ウーの日 その2 アルカイックスマイル
TBS映画部の制作から演出に移った樋口祐三は監督の数はこなしてはいないものの、いかにもTBS好みの人間ドラマを見せませてくれました。優しさ、哀しさ、強さ、怖さ。リアリティ。童心と情景。そして幸福の反対側にいる人たち。
同じ金城脚本、樋口作品の「恐怖のルート87」のヒドラもそうでした。交通事故に遭った少年の魂がヒドラに宿ってトラックの轢き逃げ犯を襲う。
怪獣は神に近い存在だと思います。ヒドラは、天災でさえ荒神として祀る日本の風土ならではの暴れっぷり。交通事故死した少年の無念を宿したヒドラは犯人ではない似たようなトラックまで襲いました。
ラスト。ウルトラマンとヒドラの距離感。ヒドラがこれ以上戦うことをヨシとしないのはアキラくんの想いの気がしました。轢き逃げ犯はまだ捕まってませんからね、ここではアキラくんは成仏してないんですよ。
ヒドラの中にもウルトラマンの気持ちを酌んだところがあったのか。アキラくんを肩に乗せてヒドラが去った後日談に、轢き逃げ犯人が自首したとされます。
では、ウーは? ウーも、善行の怪獣です。
ウルトラマンとの決戦の中で、突如消えて行くウーは、戦いの途中で雪ん子が亡くなったことを知る。
ウーにだって人間に虐げられた恨みがあったかもしれません。でも、守るものを失ったウーに、もはや戦う理由はなくなった。
とすると、ヒドラよりも救われません。
面白い事に、毎回怪獣を倒し続けて来たウルトラマンこと、古谷敏さんが、そういうやさしい怪獣を望んだ。
金城さんに、ウルトラマンが怪獣を倒さないで済む話もつくって下さいよと頼んだ事がこの2つにつながりました。
子供だって、うすうす気づいていますよ。怪獣は悪い事はしていない。ただ大きな体で暴れるだけで人間社会が迷惑をこうむるが、地球の先住生物だった怪獣にとって環境を破壊する人間こそが悪であると。
子供や女性、弱者を庇護する位置に居ると言う意味でヒドラとウーはウルトラマンと同じ立ち位置だと感じます。
シナリオの初稿から削られた部分。
冒頭で遭難した猟師の仲間がもう1人いて、雪ん子が助けて小屋で焚き火に当てられていた。
そこへウーがやってくる。
ウー鼻をならして、二人の方へ顔を寄せ
て来る(親しみをこめて・・)。
アラシ、吃驚して反射的にスーパーガンを
発射する
ウーの長い毛が燃える。
ウー、雪をつかんで慌ててモミ消す。
更に発射するアラシ。
ウウオオーッ!
両手を空に向かって上げ、悲痛の叫びをあげ
る。 、、
柴を小脇にかかえたゆきが、顔色を変えて
走ってくる。
ゆ き「射っちゃ駄目! ウーを殺さないで!」
柴をほおり出して、イデにとびかかる。
ゆ き「やっぱりウーを殺しに来たんじゃない! うそ
つき! 卑怯者!」
ウー、怒りの表情をみせ、両腕をふりまわ
して威嚇する。
アラシ、スーパーガンを発射する
ウー、雪をにぎって投げつける。
ゆ き「(アラシに)やめて! ウーを怒らせないで!
