日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争/産経新聞出版
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著者がアジア諸国の人々から当時を聞く。すると白人主義からの独立のために、日本軍はよく戦ってくれたと賞賛の言葉が多く聞かれた。アジア独立のために尽くしてくれたというのだ。





植民地支配にしても、白人国家は搾取の対象として教育を行わず奴隷として扱ったが、日本兵は日本人と同じ高度な教育を与え日本人の仲間として扱った。




 
当時の日本の教育は、今とは比べ物にならないほど高度であり心の教育にも力をいれたものだった。
 
 
だからアジア諸国には親日国が多い。台湾には日本統治時代が良かったと言う人がいる。しかし、これらは日本語を教えた残酷な行為のように我々は教えられている。



 
俺が学生の時の歴史教師も、日本があらゆる面で残酷だと言ってたが、世界を見回しても日本ほど良心的に統治した国がどこにあるというのだ。
 
今、世界の人に日本人と同じような教育を受けることが出来る仕組みを作りますと言ったらどうなるだろう。非人道的と言われるだろうか。
 
 







特攻隊は大戦果を上げていた。無駄死だったというのは日本人が二度と立上がらないようにするためについた嘘である。 特攻隊は多いに敵国を恐怖におとしいれた。






我々は生き残るために戦う。しかし、彼らは死にに来るのだ。白人達の価値観では計り知れない何かを日本人は持っていた。サムライスピリットとして敵国は多いに恐怖し、同時に尊敬もした。あまりにも勇敢すぎた。







仮に天皇を○し、本土決戦が行われるなら、この国の人達は国民総玉砕で突っ込んでくるに違いない。占領しようとする側に多大な被害がでる。特攻隊精神は、日本を間違いなく侵略から守った。しかし、特攻した人だけが特攻精神を持っていたのではない。





国民一人一人が、自国を守るためには命懸けで戦う民族だった。その形の一つが特攻だっただけで、他の日本兵も命懸けで戦っていた。



 
 
 
世界最強のグルカ部隊というのがいる。彼らは今でも存在する世界最強の部隊である。※一人で40人の武装集団を撃退。タリバン兵数十人を一人で相手にして退ける。http://dailynewsagency.com/2011/03/26/afghan-gurkha/


そんな彼らは日本兵と戦った時に互角の強さを発揮した。世界最強のグルカと日本兵は互角だった。

その時の話し

【日本軍の話】 日本軍悲しい話コピペ編 より
元グルカ兵(ネパール人)の証言




我々は世界最強の傭兵だ。第二次大戦で英軍の傭兵の時、マレー軍を3時間で撃破した。インド軍は1日で降参させた。


だが、日本の正規軍との戦いは過酷で一週間不眠不休で戦わされ、我々も半数以上が戦死した。



これだけの死闘は初めてで、勇敢な敵軍を尊敬したのはこの時だけだった。




玉砕した日本軍の所に行ってさらに驚いた。日本軍は貧弱な武器なうえ食料も、わずかな米しかなく、日本軍の死体はみんなやせ細っていた。




戦友が死んだ時には泣かなかったが、敵である死んだ日本人を見て皆泣いた。





特攻隊だけが優秀だったのではない。骨と皮になりながらも、彼らは日本のためを思い、世界中の人間が逃げ出すような強い敵の前でも、衰弱し、死が目の前に迫っても逃げ出さず戦っていた。






これを残酷と見るアホもいるだろう。しかし、その答えは今の日本にある。






この平和な日本は、彼らが命懸けで守ってくれた結果なのだ。仮に本に出るような残酷な人ばかりなら、国の治安は悪化し、経済は停滞する。






しかし、優しくも強かった大和魂を、復興の力に変え日本は発展していったのだ。






戦地でお花畑流無抵抗主義を貫き、国民が逃げ出し、無抵抗なら、国民は○され、土地も奪われ、今の我々はここにいない。チベット化している。








他国に統治される悲惨さは、現代の国でもいくらでも知る事ができる。気になる人はチベットを調べるべし。この勇敢な精神が間違いなく日本を救い、今の平和な日本を作った。






しかし、このように感謝されていることや、日本兵が勇敢だったことは絶対に教科書に書かれない。 日本がアメリカに理不尽に条件を突きつけられ、半ば強制的に自衛のための戦争に突入したなど間違っても書かれない。




