし、時々襲ってくる頭痛の原因も肩コリだったりして💦美容院でうっかり、マッサージしてもらうと「こってますね〜」と笑顔で、屈託無く、断言されたりするのです。この肩の持ち主である私が分からないのに、あなたには分かるのですね感覚とか感情は、共通言語でもあり、個人的体験でもあり、比べることが出来ないものです。感覚を研ぎ澄ますって言っても、受け取るセンサーだけじゃなくて、それを快か不快か判断する基準も人それぞれに違いがあります。個々の違いに加えて、自分の中でさえ、その時の体調やら気分やら環境やらに左右されるから、絶対の基準値というより幅がある個人の閾値みたいなのがあるのです。つらい許せんうれしい楽しいきれい美味しいあったかい寒い見るものも見えないものも世界に溢れてる情報の全てを受け取って、感じて、分かろうとするなんてそんな不毛な戦いを続けているから、パンチドランカーみたいになってるのかなそんな時、分からないって一気にシャッターを下ろす(防衛)でも、やっぱり外の世界が気になるから覗くそこには、怖いことばかりではなく、キラキラもいっぱいあるから、そのことを知っているからやっぱり閉じたまま、閉じ続けていることはできない。毎日、毎日、勇気を持って未知の世界に踏み出す生きるって、もはや勇者だな

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  • 19Apr
    • モノの名前、ヒトの名前、キモチの名前

      世界をありのままに見ることは難しいそんなことを考えていたら、認知とか知覚とか、そんなことを書いてみたくなりました。私は、大学の頃、障害児の発達臨床を学んでいました。私たちは、「コップ」という言葉ひとつでこのコップもあのコップも、家にあるコップもお店で出てくるコップもみ~んな「コップ」として、はじめましてのコップでも当たり前のように飲み物を入れて飲むことができます。だけど、それぞれの「コップ」は同じであって同じではありません。同じメーカーの量産品のコップであっても、厳密にいえば「同じもの」ではありません。でも、その違うものを全部「コップ」という言葉で、用途も含めて一括りにしてしまうことができるのです。さらに、ペットボトルや缶に入った飲み物を直接飲むことだってできるのです。例えば、自閉症スペクトラムの子にとっての「コップ」は「僕のこのコップ」に対してのみ通用する言葉でした。だから、他のコップで飲むことはできないし、それを言語化できるわけでもないから、当然パニックを起こします。一つ一つの出会う「コップ」たちにそれぞれ「コップ」、「コップ」と名前をつけて認識していくことで、その子の世界を広げていきます。どちらが正しいものの見方かということではなく、この世界で生きやすいのはどちらかということなのだと思います。それは「くつ」でも同じで、このくつが履けるようになったら、次は同じメーカー同じ形の色違いの靴が履けるように慣れていこうねというような働きかけをします。このようなことは、自閉症だからみんな同じということではありません。多分、障害にかかわらず、個人差もあるし、こだわりとか、認知の違いとかはあるのだと思います。驚くほど、あっという間に発達していくと気付かないことが、発達のデコボコやつまずきがあることで明らかになるのです。この世界での生きづらさを軽減する=適応が良いことなのか、悪いことなのか、考え始めるとぐるぐるしますが、混沌とした世界で、ありのままのそのままを見ているキラキラした魂は、尊重されるべきものだと感じます。認知についても、現象面から「きっとこういうこと」と考察して仮説を立てて関わっているにすぎないのです。偉大なる恩師は、そんな風に、一つ一つの発達を細かく検証しつつ、「どんなに子どもの立場に立とう努力しても、決して分からないのだという自覚を忘れてはいけない」と初めに教えてくれました。自戒をこめて、それでも相手の立場に思いをはせることを忘れずに、ありのままを見つめることの尊さを考え続けているのです。

