私はがんになる前は「あそび」はほとんどなかった、というかがんになってからも最初の頃はまったくなかったに等しい。


「あそび」というのは、車のハンドルや、ブレーキなどにある「あそび」です。


そして「あそび」とは「無駄」ともいます。

「遊び」の範囲はハンドルを動かしても車のタイヤは動きません。

それだけを考えれば「無駄」な範囲です。

しかし、そのハンドルを人間が握ると、もし「遊び」がなかったら、ちょっとでもハンドルを動かすとすぐ曲がってします。

するとハンドルを握っている時間は常に集中していなければいけなくなってしまいます。

 

そんな状態で車に乗っていたら疲れてしまいますし、事故も多くなってしまいます。

「あそび」とは一種の安全装置でもあるのです。

私は癌になる前のサラリーマン時代は、仕事に関しては常に100% 全力投球!

「あそび」はありませんでした。

時間がもったいない、無駄を省け、効率を上げろ・・・・

そしてそれができない奴を見ると「怒る」

今思うと、部下も大変だったでしょう。

それでも、仕事が順調に出来たときは緊張感をもって仕事ができる充実感がありました。

しかし、管理職になって仕事の内容が変わってからはこの緊張感が苦痛なってきたのです。

やりたいことをやっている時は緊張感は良い刺激ですが、やりたくないことをやっているときの緊張感は苦痛以外の何ものでもありません。

人間って不思議なもので、環境か変わっても、性格や癖は簡単に変えることは出来ないのです。

そしてある時、朝起きようとしてもまったく体が動かなくなってしまいました。

鬱病です。

張り詰めた緊張感がぷつっと切れたとたんに、意識と身体を結んでいた線が切れてしまいました。

その後、再び出勤できたのは4ヶ月後。
治った訳ではなく、薬漬けになっての出勤でした。

癌がわかったのはその8ヶ月後。

もし私が「あそび」をもって生活ができたら、きっとこんなに早く癌になることはなかったと思います。

さらに、癌になってからもこの「あそび」がない性格は治ってはいませんでした。

一日でも早く身体をもとの状態に戻そうと、毎日毎日必死になって運動したり、お手当したり、食事を徹底したりと突き進んでしまったのです。

本当に性格って変わらないんですね。()

この状態が2年間続いたのですが、今思うと良くやっていたなぁ~と自分でも感心するほどです。


しかし、あるときある人が、この「あそび」の話をしてくれました。

織田君、そうやってがんになったんじゃないの?

「生き方を変えなさい」なんて言っていて、やっていることが変わっただけで「生き方は変わっていない」のではないか!と怒られました。

私は「仕事」が、「癌を治すこと」に変わっただけで、生き方や性格がまったく変わっていないことに気づきました。

そこから、「あそび」をもつことにしようと思いましたが、これが結構大変なんです。

ぼぉ~とすることができないし、止まることができない・・・・

でも必死にゆっくり生きることを心がけたおかげで最近はずいぶん長閑な時間を過ごせるようになりました。()

それでも、周りからは、まだ普通の人より遥かにハイスピードで進んでいると言われていました。


しかし15年ほど前に農業をはじめて、自然栽培で野菜を作るようになってからは、毎日畑で過ごす数時間が私に自然のリズムを教えてくれるようになり、体にも心にも「あそび」が大切なことが分かったきました。

こんな私を変えてしまうなんて、自然の力って凄いですね。

ここまで「あそび」のなかった私が言っても説得力がないかもしれませんが、自分への戒めの意も含めて書きますね。

「あそび」を辞書で引くと、「自由で非生産的で目的を持たない」とあります。

しかしその「あそび」がなかったら、常に緊張していなければいけないし、ちょっとした不注意やミスで大きな事故になってしまうのです。

現代社会は、様々な概念や時間に拘束され、生産効率を求められ、目的を持てと言われます。

「あそび」があってはいけないのです。

これでは機械と変わりはありません。

機械ならばそれでも働き続けますが、生身の人間ではいつか必ず壊れてしまいます。

そして実際に壊れてしまったり、壊れかけたりしてしまったのが、癌であり、病であり、うつであり、引きこもり、自殺なのです。

「あそび」それは生きるために必要不可欠な大切なものなのです。

皆さん、遊び心を大切に生きていきましょうね!

長生きの秘訣ですよ!!