マッカーサーも日本側が自衛のために戦争するしかない状態だったと言っている。それが一方的に侵略戦争に化けている。






日本が悪者になることで、他の白人国家の歴史の負の部分を隠すとともに、日本人が強く気高い存在だと知られると都合の悪い人たちによって、日本兵はとことん悪者にされる。







日本は侵略戦争をした悪い国だったという歴史観をあらため、真実を解き明かし、日本人としての自信と誇りを取り戻し、次世代に引き継がなくてはならない。




今の平和な日本があるのは間違いなくご先祖様のおかげなのだ。感謝こそすれ、日本国民自身が残酷だと言うことのおかしさに気づくべき。



抵抗せず、臆病風にふかれて逃げ出し差し出すことこそ、真の残酷的な状況をもたらし、この国の土地も命も、戦った以上の損害になるのは推して知るべし。
「危険が身に迫ったときに逃げ出してはいけない。かえって危険度が倍に膨らむ。決然として立ち向かえば、危険は半するであろう」 -チャーチル 





国民が全て逃げ腰の臆病者だったなら、間違いなく我々はいないのだ。




怖いと思う場面でも逃げ出さず、勇気を振り絞り、命懸けで日本のためを思い戦ってくれた気高き戦士達がご先祖様である。





他国の人が感謝しているのだ。日本人こそ、この勇敢なご先祖様にありがとうの気持ちを持つべきではないだろうか。




命を投げ出す覚悟で戦えたのは、白人にはわからなくても、我々日本人ならわかるはずだ。彼らはただ死ににいったのではない。







死という絶望が目の前にあっても、未来の世代へ希望を胸に秘めて散っていったのだ。





自分が死すとも日本は死なず。彼らは家族だけではなく、未来の世代の私達のことを思ってくれていた。




強盗が来た時に、家族を差し出す薄情者ではなく、まわりの家族も守るような気持ちで命懸けて戦ってくれていた真の戦士なのである。






今を生きる我々は、次の世代にも平和な日本を引き渡す義務がある。日本人は勇敢だった。感謝されていた。もっと誇りに思って良いのだ。それは汚名を着せられているご先祖様にとって最高の供養にもなる。



見えざる戦争を仕掛けられてる今、国を守る気持ちと戦う気持ちがなければ、日本は終わってしまう。




日本人が日本を好きで何が悪い。我が子を愛するように、日本の魅力に気づき、日本をもっと愛してほしい。日本は日本人が思っている以上に魅力がつまっている。





そして、まるで残酷なように扱われているご先祖様は、他国から感謝されるほどの精神を持ち、我々のためを思って戦ってくれた優秀な戦士であることをわかってほしい。




今の平和は間違いなく、ご先祖様のおかげなのだから。
 
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現存する国家の中で、世界最古の国家は日本です。 そもそも国家とは脆弱なものであり、世界史の年表を見ると建国から二百年以内に滅ぶ国が大半を占めている事が分かります。 



まして五百年以上続いた国は、世界史で数えるほどしかありません。 



時間軸が横の場合だと、絶え間なく繰り返される国家の興隆と滅亡の結果、世界史の年表は縦縞に見えます。どの地域も世界史は王朝交代の歴史でした。



しかし年表上、一国だけが横に一本の帯となっている。 まさしくそれが日本であり、日本は王朝交代の無いまったく稀有な存在なのです。



 歴史は全て過去と未来が繋がっています。今の日本があるのは、過去の先人たちの積み重ねなのです。吹けば飛ぶような小国が、幕末に見られるような海外からの脅威もはねのけ、大国からの脅威にも負けず、世界最古の国家になっている。