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  • 18Apr
    • ○○じゃないってこと

      私は弱虫だ世界は怖いところだリンゴは赤い何かを定義するということは、物事を単純化して、生きやすくする手段の一つでもあります。だけど、世界はもっと複雑で、境界は曖昧で、定義したそばからこぼれおちていくいくものです。だから、生きやすくするための便宜上の定義なんだってことを忘れてはいけないのだけど、過度に単純化して、そこに正しさを乗せてみたりすると、生きやすくするためだったはずの定義が、窒息しそうに息苦しい世界を作り上げていることがあります本末転倒赤組ガンバレ、白組ガンバレ敢えて、分けることで、競うことで盛り上がることもあります。敢えて、勝敗をつけるためにチームを分けているのだけど、当然ながら、存在そのものの優劣をつけているわけではないのです。そんなシンプルなこと、忘れちゃうことがあるんですね。私は弱虫だそして、私は強いこのことは、不思議なことに矛盾しないのです無理して、弱虫100%で生きようとすると、無駄な力が入って、疲れてしまいます本来の力が出ないのは、楽しくないのは、生きづらいのは、こんな風に無理な自己定義をしているせいなのです。この自己定義のことをビリーフと呼びます。そうだけど、そうじゃない。正解はないけれど、もしも今、生きやすくするための定義(ビリーフ)で、進めなくなっているのなら、その定義を見直してみませんかそんなビリーフを探求するセッションやってます。 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓個人セッションのご案内

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  • 17Apr
    • 「何してるの?」問題

      これは鬼門定期的に勃発する私をざわつかせるアイデンティティにかかわる問題です公務員を辞めて一年。無職のおばさんであることが怖い実際には、週2日の非常勤の勤め先があるし、細々とカウンセラーとしての活動もしているので、無職でも、無収入でもありません休みの日は何してるの奥様方とランチに行くのそんなことを聞かれると、ただそれだけのことなのにバカにされてるのかなそんな風に反応してしまうのですだってさ~、仕事してたって、ランチ食べるでしょ?仕事で拘束されてるからって、時間内すべて緊張感持って、生産性高いことやってるの同僚と雑談する時間だってちょっとぼんやり考え事したり、そんな時間は絶対にないわけそれが、「職場」で行われているから時間に対する対価が支払われているから自由が奪われているから「仕事」です、以上。それ(仕事)がないことは暇だってことなのどうせ優雅にランチしてるんでしょってことなのなんか特別な「何か」をしてるって説明できなきゃいけないのお仕事何してるのって聞かれて、○○に勤めてますって言うだけで済まされてで、何してるのって明確に答えられない人いないの身分保障がないですよね。旦那さんが働いてるから、子ども一人だから親も元気だからそんな生活もいいですよねって、人から言われるのが嫌なのですこんな風に自動反応するのって、完全にビリーフですよね私自身が自分を責めているこんな状態そんなんじゃダメでしょって、自分自身にダメ出ししているってことなのですなんだかなぁなかなかクリアできない堂々巡りではありますが、それでも、もう会社員には戻らない楽なのかなと脳裏をよぎることはあるけれど、そこははっきりNOと言えるから、やっぱり進むしかないのですねぇ

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  • 14Apr
    • 「しょぼい起業で生きていく」

      若い人向けの本かなぁと思いながらも読了 しょぼい起業で生きていく 1,370円 Amazon 多様性と言っても、「就職」するのが当たり前みたいな考えでここまで生きてきました。大学卒業して、就職して、、、仕事=組織に所属していること(メンバーシップ)守られている、思考停止、歯車それは、ある意味楽だし、社会的な信用も得られること仕事=つらいもの、我慢が必要そんな風に思っている一方で、組織に所属していることが無理だと気付いてしまうと、自分は社会不適合者なんだという負い目を感じていました。公務員を辞めて、一見、そんな旧価値観にNOを言っているようで、拭いされない劣等感みたいなものを優しく払拭してくれる本でした時間の拘束をお金に換える働き方、嫌なことを我慢し続ける生き方。華々しい、キラキラした起業ではなくて、もっと多様な生き方、働き方の選択肢があって、それは決して難しいことじゃない。「しょぼくても生きていていいこと、生きていけることを示したい」そんな言葉に共感を覚えました。私も、ゆるっと生きていくためには、もちょっと人とのつながりを持たなくちゃな~真面目で誠実なのだけど、手を挙げる、声を出す、私はここにいますよーをアピールしていこうまぁ、一歩一歩ですね

