ミャンマー:サイクロン被害 死者・不明10万人、国連が修正


中国大地震、四川省だけで死者約1万人

いずれも、お見舞い申し上げますという簡単なご挨拶では済まされないことです。


災害とそれに続く政治の不作為により失われてよい生命などはありません。

支援のための情報を見つけてできることをしたいと思います。


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日曜に紹介した週刊東洋経済を新幹線の中で読みました。

2ヶ月がかりの取材で事実を追いかけたものとのことです。


週刊東洋経済 2008年5月19日号(5月12日発売)

『子ども格差』


http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/


080512発売週刊東洋経済



【図解】学歴、職業、年収… 格差は親から子へ継承される


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「教育への公的負担は先進国で最下位クラス」
080512教育への公的支出比較


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「生活保護需給世帯の学歴状況」
080512生活保護世帯の学歴状況

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「ひとり親(片親)世帯の子どもの貧困率」
080512ひとり親世帯の子どもの貧困率



以下記事にあるように、これは偏見を助長するものではなく、ごく最近の状態を写し取ったものです。


発表の仕方によっては、保護受給世帯への偏見を助長するとの批判も招きかねない。だが、現実の直視から真の政策は生まれる--道中さんは意を決して発表に踏み切った

さらに、p.40以降にはこのようにあります。

 残念ながら、生まれた子どもが同じスタートラインに立っていると考えるのは誤りだ。胎内からの”子ども格差”は、妊婦検診への公費助成回数の格差(53ページ記事)からも明らかだ。東京23区では大半が望ましい回数に近い14回分の助成をしている一方、京都ではわずか1回。「飛び込み出産」を防ぐためにも公費助成の回数増は有効手段だが、全般に西日本の自治体の腰は重い。


(略)


 小学校からよりより環境を目指して私立を狙う「お受験」。その対策に、年間350万もおカネを投じた親がいる(64ページ記事参照)。また、東京都港区在住で私立小学校に通う児童の割合(国立を含む、本誌推定)は約19%に上るのに大使、足立区では1.0%、江戸川区1.1%(国立を含む)と受験に対する意識の地域間格差も大きい。

 幼稚園から高校までの15年間の教育費を見ると、すべて公立に通った場合の学習費総額は571万円。それに対して、すべて私立の場合には1680万円もかかる。その差は3.4倍にもなる(文部科学省「子どもの学習費調査」06年度)。

 さらに、国立大学で自宅通学の場合には、学費・生活費の4年間合計が418万円であるのに対して、アパートや下宿から私立大学に通うと、4年間で989万円もかかる(日本学生支援機構「学生生活調査」06年度)。80ページ以下の記事からもわかるように、すでに所得階層別に進学率の差が生じている。

子どもがいれば、いやでも身近に知ってしまうことです。

(さらに、数10%の越境児童・生徒を受け入れる都内中心地の公立校のことも)


こうした事態が向かうところはどこでしょうか?

競争によりGDPが増えて富の再配分が行われる?まさかです。


p.60からの記事、「【海外編 1】イラクへ送られる米国の落ちこぼれ生徒たち」では、アメリカの、学力テストによる評価と競争促進、いわゆる「落ちこぼれゼロ法」(No Child Left Behind法、NCLB法とも言います)によって何が起こったかが描かれています。NYのブロンクスの高校に就任して10年余りの教師。ジェシカ・ジョーンズさんの当初の輝かしい喜びと、わずか10年でそれが打ち砕かれ、生徒たちがイラクに送られるようになってしまった絶望が描かれています。


注意すべきこと、それはこの大きな変化が起こったのは、たった10年間のことだという点です。

教師のクビがかかるためテストでいんちきが横行

(略)

 「この教室には未来の医者、月探検者、画家、作家、実業界の大物に、アメリカ社会が必要とする指導者たちがいる。一人ひとりが皆等しくこの国の将来にとって非常に重要な人なのだ…」


 それから10年後の2006年12月、ジェシカがハンドブックの代わりに手にしていたのは求人情報誌だった。アービン高校がニューヨーク州内でF(A~Fまでのうち最低ランク)を付けられた50の学校リストに入ったため、学校側からクビを言い割らされたのだ。02年に教育改革法案「落ちこぼれゼロ法」で「全国一斉学力テスト」が義務化されてからというもの、全米の学校は生徒の出した点数を基に予算に格差を付けられるようになった。

