とにかく観ていてスッキリしない映画だった。「人間と異形の恋愛もの」という前知識を持たずに観に行ったのが失敗だったと思う。ちなみに、感想を書こうとするとどうしてもいつもよりネタバレ多めにならざるを得ないので注意してほしい。
観ていてスッキリしないと感じた理由は色々あるのだが、中でも最大の原因は主人公の行動原理がまるで理解できないことだろう。
主人公のイライザは機密機関「航空宇宙研究センター」で働く清掃員。ある日センターに巨大な水槽が運び込まれ、その中に棲む半魚人のような異形を目にする。そしてイライザは驚きつつも、その異形にこっそり近付こうと試みる……というのが序盤の流れなのだが、この時点で彼(異形)について分かっていることと言えば「人間の指を噛みちぎるほど獰猛で危険な生物」ということぐらいしかない。単に得体が知れないということ以上に、通常の感性なら絶対に近付きたくない相手だろう。
ところがイライザはこの半魚人のような異形に心を奪われ、何度も接触を試みようとする。イライザは仕事熱心な研究チームの人間でなければ、何にでも首を突っ込む好奇心旺盛な子供でもない。にも拘わらずイライザは度々研究員たちの目を盗んでは、部屋に忍び込んでゆで卵を振る舞ったり手話を教えたりして意思疎通を図ろうとする。危機回避能力が著しく欠如しているのではないかと思うような迂闊さであり、この時点で頭の上にはいくつもの「?」マークが点灯する(ただの清掃員が最高機密を扱う部屋に自由に出入りできるのも変だし、こんな重要な場所に監視カメラ1つ設置されていないのも謎だ)。
どうも公式ページによるとイライザは一目見たときから半魚人に「異性」として心惹かれていたらしいのだが、それならまだイライザの行動も理解できなくはない。ただ、それならこの半魚人はもう少しかっこよく描くべきだったと思う。作中の半魚人はどう見てもモンスターの類であり、到底一目見て恋に落ちるような外見には見えない。もちろん、イライザはモンスターのような相手でも好きになってしまう深い懐の持ち主だったのだろうし、好きになったなら理屈そっちのけで会いに行きたくなるのも分かる。しかし観る側としては彼(異形)に対する恋愛感情など持ち合わせていないので「なんでこんな危険な生物に会いに行くんだ?」とイライザの行動とのギャップばかりが広がっていくのである。
そもそもストーリーの大筋だけでいえば、未知の生物との邂逅→徐々に親睦を深める→悪人から狙われる→助け出して信頼関係を築く、という王道の流れなのだが、モンスターとの出会いから親密になるまでの過程がはしょられすぎていて主人公に感情移入できない。
イライザが半魚人に近付いた理由として、作中では「彼の眼はありのままの私を見てくれていた」みたいなことが説明されるのだが、曖昧すぎて危険を冒す理由として納得できるかといえばノーである。心惹かれるに足るような描写もなく「どうしてこの生き物にそこまで肩入れできるんだ?」と序盤から頭を抱えてしまった。主人公の行動は全編に渡って理解しがたいものがあるが、自分の場合は特にこの最初の場面でつまづいた感はある。
あるいは、もう少し異形に近付くまでの過程をじっくり描いていれば違和感も薄れたかもしれない。しかし過程をすっ飛ばすほど駆け足な内容だったかと言えば全然そんなことはなく、むしろ「この場面必要?」と言いたくなるようなシーンがいくつもある。監督のこだわりとして入れたかったのかもしれないが、そのせいで序盤の印象は冗長だし、日本語版ではバラエティ番組のような雑なボカしを見る羽目になった。
導入から主人公の行動についていけず出鼻を挫かれた感があるが、それ以降も彼女の暴走は続いていく。
研究のため半魚人が解剖されるという話を聞いたイライザは、彼をこっそり研究所から連れ出そうと画策し、友人に助けを求めるのだが断られてしまう。このときイライザは手を貸そうとしない友人を激しく糾弾するのだが、人づてに聞いたことしかない謎の生物を犯罪に手を染めてまで強奪しようなどという計画、断るほうが普通だろう。しかも熱くなったイライザは友人に対し「助けなければ(お前も)人間じゃない」とまで言い放つ。
また別の場面では半魚人が匿われたアパートの部屋から逃げ出すシーンがあるのだが、このとき友人は半魚人に抵抗されて怪我を負い、飼い猫を食べられてしまう。一歩間違えば大惨事に繋がりかねない状況だが、イライザはそれについて半魚人を咎めることはなく、友人の怪我について責め立てることもしない。ただただ半魚人を発見して安堵するだけである。無関係な友人を平気で犯罪に加担させることと言い、イライザにとっては全ての優先事項が半魚人>>その他であり、彼のためならどれだけ他人を巻き込み傷付けても構わないという行動原理には空恐ろしさすら覚える。
機関から半魚人を連れ出したイライザは雨で増水して水門が開くまで彼を匿おうとするのだが、これもよく分からない。海に返すつもりがあるのなら最初から海に連れていけばいいはずである。大好きな彼と離れたくないのかと思いきや別れるつもりでカレンダーに予定日を書き込んだりしているし、どうにも行動がチグハグでよく分からない。すぐに別れるのが嫌で中途半端に手元に置いておきたかったのかもしれないが、その中途半端さのために事態は悪化し、さらに数人の人間が命を落としてしまう。半魚人の活躍描写でもあるのかと思いきや足を引っ張る一方で、どうしてこの半魚人にそこまで肩入れできるのかという疑問も一向に解消されず、シーンが進むごとに主人公と自分の思考のギャップが大きくなっていく。
他にも一度協力を断った友人が手を貸してくれる理由が「仕事も恋愛もうまくいかなかったから」(半魚人を助けたいと思ったからではない)だったり、半魚人を救出するために全く罪のない無関係な人物が命を落としたり(これはさすがにイライザが直接手を下したわけではないが、イライザの計画さえなければ避けられた犠牲)など、本来盛り上がるはずのシーンでもいちいちケチがつくせいでカタルシスが薄い。
ネガティブな意見が多くなったが、それでも水の表現の美しさなど美術面は素人目で見てもずば抜けたものがあるし、決して見所がないわけではない。ただ、自分は映画を観るときエンターテイメント性を重要視するのでこの辺があまり加点要素にならない。明るく楽しい話が好きという意味ではなく、引き込まれるような内容なら喜怒哀楽なんでもいい。早い話が「面白ければ何でもオッケー」であり、芸術性やテーマ性はその後でいい。そういう観点から言うと、この映画は序盤から主人公の行動原理が謎で作品に入り込めず、満足に楽しむことができなかった。
つまるところ、この映画は「人間と異形の恋愛もの」という前知識だけでも持ってから観に行くべき映画だったのだと思う。そういった最低限の前知識さえあればイライザの行動も「好きになったならしょうがない」とギャップを埋めつつ観ることができたかもしれない。一切の前情報を調べずに観に行ってしまったのが失敗だったわけだが、前情報をみないほうが楽しめる映画もあったりするので、その塩梅は難しい。