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  • 12Apr
    • 「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ著

      本屋大賞受賞作です踊らされてるな~と思いながらも、本屋さんにドーンと積まれているのをスルー出来ずに、やっぱり読みたいここにはまってしまうと、上手いこと、その周りにある本が次々読みたくなるので危険まあ、危険じゃないけれど、予算の関係でとりあえずこの一冊のみ購入し読了。 【2019年本屋大賞 大賞】そして、バトンは渡された 1,728円 Amazon あったかい気持ちになる物語でした。2人の母と3人の父がいるなんとも不思議な家庭環境に育った主人公なのですが、別にいじめられるとか、虐げられるとか、そんな不幸にみまわれるわけではなく、たくさんの親に愛されています。なにが普通か、そんなことは分からないのだけれど、自分のいる家とか環境を受け入れざるを得ないこども。傷ついたはずとか、かわいそうとか、そんな風にみてしまいがちだけれど、そこで生きているという事実にレッテルを貼らないことも幸せの秘訣なのかもしれません。なんの葛藤もなく幸せに生きてきたわけではないけれど、優しさに、愛情に見守られながら成長することって、本当に大事なことなんだなと改めて感じました

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  • 10Apr
    • 「男はプライドの生きものだから」 テレンス・リアル著

      翻訳本です。原;題は「I Don't Want To Talk It」そのことは話したくない。。。みたいな感じかな? 男はプライドの生きものだから Amazon 隠れたうつ病というキーワードが出てきます。うつ病の罹患率は女性の方が多いと言われていますが、男性の場合、社会が規定した「男らしさ」の特質などから、心の痛みを感じた時に外に発散する傾向があるようです。そのため、一般的なうつ病(表面化したうつ病)の症状ではなく、嗜癖や暴力の形で表現して、うつ病が表面化しないよう防衛しているという仮説です。なので、結果的に犯罪者(暴力の加害者)であったり、アルコール依存になっていたりするのは男性の方が多く、その内側に隠れたうつ病の問題があるとすれば、うつ病の罹患率に男女差はほとんどないのではこないかとのことでした。著者は、自身の体験や豊富な臨床経験からの知見があり、とても説得力のある内容でした。うつ病が、自分自身を痛めつける病であること、個々人の問題だけで片付けられない、社会的な締め付けや世代間の連鎖に挑む強い志に圧倒されます。従来の「男らしさ」が生きづらさの根本にあり、新しい男性像を築き上げること、旧価値観を打ち破って、みんなが生きやすくなることを目指すのは、ビリーフリセット心理学にも共通する理念だなぁと思いながら読みました。自分自身とも他者とも心のつながりを持てるようになる。統合や女性性って、まさに時代のテーマなのだなぁと感じました。興味深く読み始めたもの、途中で注意力散漫、何冊か並行して読み進めてしまい、とっても時間をかけて読み終えましたカウンセリングセッションやってます

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  • 08Apr
    • 呼吸って難しい

      息を吸って吐くように。。。簡単に、自然に、当たり前に出来ることの例えで使われます。もちろん私も、息していますよ。でも、一度意識し始めると、できなくなることがあります。心を落ち着けて深呼吸、瞑想、出来ない時って、ちょっとパニックになったりします。現実には、ちゃんと呼吸しているのだけど、「私は息が出来ない」に捉われてしまうのですこんな簡単なことがみんな誰でもできることなのに私には出来ない(いや実際にはできてるんだけど)鼻を空気が通る感覚に集中すると、気になって気になって、それが嫌だけど止められなくてパニックになりますあ~、もうダメだ。このまま死んじゃうのかも(何度死んでいるのやら)頭を空っぽにして、ぼーっとして、ただただ、生きてるもちろん呼吸も自然に出来ているあ~、これって瞑想かも何も考えなくていい形とか、正しさとか、そんなこと考えなくてもいい

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  • 07Apr
    • 瞬読体験会に行ってきました