 生徒が悪い点数を出せば教師はクビにされ、国からの教育予算は減らされる。予算カットのあおりをもろに受ける貧困地域の学校はそのまま廃校になるケースが少なくない

 ニューヨーク市のブルームバーグ市長はリストの発表と同時に、こんなセリフも口にした。

 「落第した学校に通う2万8000人の生徒は、速やかに転入先を見つけるように」

 ジェシカはその発言について、怒りをにじませた声でこう語る。

 「政府がこの法案を出したとき、うたい文句は教育におけるサービスの質の向上でした。でも実際は、低学力の責任を、学校と教師に押し付けたんです。成績の悪い学校が振り落とされれば親たちは子どものためによりよい学校を選べるし、子どもたちはよりよい教育を受けられると言ってね。でも廃校になった学校の生徒たちに行き場などありません」

 この教育改革は、不登校や中退者を拾い上げ、国全体の学力を底上げする目的で教育に競争原理を導入するというものだ。これによってアメリカの教育現場ではすさまじいレースが始まり、生徒だけでなく教師たちも生存競争に放り込まれた。


「落ちこぼれゼロ法」で高校の落第生が急増

(略)

「落ちこぼれゼロ法」の名とは裏腹に学力の低い生徒たちは追い詰められ、その結果、競争から零れ落ちる生徒は増えていく。教育格差は拡大し、高校生の卒業率は51%(前年は70%)と、2人に1人が落第する事態となった(市民団体America Promise Allianceのデータより)。

 この法律にはもうひとつ重要な条項が含まれている。国からの予算と引き換えに生徒たちの個人情報を軍に提供するというものだ。この結果、軍は落ちこぼれ生徒の情報を手にし、大学費用を出すという条件で生徒たちを次々と勧誘、入隊した彼らはイラクに送り込まれていった


削減される児童用医療 生活できないなら軍へ

(略)


大学の学費が払えずに破産する子どもたち

(略)

 学費ローンの返済に生活を圧迫される若者たちが助けを求める先もまた軍隊だ。「入隊すればローンの返済を軍が肩代わりする」という勧誘文句に、多くの若者が藁をもつかむ気持ちで入隊し、イラクに送られていくのだとオードリー校長は言う。

 07年に国連児童基金(UNICEF)が発表したデータによると、児童生育環境ランキングでアメリカは先進国21カ国中20位だった。

 これについて、「落ちこぼれゼロ法廃案を目指す教師の会」の1人、ブルックリンの高校教師、リン・ジョーンズ(35)は言う。「この法は子どもたちを苦しめ、落ちこぼれをむしろ増やし、教育機会と引き換えに軍に入隊させる経済的徴兵制でした。それに気づいた教師たちが今、全米で手をつなぎ始めています」


本当の「変化」を求めて立ち上がる親と教師たち

(略)

公立学校ハンドブックにこう書かれていました。


 「この教室には未来の医者、月探検者、画家、作家、実業界の大物に、アメリカ社会が必要とする指導者たちがいる。一人ひとりが皆等しくこの国の将来にとって非常に重要な人なのだ…」


たしかに、これも、社会に有用なひとかどの人物になれ、とはっぱをかけていると読み取れるのかもしれません。

ただ、多様な選択肢を指針として照らしていたという意味合いであり、指導者にならない子どもを否定するものではなかったと考えます。


さらに注意すべきこと、この愚に学ばず同じ道筋を(あらゆる正当化をしながら)進んでいこうとしているのが、日本だということです。

実際、テストによる予算格差を言い出した自治体も都内にありました。


上の記事は日本への提言に続きます。

手遅れになる前に…日本に住む者への教訓

(略)

むしろ9.11以降、テロとの戦いという言葉に踊らされ、いつの間にか進められていたセーフティネット切り捨てと、過剰な民営化政策を容認してきた自分たちが国民が今の状況を作ったとも言えるのだ--リンは最後にそう言った。

 子どもたちの状況がここまで切羽詰って初めてわが身を振り返ったという人々が「今、アメリカで急激に増えているのだと。「教師、親、地域の政治化……。でも私たちを反面教師にして、日本の人たちは手遅れになる前に教師や母親の悲鳴に気がついてほしい。その下で必ず子どもたちが犠牲になっているから」