それだけでなく世界に類を見ないほど平和で、規律正しい国民性を誇る。まるで残酷なように扱われている先人達が、国を守り、人を守り、規律を守り、国を作っていった結果が今の日本です。





残酷に見えた強さは、国を守れる強さであり、横暴に思えた外交術は、他国に負けない交渉術だったのです。国を守るという概念で、本来日本以上の手本になる国はないのです。それを残酷で横暴なものと封印され、真逆のお花畑を植え付けられたのが今の日本人です。




小国の日本は、あらゆる面で強くなければ守れません。無抵抗お花畑主義がどれだけ危険で脆弱なものなのか。そして、過去の日本がどれだけ素晴らしいものだったのか、少しでもわかってもらえたでしょうか。



ご先祖様有難う。

 


本当の日本の歴史さんより
 

台湾には戦後もずっと一日も休むことなく

「君が代」が歌われているところがある。


 


それは台南の飛虎将軍廟である。

この廟に祀られているのは、大東亜戦争末期、昭和19年10月12日、

台南近郊の上空で米軍機に体当たり攻撃をして果てた零戦パイロット
杉浦茂峰ら三名の海軍航空隊兵士である。


 
 

空中戦を観戦していた農民たちは、畑に墜落した彼等の遺体を収容し、

護国の神として廟を建てたのである。

「君が代」と、そして「海ゆかば」が祝詞となった。

 

戦後中国国民党政府の役人や警察によって祭事の停止が強制され、

廟の取り壊しも命じられたが、

廟を守る堂守と現地の農民たちは一丸となって抵抗し、
今日まで伝えられているのである。

 

また、蒋介石政府は実現不可能な「大陸反攻」をスローガンとして揚げながら、台湾の伝統的な民間信仰を迷信と決めつけ、

浪費だからと言って地方の祭りを一時禁止したりなどした。

が、飛虎将軍廟はそれでも守られた。
 

 

黄文雄氏著 「捏造された日本史」より

 


 


本当の日本の歴史を伝える会
 

インドネシアの国立英雄墓地では、
インドネシア独立の為に戦った日本兵、
約1000名が祀られています。

本当の日本の歴史を伝える会

インドネシア独立記念日では、
日本の軍艦マーチを鳴らし、日本刀を持って行進します。


本当の日本の歴史を伝える会


インドのチャンドラ・ボース公園には、
インド独立義勇軍と共に、
インド独立のために尽くした日本軍人の像が建てられています。

本当の日本の歴史を伝える会


マレーシアの国定教科書には、
日本軍はマレーシア解放軍と記してあります。

 

ミャンマーの歴史教科書にも、
日本は解放軍であったと書かれています。

 

特攻について


 

ニミッツ元帥(太平洋艦隊司令長官)
この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。
故郷に帰ったら伝えてくれよ。
この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。
その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!

イギリス スリム中将(イギリス代14軍事司令官)
たたかれ、弱められ、疲れても
自身を脱出させる目的でなく本来の目的を以って、
かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、
史上にその例を殆ど見ないであろう。


ガザリー・シャフェー(マレーシア外務大臣)
日本はどんな悪いことをしたというのか。
大東亜戦争でマレー半島を南下したときの日本軍は凄かった。
わずか3ケ月ほどでシンガポールを陥落させ、
我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。
私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。
日本は敗れたが、英軍は再び取り返すことができずマレーシアは独立したのだ。
なぜ日本が謝るのでしょうか?
あの大戦でマレーシア人と同じ小さな体の日本人が、
大きな体のイギリス人を追い払ってくれたではないですか。
日本なくして東南アジアの独立はありませんでした。
この日本が払った尊い犠牲を否定することは、
バックミラーばかり見ているようなものです。

サンティアン・アムステルダム市長
本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人のほうです。
日本は敗戦したが、その東亜の開放は実現した。
その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。
日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。
自分をさげすむことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。