      友人のFacebook投稿で「瞬読」を知り、興味津々で本を購入し、そのままの勢いで体験会に参加してきました 1冊3分で読めて、99%忘れない読書術 瞬読 1,512円 Amazon 読みたい本が次から次に出てくるので、読書スピードが追いつかない。読みたいと思っても、時間が経ってしまうと熱が冷めている。読んでいる本はそこそこあるものの、意外と記憶に残っていない。そんな読書の悩みを持っているわたしには、「1冊3分で読めて、99%忘れない読書術」のキャッチコピーをスルーすることはできませんでした実は、数年前にミカンの方法も試したことがあるのですが、習得できなかったのですだから、そんなうまい話があるわけないよな~という疑いの気持ちもありました瞬読は、「右脳読み」といって従来の一語ずつ言葉を読み進めていく「左脳読み」と区別しています。右脳は大量の情報を扱うことができるのです。文章を塊でとらえて、イメージする。その繰り返し、訓練で瞬読をマスターしていきます。タブレットを使っての体験では、フラッシュカードの要領でランダムに出てくる文章を一瞬で捉えてイメージする、さらに声に出してアウトプットしました。すぐに出来なくても、右脳に負荷をかけることに意味があるようです。ゲーム感覚で楽しかったのですが、意外と疲れていたみたいで、後から眠くなりました私はもともと、イメージで思考するタイプなので、この方法は違和感がありませんでした。文章を2行とか3行のブロックで捉えてイメージ化、しばらくはこの読み方を試してみたいと思います。今日、瞬読ではないけれど、別の用事でメールで来ていた「場所」を思い込みで勘違いしていたという大失敗をしました。瞬読では、ざっくりと内容をつかむには向いているけれど、こういう所はしっかり見ないといけないのだなと改めて気付いた出来事でした。

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  • 02Apr
    • 新元号発表

      新年度が始まりました。公務員を辞めて1年。感慨深く。。。もなく、とても眠くてゴロゴロしていました。ゴロゴロしていられる境遇なのは恵まれているのですが、罪悪感やら何やら、諸々の感情をすっ飛ばした穏やかさ、凪を感じていました。なぜだろう新元号にもあまり興味なく、遊びに出かけていた娘からのLINEで「令和」を知りました新しい時代の節目に頭に浮かんだ言葉は「もう戻れない」でした。とにかく3/31から4/1にかけて、眠くてねむくて、ぼんやりした頭に降ってきたのです。それは、悲しいとか、寂しいとか、覚悟とか、そんな大それたものじゃなくて、ただただ、そうなんだな~という諦念のような感覚です。良くも悪くもなく、ただ、そうなんだな~という時間軸を感じたのです。私は、暗黒の幼少期を過ごしてきたし、キラキラの青春もなかったので、あの頃に戻りたいという感覚はなく、職業的にも若さが求められるものではなく、むしろ人生経験がモノをいう相談援助職なので、年をとればとるほど楽になってきました。なので、過去よりは未来志向で生きてきました。記憶力が悪いわけではないけれど、思い出に関しての記憶が消去されやすくて、我ながらボケたのかな?と思うことも多々あります。クヨクヨしてても、前に進むしかないそんな気分だったのかもしれません

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  • 29Mar
    • 幸せかもしれない

      あ~、なんか、幸せかもしれないそんな風に思う瞬間があります。本当に、瞬間だから、きっと、見逃し(思い逃し)してることもたくさんあるのだろうなたいした事があったわけじゃなくて、むしろ、何にもなくて、心が平穏で、凪(なぎ)のような状態の時そこにあった景色がきれいだなとか、それは毎日通る道でも、いつも見てるはずの景色でも、毎年咲いてる桜でも、今、ここで、この時、心に響く瞬間があります。その感じを味わってその瞬間の、その感じの積み重ねで生きているのかもしれない。たとえそれが、勘違いだったとしても、その素敵な勘違いが、私の人生を幸せにしていることは、間違いない

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  • 28Mar
    • 「自分の居場所のみつけかた」斎藤学著