 彼らの戦略は、政府を批判する代わりに一人でも多くの国民に何が起きているかを伝えることだ。

(略)

 子どもたちの生存権を守ることは、国の未来を守ることと同義語だ。かつて格差の下にいたのはマイノリティだったアメリカ。今転がり落ちているのが中流層の子どもたちであることは、この事実が海の向こうの他人事ではないことを日本の私たちに警告している。

 そしてまた、真実を知った大人たちが共に手をつなぎ声を上げることが次世代へ手渡せる貴い物を作り出す--そう気づいた彼らの声を、この流れにのみ込まれないための羅針盤にするかどうかの選択は私たち自身の手の中にある

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教育のこと、子があらゆる環境で育っていくことなどで、迷いながらまだ書いていないことはいろいろあります。


次のことも、これまでほとんど人に話したことはなかったのですが、改めて事実だけを振り返ってみます。

だいぶ前のことです。



その女性は、いや、まだ20歳になったばかりで、少女というべき様子だったのですが、産院でわたしの隣のベッドに、早産の恐れで入院していました。予定日はわたしより2ヶ月ほど先でした。


わたしとは年は離れていましたが、こちらが小柄で年齢より若く見えたせいか、彼女(Aちゃんとします)は人懐っこく話しかけてきてくれました。

その地域でずっと暮らしてきたと言います。


「Aちゃん、安静ばっかりもつらいでしょ、若いし。1人目だよね」

「ううん、もう一人男の子がいるんだ、1歳の子が」

「そっか。意外ね。そう見えないね。さっきお姉さん来てらしたし、ご家族も喜んでるでしょう」

「あ、でも旦那はいないの今。殴ってばっかだから妊娠したのに別れちゃった。子どもは施設に入ってるの」

「…ごめんね、悲しくなること聞いちゃったかなあ」

「あ、ぜんぜん。いいのいいの。わたしね、お母さんの彼氏っていうか、お義父さんにいつも迫られてたからうちを出ちゃったんだけど、それで上の子ができちゃって結婚して、だんなも最初は優しかったんだ。そんなもんです。へへ。だらしないけど」


と、聞きました。


Aちゃんは、中学時代から実母と内縁の義父が大嫌いで、シンナーを吸っては補導され、短い間、更正のための施設にいたこともあったそうです。ただ、わたしが会った頃、見かけはとても質素でこざっぱりして、むしろ学生のようでした。

「先生」(その施設での先生だそうで、折り目正しい人でした)が瓦せんべいを持って病室にお見舞いにいらした際に、まるで小さな子どもが母親になつくようにしていました。


それから3ヶ月ほどして、新生児を連れたAちゃんとお姉さん(地元の、わたしもまれに買い物に行くやや遠くのスーパーでパートで働いていました)とで家に遊びに来てくれくれました。


「2人目も男だったー。うう、残念。でも兄弟仲良くできるからいいかな」

「顔立ちがはっきりしてるね、もうくっきり二重まぶただし」

「うん・・・でね、ごめんなさい、すごく図々しいことだから、絶対に嫌だったら断ってね・・・」


そうして、Aちゃんから聞いた話は、退院時の長期入院と出産費用が支払えず、「ちょっとまずい人」からお金を借りて困っている、ということでした。


「でも暴力団とかそんなのじゃなくて、ただ、なんとか親戚からお金を集めてくるまで、30万が要るんだけど・・・」という言葉、本来はわたしもそんなことに関与してはならないと理性では分別はついていました(我が家の生活も決して余裕というわけでなかったし)。


役所からも、すでに産院には支払ってしまったのからと減免は断られたということ、民生委員さんからも同じように取り合ってもらなかったということ、「先生」には絶対に相談はできない、「だったら母子寮は?」と訪ねても、Aちゃんは笑顔を作りながらずっと首を横に振って泣いて、しまいに大泣きになって、見る見るうちに畳にしみができていきました。


Aちゃんの自宅である小さな公営のアパートも分かっていたことや、先生と言う方や親族のきちんとした様子から、不安を大いに感じていたのに、借用書を書いてもらい、3ヶ月だけの約束で、その半分だけ貸しました。