タナット・コーマン氏(タイ国王元副首相)
あの戦争によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれは、日本が勇戦してくれたお陰です。
新しい独立国が、多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です。


グラバイ・デサイ(インド弁護士会会長)
インドは程なく独立する。
その独立の契機を与えてくれたのは日本である。
インドの独立は日本のおかげで30年早まった。
この恩は忘れてはならない。
これはインドだけではない。
インドネシア、ベトナムをはじめ東亜民族はみな同じである。
インド国民はこれを心に深く刻み
日本の復興には惜しみない協力をしよう。

ビルマ バーモウ(元首相)
日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかしまた、日本ほど誤解を受けている国はない。



インド パール判事(極東国際軍事裁判判事・法学博士)
私の判決文を読めば、
欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。
それなのに、あなた方は自分らの子弟に、
「日本は犯罪を犯したのだ」
「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」
と教えている。
満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を
どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。
日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って卑屈、頽廃に流されていくのを、私は平然として見過ごすわけにはゆかない。

 


あるフランス人 
「日本人の自殺攻撃法が、考え方の上では太平洋戦争中に突然生じたものでなく、この国の過去にさかのぼって、以前から存在していた考えをここで実行に移したものであり、…戦時中の日本人はそれらの先例に考えを借り、論理的に、そして自然にその道へと歩んだ」 







あるアメリカ人 
「日本軍の上層部が敗北を十分に認識した上で大勢の若者を神風特攻隊に任命したのは、絶望的な大義のために命を捧げた若者たちの倫理規範が、以後何千、何万年と、人々の自己犠牲精神をかき立て続けるであろうと考えてのことだった。






彼らの最後の望みは、未来の日本人が特攻隊の精神を受け継いで、強い心を持ち、苦難に耐えてくれることだった。現代を生きる私たちは、神風特攻隊という存在をただ理解できないと拒絶するのではなく、人の心を強く引きつけ、尊ばれるような側面もあったのだということを、今こそ理解すべきではないだろうか。」 








米海軍大尉 
「我々の空母の飛行甲板を貫いたこの男は、私より立派だ。私には、とうていこのようなことはできない。」 





もと敵だった国の人から称賛されるなんて思いもよらないだろうが、 





「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と説いたキリストの教えと同じ価値官を見出して称賛の言葉を惜しまない人々がいるのである。










また当時の青年は、名誉を重んじ臆病を嫌った。あえて死を選ぶのは武士として当然であった。 






だが戦後の日本人は「若者達は上層部から命令されて仕方なく特攻した」という誤った見方をし彼らを憐れんだ。 




そりゃ誰だって死にたくはない。だが特攻は自殺とは根本的に違う。自分さえよければという人間に特攻はできない。自分の命を賭けてでも護らなければならない価値があったからこそできたのだ。 







実際のところ、現場サイドからの強い要求によって、上層部が条件付きで承認したのが真相である。 






元人間魚雷搭乗員の証言。 
「七人が一様に喜びました。我々は命を失わなければならないが、その代わりに千倍、何千倍の日本人が生き残る。日本民族をこの地上に残すためには我々が死ぬしかない。それができるなら命は惜しくないと、その瞬間に悟りました。(後略」 





「弾がほおをかすめた時に、自分の後ろに両親や故郷の祖父母がいることを実感した。ここで敵を食い止めなければいつかこの人達に弾が当たることになる。ならば自分がみんなを護るために喜んで楯になろうと思った」






いつの時代であれ、国難に直面した際には、祖国のためにいつでも死ねる覚悟と勇気を持った人間が現れてきたからこそ、日本は守られてきたのである。 
 
 
 
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マッカーサー大戦回顧録〈下〉ダグラス マッカーサー (著)http://goo.gl/Tzi2iS

GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーは、

アメリカ上院軍事合同委員会である証言を­­した。


日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。

日本は何も悪くありません。

日本は自衛戦争をしたのです。