      生きづらさ、居場所、、、なかなか暗いテーマではありますが、自分自身の人生の課題とも感じています 自分の居場所のみつけかた Amazon ピンポイントに「居場所」について考える本です。「居場所づくり事業」なるものをやっていた時に物理的な「場所」としての居場所ももちろん必要なのだけど、いくらあっても足りないし、完全オーダーメイドではない中で、自分が生きていく、自分の居場所を作る、自分のいる場所を居場所に変えていく力、居場所力みたいなことを考えていました。著者は、精神科の医師であり、グループ療法、家族療法に永く携わっているご経験から、「普通」の生活に見え隠れする危うさや居場所を見つけづらい、生きにくさを抱えた人に寄り添うまなざしが温かい一冊です。私自身、福祉の相談業務の経験の中で、この本に出てくるような方々にたくさん出会ってきて、そのたび、自分自身の傷や生きづらさにも触れて、何が正解なのだろうと途方に暮れながら進んできました。ここに絶対の正解があるわけではないけれど、この本の一貫したテーマである自分が自分と和解する結局ここだなぁと思いました。私自身が目指しているのもここ自分にOKを出して、前に進もうそれは、素晴らしい自分になるとか、何者かになるような大それたことではなくて、転んだり、休んだり、寄り道したり、そのすべてが今につながっていて、良い(と思った)ことも悪い(と思った)ことも、すべて意味がある。今の状態は最適化されている。だから、いろいろあるけど、それでもなお、「まあ、これでいい」「このままの自分でいいや」に落ち着く時がくるのです。それでもまた、旅に出て、迷うこともあるけれど、帰ってくる場所を知っていれば、ぼちぼちやっていけるものなのですこんな私だからこそのカウンセリングセッションやってます

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  • 21Mar
    • ざんねんなわたし

      あと一歩ここ最近、「ざんねんなわたし」にばかり目が向いています。くせ毛の寝ぐせで髪の毛がはねてる私。せっかく出かけて行っても、人に話かけられない私。一番くじで3連発でF賞を引く私。上手に挨拶できない私。荷物が重すぎる私。役に立ってない私。もっと頑張れば良かったと後悔してる私。速く走れない私。読みたい本が溜まっていく私。キリがない本当は、ブルドーザーみたいにパワフルに周りを巻き込んでいくような人になりたいのですだって、それがソーシャルワーカーの資質でしょリーダーシップって、そういうことでしょうそうでなくては、ダメなのだーって、あれこの思考また出たよビリーフじゃん自我じゃん現実を見てみると「ありがとう」があふれてる。こんな私のまわりには、優しい人がいっぱいいて、何もできない(と思っている)私なのに「ありがとう」って言われるのです。いやいや、こちらの方が「ありがとう」なのに同じくらいか、もっとたくさん「ありがとう」って言われるのですだから、もっと頑張れたんじゃないか、もっと頑張らなくてはいけないのではないかと思ってしまうのだけど、その時、その時、私はわざと手を抜いてたわけじゃないのです。それが、その時の「できる限り」最大限なのです。輪の中心で明るく楽しく、みんなを引っ張ってはいないけど、嫌われてるわけじゃない私。誠実な私。「足りない」に目を向けていじけたり、自分を責めたり、自分じゃない何かになろうとするのはやめよう何度も繰り返しだけど、また新たに決意します

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  • 17Mar
    • かんもくフォーラム信州上田

      今日は、かんもくフォーラムに参加してきました。私自身が、場面緘黙経験者であり、もともと感じていた生きづらさから自分なりの使命のようなものも感じていて、探求ポイントなのだけど、正直、つかみどころがなく途方に暮れてしまうこともあります2017年12月のかんもくフォーラムの記事はこちら↓↓https://ameblo.jp/gatugatutai/entry-12335856170.html経験しているから緘黙のことがわかるのか答は、NOです。(少なくとも今の私には)そもそも、場面緘黙と一括りに言っても、一人ひとり症状も異なっていて、当然、体験している感情も様々です。それでも、一定の基準や診断をつけて、症例を検討することで改善策を探していく必要性も分かります。制度面でも、支援の対象とするための枠組みがあった方が便利な面もあります。ソーシャルワーカーとしての視点と当事者としての体験が混沌としていいることも、モヤモヤの原因の一つなのだと思います。ソーシャルワーカーとして苦手(だと思っている)部分を緘黙の症状(後遺症?)に責任転嫁しているのではないか。(という負い目)克服・回復した自分と変わらない気質。本来大切にしたい気質をネガティブに評価していること。自分にOKを出せずに援助職をやってていいのかという葛藤。このあたりが、私自身の課題です緘黙は、「話さないのではなくて、話せないのです」と説明されているのですが、私自身、頑なに話さなかったのだと決めている所があります。そして、困っていたのは私のはずなのに、自己認識は「困らせる子」なのです自分が感じていたことなのか、周りの意図を感じ取ってのことなのか、もはや分からなくて、そのことが余計に混乱して思考停止に陥ります。ただ、今は、思い出すと「悲しい」という感情がわいてきます。やっと出てきた「悲しい」が、なかなか昇華できないのですそれでも私は前に進んでいるのだから、それでいいのかなとも思います