あきらめるという言葉の語源は〝明らかに究める″から来てという話をきいたことがある。

あきらめきったところからものごとが明らかになり、それを究めきったところに真実があるというのだ。

これを聞いたとき、私は合点がいった。

13年前、癌になって大手術をする羽目になり、体も心も傷つきボロボロになったことで、それまでの生きる目標を失った。

人生をあきらめなければいけない事態に堕ちいった。

15時間の手術をして目が覚めたとき、私は人工呼吸器に繋がれ意識のあるまま2日間を過ごした。

この時の〝動けない、話せない、食べれない、息ができない、恐怖で眠れない″という状態。

それは、自分では何一つできず、ただ存在しているだけ・・・・

すべてを成り行きに委ねる、あきらめの局地だったと当時を思い返したのだ。

そのとき私が考えていたことは「どうしてこうなってしまったんだろう?」だった。

2日間その答えを探していただ、解らなかった。

当時は心当たりがなかったのだ。

その問いは、人工呼吸器が外れてからも続き、さらに5年生存率が20%前後と知ってさらに大きくなった。

そんなあるとき、以前在籍して患者会会長をしていたNPO法人 ガンの患者学研究所 川竹文夫氏の「がんを作ったのは自分の生き方」であり「生き方を変えればガンは治る」という言葉に出会った。

がんになって1年近くたっていた。

この言葉を聞いたとき、「どうしてこうなってしまったのか?」という問いの答えのきっかけを掴んだ。

それまでの〝生き方”に原因があったのでは?と。

それ以後、私は「生き方を直せばがんは治る!」という仮説を自分につくり、これを極めることで自分なりの真実をみつけようと思い行動をした。

今思い返すと、諦めたから見えてきたことだった。

「諦めなければ必ず成功する」という言葉があるし、実際私も今そう思って様々な活動をしている。

しかし、諦めなければ次のものは来ない。

今持っているものが、本当に大切なものか?

自分にとってはではなく、人のために、社会のために、未来のために、地球のために・・・・

そこを究めた結果〝あきらめる”という選択をすることが必要だと思う。

その選択が間違っていると「あきらめる」のではなく「あきらめさせられる」という現象が発生する。

最後の選択だ。

なのでガンという病には他の病気ではあまり使わない「告知する」という行為がある。

その最後通告で「諦めきれるかか否か?」

そして、その原因を明らかにして極めたところに新しい道はできるのだと思う。

小説と同じでピリオドを打つことで、新しい文脈に入ることができるのだ。

そして今私の新しいあきらめの極みは、命は有限と諦めること。

がんになってそれまでの生き方を諦めて新しい未来が開けた。

そして、その未来もいつかは必ず終わる。

ならば、生きている今から命は有限だと諦めることで、あらなる新しい未来が広がると思った。

その未来とは「私が見ることができない未来であり、存在しない未来」

そんな未来を描けるようになってからは〝さらに楽しみが増した”

だって、それはすべて想像の世界で、私の思い通りなんだから(笑)

楽しくてしょうがない。

生きる覚悟と、死ぬ覚悟を同時にしたことで見えてきたことだ。

死があるからこそ、生がある。

こんなことを言っていて、どう死ぬかはわからないが、書いちゃったんだからあんまり変な死に方はできないですね。

といより、そうならないように生きることに意味があると思う。

私はガンになり術後は身体もボロボロ、体力もヘロヘロになってしまったことをきっかけに肉体改造をしようと思い立ち、筋トレやランニングを始めました。

 
週5.6日は朝5時に起きて、ストレッチをしてからウォームアップの筋トレ
 
そして7〜10kmのランニング

その後、メインの筋トレを7時30分頃まで
 

そして、19年後の現在、目が見えなくなりランニングはできなくなってしまったが、ストレッチ、縄跳び、そしてホームジムで筋トレと1時間ほどは身体を動かしている。






たぶん普通の人からみたらクレージーですよね(笑)
 
でもドMの私にとっては、この苦しい運動こそが楽しみなのです。
 
 
今日は私がガンになった後、若かりし頃にもどりこんなドMになった経緯と理由を書こうと思いますので、ちょっと付き合って下さいね(笑)
 
