小さな幸せ

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銭湯あがりのコーヒー牛乳。

 

我々の世代なら共通に持っている典型的な幸せの一時です。

 

小さな幸せ。見逃してしまいそうな淡い幸せ。

時にはしみったれた幸せ。

 

それらは日常生活を送る上でふと顔を出します。

 

かつての私、若い頃の私は厚顔だったのかもしれません。

ちっぽけなことに幸せを感じるなどとは言語道断。

 

そうしたことに感じ入ってしまうほど自分は小さな人間ではない、

などと思っていました。

 

目指しているものに邁進し

時には恋愛もお金も生活も犠牲にしてまで仕事に没頭する日々でした。

 

「でっかい夢を掴むんだ」

 

それが生きるということであると信じ

疑いの気持ちなどかけらも持ちませんでした。

 

けれども40を過ぎ自分の限界が見えてくると

夢の実現だけが全てじゃないということに気づくようになります。

 

年齢は私に現実を突きつけます。

それは先達たちが歩んだ道。

その道を私もまた歩んでいたわけですね。

 

そして53歳のある日

私のがんが発覚しました。

 

ショックでした。

 

私の人生は破壊されてしまったのか。

 

さらには

 

死ぬのか・・・・・・

何もせぬまま死んでしまうのか・・・・・・・

 

中高年になったとはいえ、

若い頃描いた夢の残り香はまだまだ残っています。

 

現実を受け入れられない時がずいぶん続いたように思います。

 

けれども同時に強く湧き出てきた意志もありました。

 

「それでも僕は生きなければならない」

 

がんの罹患によりいろいろなものを失いました。

 

体の機能、仕事としてやれること。

 

何よりもはや大きな夢など望めないんだ、

ということが頭から離れませんでした。

 

そんな時気がついたんです。

 

傷心している自分を支えてくれているのが

今まで目もくれなかったことであることに。

 

銭湯あがりのコーヒー牛乳。

 

道路脇に健気に咲いている小さな花。

 

冬も終わりのある朝感じる春の気配。

 

ちっぽけな幸せ。

かつては目にも入らなかった淡い幸せ。

 

それが今はとても愛しいです。

 

そしてそうしたことに気づけるようになった自分が好きです。

 

年を重ね、病を得、体も変わってしまったこの私。

 

この先どう生きていけばいいのか、

迷うこともあります。

 

けれども、きちんと周りを見渡せば

世界は小さな幸せで満ちている。

 

それを壊れないように大切に集めていくこと。

 

でっかい夢などもう要りません。

 

それに変わって余りある、

等身大の幸せが手の届くところにちゃんとある。

 

恵まれてます。

生きていけます。

 

歩みが遅くても今は気になりません。

 

日常の中にポツンと存在する小さな幸せ。

それを見逃さないで生きる糧にしていくこと。

 

それがこれからの生き方。

そして丁寧に生きていくことなんだなと思っています。

 

これは、私の固い持論です。

それがぶれないように、

このテーマを今後もこのブログに書き続けていこうと思います。

 

 

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