一番切迫しているとはいえ教育のことばっかりもどうかと思ってたんだけど、やっぱりメモっておこう。


昨日引用したように、「法案を審議している衆院教育基本法特別委員会は1日夕の理事会で、8日に名古屋、津、仙台、宇都宮の4市で、地方公聴会を開くことで合意」とありましたよね。


大都市も地方都市もあり、東西南北も微妙な按配でシャッフルされていますが、なぜ、宇都宮と津なんだろう。


■「衆院教育基本法特別委員会」委員長である森山議員の地盤が栃木 (宇都宮市にも事務所。ちなみに我が家からFAXできませんでしたし、他の方もからもそのような報告が出ています)

■委員のひとりである坂口議員(元厚労相)の地盤は三重県津市 (同様にFAXが通じないという報告あり)

     ☆11/7訂正: 坂口議員には届くようになったそうです。


・・・という点が、実はひっかかってます。委員長の地盤ってのは「そういうもん」、つまり公聴会の開催場所に選ばれるもんなんですか?慣行として。


もちろん、これだけからは結論は出すつもりはありません。

また、かつては、坂口氏はここにあるような 基本法改悪への反対発言もしてましたけれど・・・・・・

~~~

東京新聞に良い記事がありました。

あまりに長いんですが、また消える可能性も皆無じゃないので、久しぶりにWeb魚拓にもとって おきました(このサイト 、長めのメンテナンス以来、使ってなかったけれどサービス停止にならなくてよかった)。


* もし以下記事が削除されてた場合、上の魚拓のキャッシュを参照してください。

一部引用しておきます。(いつもどおり、青字は引用者によります)



教育基本法改正 エリート校あえて反対評価で締め付け 委縮する教員  

安倍政権の最大課題である教育基本法「改正」は地方公聴会の日程も決まり、成立に向け着々と歩みを進めている。現場、とりわけ公立校の校長、教職員の大半が沈黙する中、私立進学校の校長二人が「こちら特報部」の取材に対し、実名で異議を申し立てた。果たして、こうした声が国会審議で十分反映されてきたのか。広島学院の李聖一、麻布学園の氷上信廣両校長に話を聞いた。 (片山夏子)


 国会での攻防の傍らで、学校現場では自殺が相次いでいる。いじめに遭った生徒のみならず、教員たちもだ。「必修」問題で高校にも激震が走った。もはや学校は「戦場」のようだ

 この現実について、麻布学園の氷上氏は「学力は子どもの可能性の一つ。勉強のできない子が、行き場を失い自殺を図ったり、不登校になる気持ちはまともだと思う。その気持ちに寄り添えない教育現場の方がおかしい」と切り出した。

 「改正」派はこうした荒廃を「少年犯罪の増加」で語ったり、「規範意識の低下」に原因を求め、それを改正の根拠としてきた。  しかし、広島学院の李氏はこう反論する。「少年犯罪は本当に増加しているのか。規範意識の低下や犯罪も子どもたちが大切にされてこなかったつけだ。それに教育だけで変わるものではない。社会情勢や家庭崩壊など根深い背景がある」

 「改正」にはシステムと理念の両面がある。柱は基本法一〇条だ。現行の「教育は(中略)国民全体に対し直接に責任を負って行われる」が、改正後は「国と地方公共団体の適切な役割分担」と国の介入を認める形に転換される。

 李氏は「現行法は教育の使命は人格形成という崇高な理念を掲げ、国家権力も政治権力も介入させないと誓った。だが、改定後はいくらでも国が介入できるようになる」と指摘する


■人格の完成がないがしろに

 そんな「使命」が教育の現在の荒廃を招いた、という逆説も強調される。しかし、李氏は「むしろ、基本法の理念を追求しなかったことが現状につながっている」と分析している。

 「六十年前、日本は焦土と化した。そこで、崇高な理念を掲げた。だが、次第に経済界の要求が先行し、人格の完成という目標はないがしろにされた」

 理念の変ぼうと、現場教師への上からの指導強化は教師自身をも追い込んでいると氷上氏は懸念する。


■教職の魅力が失われていく

【略】 (←引用者による注記&感想: 長いので省略してますが本当に賛同です)


■私立の独自性なくす恐れも

 だが、氷上氏は「国の決めた指導に沿っているか、全国学力調査で結果を出しているかで学校が序列化され、助成金も決まるのだろう。そうなれば、私立は独自性という存立根拠を失う」と先行きを懸念する。

 「これまで公立は私立に比べて市場競争が少なかった分、多様な子どもたちの居場所があった。市場競争にさらされた公立校は事実上崩壊し、私立は生徒確保のため数字を上げるのに必死になる。学力偏重が増すことで、子どもたちは行き場を失っていく。教育の多様性より、すべてが数字に置き換えられていく。ますます、教育も子どもたちも荒廃するだけではないか

 さらに「愛国心」や「徳目」については、両氏とも強い反発を隠さない。

 李氏は愛国心について、「愛することは無意識なもの。愛せと言われて愛せるものではない」と話す。

 「徳目」については「親孝行しなさい」と言われたからといって、生徒が心から従うことはないという。「自分の体験の中から学んでいくこと。教え込んで分かるものではない。そんなことをしても生徒は聞く耳を持たないだろう」

 「態度を養う」という表現も乱立しているが、「態度チェックが行われるのだろうが、それに意味があるのか。無理やり言うことを聞かせようとしたら、それはもう教育ではない」

 氷上氏も「国や社会のために『役立つ』人をつくる狙いで、外から強制することでは子どもには何も響かない。大人の言うことを聞かなくなるだけ。教育で本来、最も大切な人間性は育たない」と言い切る。

 「だいたい、国を愛せという前に愛するに足る国なのか、誇りに思える国なのか、を問わずして押しつけても無意味ではないか

【略】

 二人はこれまで教育基本法「改正」への疑問を保護者や生徒たちにも訴えてきた。共感する教育者は少なくない。しかし、現実の政治ではその流れは加速こそすれ、弱まらない。


■生徒指導で余裕ない公立

 氷上氏は「国家管理が一気に強まるという危機感は一般的にはある。が、公立では物言えぬ雰囲気で、私立では数字を上げるのにきゅうきゅうとしている。漠然と不安を感じていても声が上がってこない」とみる

【略】

<デスクメモ>

 必修問題の唐突さが引っかかる。現状で長い間やってきた。歴史は現代まではこなせず、厳密には「未履修」が常だ。私学の独自性は学習指導要領を「軽視」して成り立ってきた。この騒ぎは結局、お上のカリキュラムを無視するな、という狙いでは。教育基本法「改正」前夜、どうもタイミングがよすぎる。 (牧)

略したところが少しで、今日も長くなってしまい、あまり意味がなかったですね(>_<)


---

トラックバックピープル「安倍晋三」  に参加しています。