「親戚の人や先生に相談できないときはこちらで調べるから、役所にも一緒に行くから、絶対無理しちゃだめ」と話して。

善行をしたという思いはありません。そのときは他の選択肢がないと考えたことをむしろ後悔しました。

その出どころは、わたしがいただいた出産祝い金です。


そして約束の日が来る前に、Aちゃんの家には電話が通じなくなり、ベビーカーを押して川沿いのアパートに出向いても母子の住む気配がなくなっていました。


さらにほぼ1ヶ月経って、なんらかの届けをしたほうがよいだろうか、産院に尋ねてみようか、お姉さんがまだ働いているかもしれないスーパーに行ってみようか、と考えていた頃のある日中、慌しくチャイムが鳴りました。


ドアの向こうには、警官が2人立っていました。


「××警察です」

「はい・・・どういったお話でしょうか?」

「あのね、あなたのこの家の電話番号と住所を使って若い女が詐欺をしたんだけどね、今もう犯人は捕まってるんですけど」

「詐欺・・・があるんですか?!」

「いえいえ、その事件はもう決着着いたんですよ。でね、その女が、たまたま産院の待合室で、隣に座って問診表を書いてる人がいたんで、それ見て写したっていうんだよね、お宅の住所とかを」

「××産院でしょうか?」

「そうです(書面を見せていただいた気もします)。そちらに通われていただけで、お心あたりないでしょうから驚かれましたでしょう」

「・・・」

「そうですよね。はいはい」

「何かこちらからすることはありますか?」

「もう、わたしどももこちらにはご迷惑はおかけしません。話はついてます。ただ、もし万一、別の被害者がいたりして、あなたのところに苦情の訪問や電話なんかがあったら、まったく赤の他人さんの巻き添えで申し訳ないんけど、警察にご一報くださいね。あとね、奥さん、これからはそういう時は気をつけてくださいよ、本当に最近は誰が覗き込んでるか分からないから。それでは失礼しました」


その詐欺を働いた若い女、というのが誰だったのかどうかを知るすべがありません。

心が墨で汚されるようですが、Aちゃんのことをどうしても想像してしまうわたしがいました。


ただ、そもそも、同室にいたか外来で行き会っただけか、警察では容易に調べがつくでしょう、だから違う人だろう、そう考えることにしました。

軽犯罪だと自白のみで捜査が終わることも多いと聞きましたが、それでもなお。


その後、Aちゃんからお金が戻ってくることも、二度と姿を見ることすらもありません。


お人よし過ぎるかもしれませんが、わたしもともかく別の詐欺に遭ったのだ、とも思いません。


動転して(その頃にはまだ、日常の出来事に動転するような小心者でした)、警察官の話に頷くばかりでしたが、あの時の対応は、正しかったのだろうかと悩みます。やはりそのままでよかったのかもしれません。

あるいは・・・


ただ、彼女が深みから逃げ出すためには、そもそもお金を貸すべきではなかったのでしょう。

今なら、もっと違うことができたのに、と悔やまれます。


それでも、あのとき、お金を貸す以外の手段のために他人のわたしがどこかに出向いたら、けなげなだけでなく危なげなところもいくらでもあるAちゃんを、世間(福祉と言い換えてもいいでしょう)は救ったでしょうか?

そのまま母子ともに福祉の手立てを得て生きていくことができたでしょうか?


現在と比べれば、あの時代ならまだその可能性があったのかもしれない、とする過去を美化しすぎているようにも思います。

今がひどすぎる状態で、かつても十分ひどい状況下にあったようにも思えます。


Aちゃんはどうしているのだろう?二人の息子さんは学校に通えているのかな・・・


こんなふうにして、とても褒められたものでない過去の出来事を書くのはやはり控えるべきだったかもとも思いますが、今でも、子どもと貧困に関する記事を読むときには必ず苦い思いが訪れて、そのうちのひとつがこのことです。

すぐにAちゃんの笑顔と泣いた顔と、いいにおいのする二重まぶたの赤ちゃんのことがに思い出され、それでさらに悲しさは強められます。


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先日発売された、明石書店 『子どもの貧困~子ども時代のしあわせ平等のために

http://www.akashi.co.jp/Asp/details.asp?isbnFLD=4-7503-2755-7


という本を借りて読むことにしています。


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