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    • れんげ荘物語

      群ようこさんの作品で、現在シリーズ4作出ています。シリーズ2作目の「働かないの」のタイトルに惹かれて、4作通しで、一気読みしました。 働かないの―れんげ荘物語 (ハルキ文庫) 540円 Amazon 衝撃的なタイトルと思ったのですが、お話はとてもおだやかな作品です。主人公の女性は、有名広告代理店でバリバリ働いてきたけれど、45歳で早期退職し、貯金を切り崩して生きると決意します。月3万円の家賃のれんげ荘に住み、月10万円の予算で心穏やかに暮らす決意です。「働かない」決意は頑なですが、日々いろんなことを考えたり、真面目さゆえに悩んだりする日常が描かれています。私の感想は「きちんと生活できる人なんだなぁ」です。母とはうまくいかないものの兄の家族などとの交流もあり、アパートの住人や不動産屋さんとの交流、シンプルながら暮らしを楽しもうとする姿勢。働くこと、会社に勤めること、組織に所属していることを生活の主軸にしていると、生活がおろそかになっても仕事のせいにできます。でも、そもそも「生活」を整えることが苦手だったり、そこから目を背けるために仕事に逃げる側面もあって、私はこのタイプです家の中を整えることが出来ること、適度に人との交流が保たれていることの大切さをしみじみ感じました。私自身、「生活」「暮らし「人生」を取り戻したくて会社を辞めたはずなのに、外にばかり目を向けて逃げているなぁと反省します

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  • 14Mar
    • 繊細なのに鈍感だと信じ切っていた

      どうにもこうにも、自分のことは分からないという話です先日、友達から「繊細なんだよ」と教えてもらいました。私は、ぼんやりしてるから、だから何にも分からない、分かってないそんな気持ちになっていたのにその言葉がストンと落ちて、あ~そうか、そういうことだったのかぁと楽になりました誰に、どのタイミングで言われるかにもよるけれど、この時は、とってもうれしかったのです言われみれば、確かに、世界は情報量が多すぎると感じていて自ら受け取る情報をシャットダウンして生きのびてきたのです。呼吸をする時、鼻やのどに空気があたる感覚が耐えられなくて、このまま死ぬしかないんじゃないかと思った経験。。。誰にでもあるわけじゃないんですね時々、オーバーヒートする(脳が膨張するような)感覚も、繊細過ぎるから、受け取りすぎていたのだと理解したら、なんとなく納得感がありました「私、実は繊細だったの」と別の場面で言ったら、みんな知ってた知らないのは自分だけ感覚的なことは特に、他人との比較も難しいから、こんな些細なことで苦労してるって気づかないものです。みんなそんなもんだろうって思ってたら、ムダな所でものすごい労力使って生きていることがあるのです。こうやって「生きづらさ」の地雷は至る所にうまっているけれど、一人ひとり違うからこそ、その特性には意味があるし、武器になるのです自分のことを人から教えてもらうって、一歩間違うと怖いことだけど、温かく世界に受け入れられる感覚でもあることを初めて知りましたないもの、あるものを数えたり比べたりするよりも、そのままの自分を生かして生きられると幸せなのかななかなかそう思えないこともあるけれど、やっぱり私は私でこのことを伝えたいのだから、まずは自分がそう思っていようと改めて感じた出来事でした

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