帰って! 早く山を降りて!」
イ デ「アラシ、行こう!」
二人、山小屋へとび込むーー
ゆき、ウーの方へ前進して、
ゆ き「ウー! ウー! 怒っちゃ駄目!」
山小屋から、2人が横になっていた猟師を連れ出して、スノーキャットで山を降りる。
小屋に残された猟銃を、雪ん子が届けに来ると、村人たちにきつく問い詰められ、監禁されてしまう。
翌日、ウーを捜すVTOL。
27 飛ぶVTOL・機内(昼)
アラシとイデ、操縦している。
眼下に流れる雪の連峰。
アラシ「何処に隠れているんだろう?」
イ デ「昨日、姿を消したのはあの谷間だったな」
アラシ「よし! めざましがわりに一発ぶち込んでみよ
う」
イ デ「もう、待ってくれ! ・・僕、今度の事件はひ
どく気が重いんだ。ウーが怪獣であるというだ
けで、なぜ退治しなければならんのだろう」
アラシ「もう、それを言うな! ロッジのオヤジの言い
草じゃないが、怪獣は所詮人間社会には入れて
もらえない、悲しい存在なんだ」
イ デ「そうかな、我々が差別さえしなければ、例え怪
獣だって猫のように大人しくなり、人間と一緒
に暮らすことが出来るんじゃないかな」
アラシ「イデ! 雪ん子みたいなことを言うな!」
イ デ「そうなんだ。人間みんなが雪ん子のような心に
なれば、ウーだって迫害されなくってすむんだ」
決定稿と同じ展開で、ラストにナレーション。
N 「イデ隊員は、ウーが幻の怪獣であり、雪ん子が、
雪山の妖精だったのだと、自分の心に言いきか
せていた」
やっぱり、イデとアラシの問答に、金城さんの自問自答をかぶせているように思います。でも押しつけがましくしなくて良かった。見た人が自問自答するからこそ、心に残るんです。
さて、今回から、ウルトラマンの顔と体が変わりました。
通称、Cタイプ。
30話から39話までの10本ですから、Bタイプの16本、Aタイプの13本(プラス前夜祭で14本)に比べて印象が薄いのが、当時の正直なところです。Aタイプは放映までの3ヶ月間、メディアに出ていますから、実はもっとも長い。
いや、BとCの違いなんて、子供には分からないんです。印刷物を長く見つめているとこことここが違うなんて、成長しながらです。
結果として、この話がCタイプで良かったのは理由があります。
成田さんは、宮本武蔵を引き合いに出して、本当に強い人は戦う直前に笑みを漏らすかもしれないと、美術で言うアルカイックスマイルの説明の例え話で付け加えました。
ギリシャ彫刻の表情ははうっすら笑っています。7頭身の美の黄金比、美の究極がそこにあると成田さんは言います。
また、洋の東西で美意識は重なって、東洋では、仏像たちがかすかに笑っているんですね。人間の理想はどこでも同じなんです。
よくファンは、弥勒菩薩をウルトラマンの印象に重ねられるんですが、成田さんは、弥勒菩薩を意識したことはないが、強いて言うなら、そういう部分でしょうと答えています。
彫刻家だから、成田さんは、アルカイックスマイルがシャープに決まったCタイプが好きなようです。ウルトラマンの完成型と見て良いんでしょう。
Aは、本当に、シワが寄ってたまたま口があんな感じになったもので、Bは、カッコイイ反面、どこかクールで、まったくアルカイックスマイルではありません。
ニセウルトラマンを作った際に、成田さん、正義をあざ嗤うニセ者の口元にアルカイックスマイルを見つけて、これは!と膝を叩いたに違いないです。あの口がヒントになったんでしょう。佐々木さんの造型の自己研鑽の賜です。
Cタイプは、言うまでもなく「帰ってきたウルトラマン」(71年)以降、ウルトラマンの顔に定着しました。私見では、新マンの顔の方が目が上のラインも丸みを帯びて、やさしい顔に見えます。
けれども、初代のCタイプの目の上側のキリッとした力強さは、怪獣を倒さないといけない使命感を思わせます。
ウルトラマンは、消えて行くウーとはもう戦わない方がいいと、少し戸惑って、すぐすべてを理解して引きます。ヒドラと同様、手から力が抜けるんです。微妙な芝居ですね。
