グルーはこう続けます。
滞日十年 上 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

¥1,575
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“日本人の心理過程と結論に到達する方法は、われわれのとは根本的にちがっている。
これは彼らと交われば交わるほど痛感することだが、ここに東と西の大きな裂け目の一つがある。
西洋人は日本人が西洋風の衣服や言語や風習を採用したから、彼らは西洋式に物事を考えるに違いないと信じているが、これ以上の大きな誤りはあり得ない。これが西と東の間の条約上の公約が常に解釈を誤まられ、論争を引起こすことになる理由の一つである。
かかる義務に署名する時の日本人は必ずしも不真面目なのではない。このような義務が、日本人が自分の利益にそむくと認めることになると、彼は自分に都合のいいようにそれを解釈し、彼の見解と心理状態からすれば、彼は全く正直にこんな解釈をするにとどまる。
これが事実上、今日の日華事変の情勢なのである。解決が不可能でないにしても困難なのは当然である。”
ひとたび、契約し、そのルールに則ってやることを約束した以上はそこに義務が発生します。その義務はたとえ契約者に損害を後にもたらすことになったとしても契約した以上は有効なはずです。
しかし、日本を含む「東洋」には「契約」そして「義務」の観念が低く、状況が変化して自らに損害が発生する可能性が生じたら契約を無視し、義務を果たすことを拒否しても良いという甘えがあるように思われているわけです。
で、そうしたタイプの人間は、自らの欲望を優先して義務を放棄することに何らの罪悪感も持たず、そこで他者を騙したという意識も無しにそうした契約破りを平然と繰り返すのですね。

“私の秘書、J・G・パーソンズは書いている。
・・・昨晩来栖氏と私はフォレイン・アフェアズの最新号のページをめくっていたが、スティムソン氏の論文に言及して、私は同氏が真率な理想主義者であるということをいってみた。
来栖氏はこれに答えて、「何も面倒なことがない時、理想主義者になるのは訳もないことだ」といった。私にとって、これは侵略的行動を推進した影響力を持つ日本人の多数が抱く、本質的に防禦的な心理の完全な見本と思われる。
去年の夏われわれが大いに耳にした「自衛」なるものを信じることは、教育のある日本人としては、如何に想像力を働かしても出来ることではないと思う。
私はこれを確信する。
この日本が「面倒な目にあっている」という考えが消失しない限り、陸軍の「拡張主義」――これは幾分正しくない言葉だが――の運動を中止させることは出来ない。
軍部がアジア制覇を夢みていることは否定出来ぬ事実だが、その根本はソ連を恐れ、日本の安全を危惧する、防禦的な態度にあることを感じる。
かるが故に、これは「征服か滅亡か」なのである。”

来栖三郎は1886年に横浜に生まれます。1910年から外交官となり、対米外交の専門家として最後の最後まで米国との戦争を回避しようと活動していました。
彼が後に描く国際連盟脱退の様子はこんな感じです。
泡沫の三十五年―日米交渉秘史 (中公文庫BIBLIO)/中央公論新社

¥900
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“それにつけてもいまさらながら想起されることは、わが国の国際連盟脱退直後、この歴史的国際会議に全権として出席した松岡洋右氏が、帰朝匆々自分に語った言葉の一節である。
この連盟脱退の行なわれた当時、自分は日本にいたのであるが、松岡全権は帰朝後間もなく自分を外務省通商局長室に来訪してだいたい次のように語った。
自分は大命を受けて出発する当時から、陛下が自分にご期待になっているところが断じて連盟脱退ではないことを十分知っていた。したがって自分としては会議の内外においてあらゆる努力を傾倒してこの破局を避けようと試みたのである。
しかるに力及ばずしてついにこの聖旨に副い奉ることができなかったのであるから、自分はこの際責を負うて故山に引退する。
今国民の一部がこの重責を果たしえなかった敗残の自分を、あたかも凱旋将軍のごとくに迎えるのは、自分の理解に苦しむところであるというのである。”

来栖がグルーの秘書と交わした時にぽつりと漏らした“「何も面倒なことがない時、理想主義者になるのは訳もないことだ」”という言葉には外交官としての無力感を、日本人としては強く感じませんか?
必死で日本の孤立を食い止めようとしている外交官たちは「世論」によって追い詰められていきます。
この「世論」を支えるのが、“日本が「面倒な目にあっている」”という思考。
自分達が面倒を起しているとは決して考えないんですね。「俺は何も悪くないのに周りの連中が俺のことを悪く言いやがる。悪く言うということは周りの連中は俺のことを攻撃してくるに決まっている」。・・・そういう「お前が面倒くさいんだよ」と言いたくなる心理的防衛反応を見たことはありませんか?
そして、その帰結として、「やられるくらいなら先にやってやる!」。
結局は、自分が契約に基づく義務を果たす意志が無いから、他人も契約を守らないと考え、その不信が先に契約を無視する行動をとらせ、さらに孤立を深めていき、不信だけを募らせていく。
昭和の動乱〈上〉 (中公文庫BIBLIO20世紀)/中央公論新社