 
楽しいことと苦しいこと

どっちがいいか?と言われれば多くの人は楽しいことだと思う。

現に私もそうだ。

しかし、私は楽と苦どちらをとるかと言われれば私は苦を選ぶ。

その理由は苦が人間を成長させるから。

さらに言えば楽は人間の成長を止めてしまうと思うからだ。

私たち人間は常に苦から逃れるために生きている。

息をちめていると苦しいから呼吸をして、動かないと苦しいから行動する。

私はその実感を人口呼吸器を付けられて初めて得た。

苦しいから呼吸をしようとしても自発呼吸では酸素が足らない・・・・

ずっと寝ているのは苦痛だったので、動こうとしても首を固定させて横をむこともできない・・・

排泄を我慢するのが苦しいからトイレにいこうとしても動けない・・・・

結構長い時間大きい方は我慢したが・・・・・・・・(笑)

そして、これらの苦から解放されたとき、とても楽になった。

その反面、このままこの楽から一歩踏み出さなけれな自分の人生は終わると思ったのだ。

私は人工呼吸器が取れた翌日から自力で歩きトイレに行った。

5日目には胸腔ドレーンも取れたので、病棟内を1万歩歩きはじめ退院の日まで毎日続けた。

首、胸、腹の切り口は痛いし、息は上がるしと苦しかったが、このままだったら永遠に苦しい思いをするような気がした。

今の肉体の苦しさの向こう側に、未来の楽しさを見出したのだ。

今の楽をあのまま続けていたら、心はずっと苦しんでいたような気がする。

私はそんな経験から、楽とは苦がなくなることでしかなく、楽が苦を与えると思うようになった。

大切なのは苦の向こう側に楽しみを見つけること。

苦の向こうにしか楽しみはないということを知ることだと思う。

ここで間違えねいで欲しいのは、苦と苦しみは違うということ。

苦とは現象でしかないが、苦しみは自分が作り出すもの。

私の事例で言えば、苦は切り刻まれて動くと痛い体の状態で、苦しみはその状態を以前と比較したり痛みの恐怖や逃れたいと思う自分の心の状態だった。

私はこの苦という現象の向こう側に楽しい未来を見つけることで、苦しみが薄れていったのだ。

その結果として得たものは、楽ではなく楽しみだった。

薬という字は、楽になる草とかくが、薬によって得た楽に浸ることで、苦しみを得ることが多いような気がする。

私は術前抗がん剤を使ったが術後は断った。

あのまま安心を求めて使っていたら・・・・・・・・

だから、薬からも病院からも離れるという苦を選んだ。

その結果が今なのだ。

どっちが良かったのか?の答えはないが私は今楽しく生きているということだけは間違ってはいないような気がする。
 


 

人の思考には無意識の領域がある。

それを、潜在意識とか習慣という。

そして怖いことに、これら無意識の領域のなかに悪い出来事の原因がある場合が多い。

人はそれを”不運”というが、ほとんどの場合はそれは不運ではなく自分に原因があると思う。

不運とは運命では不成(あらず)

自分で招いたものなのだ。

しかし、多くの人はそれを不運と言って嘆くだけ。

その理由は無意識の領域だから気づかない

その方が自分は何も変わらなくていいから気づこうとしない。

すべて潜在意識のしわざだ。

すなわち求めて不幸になっている。

振り返ると私もそうだった。

鬱も癌も自分の潜在意識で呼び込んだのだ。

暴飲暴食、不規則な毎日、自分の心を無視した行動・・・

最初は違和感があったが繰り返すたびにそれが習慣化してきた。

その結果、本来の自分から離れて、自分を傷つけ、不運を得たのだ。

私は運良くそこに気づき、無意識の領域を意識するようにして、今まで真逆のことを繰り返した。

玄米菜食、規則正しい生活、自分の心に素直な行動・・・

その結果、新しい習慣を得た。

すると不思議なことに運気に乗ったのだ。

そんな経験を経て今思う。

不運の本当の意味は、運命が成り立っていないのだ。

私の場合はだから癌になった。

それに気づかなかったら多分、それ以上命を運ぶことができなかったと思う。

気づいたから今も命を運び続けている。

すなわち不運とは「今と同じことを繰り返すのを止めろ!」


「無意識の領域を意識しろ!」という運命のメッセージなのだ。

そして、今まで違うことを繰り返すことで新しい運命を得ることができる。

だから私は不運こそが幸運の女神だと思う。



つまりガンも私にとっては幸運の女神となったのだ‼️