この寛容さ、懐の深さが、アルカイックスマイルのウルトラマンに見られて、情操的に受け取れるんです。ヒドラよりも救われない今回のような時はとくに良かった。
でもこれは笑っている顔じゃないです。悲しいから、ウルトラマン、困っているんですね。ウーよ、山へ帰りなさい、暴れてはいけない。その気持ちは諭すように思えるんです。
自宅へお邪魔したとき、成田さんは、ウルトラマンのマスクを手にしてぼくにこう言いました。
この顔は時に怒っている顔に見える。時にやさしい。見る者の心を映すかのようです、と。
やさしい人が見れば、ウーと戦うウルトラマンの顔は泣き顔かもしれません。
対するウーのデザインは、成田さんは、金城さんからの注文通り仙人を描いたそうですが、細面の顔にしたら仙人そのままなので、ふっくらさせたようです。まぁ、出っ歯のガラモンですよね。
造型はエキスプロ。デザイン通り、最初は猫の目のような縦の黒目です。ちょっと怖いので、変えたんでしょう。
長い毛は、石膏などの補強で使う麻です。弾着があるため不燃処理されているはずです。
当初は高山さんに来た仕事だったものです。しかしゴルドンもウーも、これ以上にない仕上がりでした。
「まぼろしの雪山」は、TBS所有の東丸山スキーロッジを拠点に、内外を撮影に使っています。
67年の2月14、15日に撮影完成のパーティをやったそうで、子供のお客さんのために、ウーとウルトラマン、ドラコまでもっていきました。
もしかすると、特報や予告編などをつくったかもしれません。
その時のウルトラマンは、なんと体はニセウルトラマンの体にCタイプの顔、つまりゾフィの素体、この時出来ていたんですね。初出は講談社の「ウルトラマン大全集」です。講談社の特写なのかどうかは分かりません。関連写真も集めてみました。
ロッジ前の集合写真。何故か、特撮班の皆さんも。円谷一監督、子供たち3人連れて来ています。昌弘さんが、すぐ分かりました。
79年頃の「日曜スペシャル」の怪獣特集に、科特隊員に扮した毒蝮さんと二瓶さんがゲストで出演して、蝮さんは、ウーを、安達ヶ原の鬼婆みたいだと言ってました。
【図版】
・現代コミックス67年「ウルトラマン8月号」付録の「怪獣大パノラマ」のウー。成田さんの絵。
・67年5月発売の勁文社「怪獣大絵巻」のウー。成田さんの絵。
・その付録のカードも成田さんの絵。
・67年コダマプレス「学習世界怪獣大事典」のカラー口絵のラストがウーでした。この本の最新怪獣。
・梅田プロデュースセンターの67年12月30日発行「TBSコミックス1月増刊号」。柳柊二のウルトラマンとウー。右に、ちょこっと見えているのは「ウルトラQ」のNG企画「火星のバラ」。最初にして最後のマンガ化。
・67年朝日ソノラマ「宇宙怪獣図鑑」から、ウーとギガスの吹雪の戦い。雪ん子も困るだろうな。中西立太の絵。
・コダマプレス「続・うたう怪獣写真カード」。ウーの時間割なんて、普通じゃ発想しないなかなかの企画ですよ。
・67年講談社「ぼくら 4月号」の巻頭カラー口絵。
・67年5月キネマ旬報社「世界怪物怪獣大全集」の取材記事。大伴昌司の構成。
・ノーベル書房怪獣大全集第2巻「最新怪獣のすべて」から、ウーの内部図解。
・ミュージックグラフ、ふらんす書房を経た、エルム「ウルトラ怪獣大百科」はそれまでの画稿やページを再利用した編集でした。これは「怪獣カラー百科」の前村教綱の絵。
・80年代、成田さんがLD用に描いたウー。雪山の風景が最高にカッコイイです。
・これは良かったですね。当時物にこだわって紹介していますが、これは今世紀になっての商品。インスパイヤのウー。
・講談社「ウルトラマン大全集」の樋口監督の取材記事。
・雪山に映えるウルトラマン、出来たてのCタイプ。ピントがあってません。朝日ソノラマのファンコレ「ウルトラマン フィルムストーリーブック」の表紙に使われました。