¥940
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“特に詔勅が発せられて我が国歩の艱難なることを指摘し、文武各々その職域を恪遵して、侵す所なきことを諭され、且つ満洲事変の収拾を計るため、連盟脱退後に対処すべき内外政策の基調が宣布されたのである。
その目的とするところは、我が国際関係の容易ならざるを指摘して、軍部に反省を促し、満洲事変収拾に向って、全国民の努力を集中せんことを期したものであった。
この自負心に富む孤立政策に成功するためには、国民の絶大なる正義感と為政者の用意周到なる経綸を必要としたことは云うまでもない。これが即ち、連盟脱退に際し詔勅の発出を見るに至った所以である。
然るに、統制なき傲れる軍部の態度は、少しもこの詔勅の趣旨に合するもののなかったのみならず、国民的忍耐と訓練とは二つながらこれを欠き、また自信に富む政府の指導も経綸もともに存在しなかった。”
傲慢なだけで統制のない軍部、忍耐と正義感の欠如した国民、自信に欠け統治能力もない政府。
独立自尊の栄光ある孤立とは程遠い、単なる現実逃避を繰り返した結果が国連脱退だったのでしょうね。
Tragic Kingdom/No Doubt

¥690
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リンクしてあるのは、No Doubtの「Spiderwebs」。
滞日十年 上 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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“日本人の心理過程と結論に到達する方法は、われわれのとは根本的にちがっている。
これは彼らと交われば交わるほど痛感することだが、ここに東と西の大きな裂け目の一つがある。
西洋人は日本人が西洋風の衣服や言語や風習を採用したから、彼らは西洋式に物事を考えるに違いないと信じているが、これ以上の大きな誤りはあり得ない。これが西と東の間の条約上の公約が常に解釈を誤まられ、論争を引起こすことになる理由の一つである。
かかる義務に署名する時の日本人は必ずしも不真面目なのではない。このような義務が、日本人が自分の利益にそむくと認めることになると、彼は自分に都合のいいようにそれを解釈し、彼の見解と心理状態からすれば、彼は全く正直にこんな解釈をするにとどまる。
これが事実上、今日の日華事変の情勢なのである。解決が不可能でないにしても困難なのは当然である。”
ひとたび、契約し、そのルールに則ってやることを約束した以上はそこに義務が発生します。その義務はたとえ契約者に損害を後にもたらすことになったとしても契約した以上は有効なはずです。
しかし、日本を含む「東洋」には「契約」そして「義務」の観念が低く、状況が変化して自らに損害が発生する可能性が生じたら契約を無視し、義務を果たすことを拒否しても良いという甘えがあるように思われているわけです。
で、そうしたタイプの人間は、自らの欲望を優先して義務を放棄することに何らの罪悪感も持たず、そこで他者を騙したという意識も無しにそうした契約破りを平然と繰り返すのですね。

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・・・昨晩来栖氏と私はフォレイン・アフェアズの最新号のページをめくっていたが、スティムソン氏の論文に言及して、私は同氏が真率な理想主義者であるということをいってみた。
来栖氏はこれに答えて、「何も面倒なことがない時、理想主義者になるのは訳もないことだ」といった。私にとって、これは侵略的行動を推進した影響力を持つ日本人の多数が抱く、本質的に防禦的な心理の完全な見本と思われる。
去年の夏われわれが大いに耳にした「自衛」なるものを信じることは、教育のある日本人としては、如何に想像力を働かしても出来ることではないと思う。
私はこれを確信する。
この日本が「面倒な目にあっている」という考えが消失しない限り、陸軍の「拡張主義」――これは幾分正しくない言葉だが――の運動を中止させることは出来ない。
軍部がアジア制覇を夢みていることは否定出来ぬ事実だが、その根本はソ連を恐れ、日本の安全を危惧する、防禦的な態度にあることを感じる。
かるが故に、これは「征服か滅亡か」なのである。”

来栖三郎は1886年に横浜に生まれます。1910年から外交官となり、対米外交の専門家として最後の最後まで米国との戦争を回避しようと活動していました。
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