実はわたし、このブログでは敢えて「私」ではなく「わたし」表記にしていますニコニコキラキラ





それはなぜかというと、

「私」という字には、自分の力を無(ム)にするという意味が込められており、

戦後にGHQによって日本人を分離させる意図をもってあてがわれたもの、ということを聞いたことがあったからですアセアセ







こちらのページから、少し抜粋させていただきますキラキラ




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『私』という漢字は、稲を刈り取って自分のものにするという意味があります。

自分さえ良ければそれでいいという個人主義的な価値観が埋め込まれています。



この漢字は、第二次世界大戦後にGHQによって日本にあてがわれたもので、日本人を分離させて個人主義を強める意図があったと言われています。





一方、『和多志』という漢字は、多くの志を和(やわ)すという意味があります。


この言葉は、自分のことを「私」と呼ぶのではなく、「和多志」と呼ぶことで、自分の志や目標に向かって努力する人々と共感し、協力し合うという気持ちを表現するものです。




この漢字は、戦前に使われていたもので、全体の中の一部であるという意識を表しています。 



和多志は、自分は全ての存在の共有物であり、全体があっての個があるという考え方を持っています。





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こちらにもあったように、戦前は、「和多志」という文字が使われており、

「多くの志を和(やわ)す」という意味があるそうなのですハート




「やわす」とは、「やわらげる、平和にさせる、帰納させる」という意味ですラブラブ







実はこれ以外にも、「和」という字には様々な読み方があります電球気づき




こちらの説明では「やわす」と書いてありますが、

わたしが個人的に感じるのは、「和(あ)える」がピッタリくるのではないか、ということですOK






最近、料理研究家の土井善晴さんの印象的な言葉を見つけました。




それは、和食では、「混ぜる」のではなく「和(あ)える」を重視するということですキラキラ





「混ぜる」というのは、全てを均一にすることです。


しかし「和える」は、違うものを違うままに調和させていくことなのだそうです。





この話を聞いた時、

「和多志」という文字は、まさにわたしたちが目指す意識を現しているのではないかと感じたのです。







少し前のブログで、わたしはこのようなことを書いていました。



少し、引用させていただきます照れ




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わたしたちはスピリチュアル的に見ると、もともとひとつのものが分かれて生まれた、と言われていますよねニコニコ




なのでそもそも、本来わたしたちは、

自分一人だけでは自分を生きられない、本当の意味では輝けない存在なのです上差し





それは、わたしたち人間の身体をそれぞれの部分で分けてしまったとしたらどうなるか…というのを想像するとわかりやすいかもしれませんキョロキョロ




「目」は見ることができるけれど、足がなければ見たいものを見に行くことはできません。


「足」は歩けるけれど、口がなければ歩くためのパワーを補給することができません。


「口」は食べられるけれど、胃や腸がなければ栄養を消化吸収することはできません。



…このようにわたしたちの身体も、それぞれの部分だけが存在していても、その役割を十分に発揮することはできないのですアセアセ




それぞれの部分が全て合わさり統合されることで、ようやく全体の中で本来の役割が発揮されますキラキラ


そして、わたしたちが身体を維持し、生きていくための完全なシステムが働くのですニコニコ





つまりわたしたちは、

一人ひとりが、より大きなコミュニティの「目」であり、「足」であり、「口」であるとも言えるのです目スニーカーくちびる




「目」が、わたしの身体の一部であるように、

「足」が、わたしの身体の一部であるように、

「わたし自身」も、より大きな生命の一部である、と捉えられるのですキラキラ





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そしてわたしはこちらの記事で、

自我をもつこの「わたし」ではなく、きっとこの「より大きな生命」である「わたし」を輝かせたいのだ、とも書いていましたキラキラ





「和多志」=「多くの人の志を和える」とは、

それぞれの人が、それぞれのやりたいことをやり、それらの個性がしっかりと調和していくさまを現しているのではないでしょうかキラキラ






そしてそのような状態になれば、わたしたちの意識は、自我を持った「わたし」ではなく、

より大きな生命である「和多志」となっていきます。




まさにこの字は、

一人ひとりが個性を輝かせながら調和し、それによってさらに大きな存在(生命体)となっているさまを現しているように思えるのです。






これについて考えていると、

わたしたちの人智を超えた、宇宙の大きな循環、流れのようなものが感じられるような氣がしてきます照れ





この感覚はきっと、わたしたちが自我を超えていくということです。


より大きな愛へと目覚めていく、ということですハート






「私」から「わたし」、そして「和多志」へ。






まだまだわたしも自我に揺らされることもありますが、

それすらも自分の力にして、自分の中にある愛しいものとして、見つめていきたい照れ




そして、少しずつ「和多志」の意識へと変化していきたいと感じている、今日この頃です。




今日もありがとうございましたおねがい流れ星




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あなたは、「やりたいのに、できない…」と感じたことはありませんか?アセアセ


やりたいのにできないのはなぜなのか、そして、そこから抜け出すにはどうすればいいのかについて説明しています照れ




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