調子のいい時は有頂天になるものです。

いつまでもこの状態は続くもの——ついついそんな幻想に取り憑かれてしまいます。

 

私は、業界の中で地域ナンバー1になるぞと、鼻息を荒げ、起業後2年間は黒字を続け、有頂天になっていました。

背後にバブルの影がチラついているのに、これはいけるぞ!と、根拠のない自信にみなぎっていました。

当時を知る人は、少なからず、そう思っていたのではないでしょうか。

世の中はバブル経済華やかなりし頃、このまま日本の経済成長は止まらないと・・・。

 

私は。事業拡大するために、社員を倍増させようと、事務所をもう1フロア借りました。

念願かなって銀行から多額の融資も受けました。

 

当時を振り返ると、入るお金と出ていくお金にタイムラグがあるとか、人件費が経費の中で一番比重が高いとか、分かってはいても、何とかなるさ!という安易な感覚で、明らかに危うい経営をしていました。まさに、どんぶり勘定でした。

 

経営者として守らなければいけないセオリーを身につけずに起業したツケは突然やってきました。

バブル経済の崩壊です。

当社の業績は急激に悪化し、2年の間に、1人を残して、全員去っていきました。

残ったのは、がらんとした事務所二つと、借金でした。

売上が3分の1まで落ち込み、2期連続の赤字を計上してしまいました。

一度は会社を畳み、ゼロからサラリーマンとしてやり直そうとも考えました。

 

●最悪の時は最高を目指そう。

 

私はしばらく、情けない自分を嘆き、去っていった人たちを恨んだりしました。

それでは何も解決しないとわかっていながら、なかなか前に進むことができなかったのです。悲劇のヒーロー病に陥っていたのかもしれません。

これでは逆効果です。

 

私は思い余って、親に相談を持ち掛けていました。

そして、親に「サラリーマンに戻れ」と言われた時、

カツーン!・・・という音が聞こえたような気がしました。

 

(これは底を打つ音だ)

 

私は開き直りました。

親との約束で、6か月の期限付きで経営を続けることにしました。

自分以外にこの苦境を抜け出せる人間はいない——当たり前のことですが、そのことに初めて気づいたのです。

開き直ると言っても、決して自暴自棄になることではありません。

今が最悪、上を目指して昇っていく構えが「開き直り」だと思いました。

 

(体ひとつあれば大丈夫。中途半端な気持ちで会社を潰すことだけは止めよう。最悪の時だからこそ、最高を目指そう)

 

●最良の時は最悪に備えよう。

 

24時間体制で仕事をし、必要最低限以外のものにはお金は投じず・・・おかげさまで、半年後に単月黒字を計上し、業績が戻ってきてからは普通の生活に戻し、5年で借金を完済することができました。

業績向上に伴い、新しいメンバーも増やすことができました。

緩やかに日本経済が成長を取り戻していった時、低迷していた求人広告の業界は、成長業界に変貌していました。

 

でも、ムリしてまで業界ナンバー1を目指そうとは、もはや思いませんでした。

1社1社の顧客に満足を提供していけば会社は長く続く——そう思うようになりました。

会社を潰さないことが会社を成長させる原点であることを、身をもって知ったからです。

量から質への転換期でした。

私は、どうやら「成長」の意味を取り違えていたようです。

 

そして、こう肝に銘じました。

 

(最良の時は、最悪に備えよう)

 

リーマンショックにより、再度業績が落ち込みましたが、会社を維持できたのは、この思いがあったからです。

 

会社経営の場合、私ひとりの人生の枠内では済みません。

家族・社員、仕入先・取引先、金融機関などの利害関係者を巻き込んでしまいます。

良くも悪くも、その人たちの行く末を握ります。

 

30年経営できる秘訣は、最悪と最良の中間に自分を立たせ、経営のかじ取りができるかどうかです。

バブルショックの経験は大きな学びでしたが、立ち直ることができたから学びに変わっただけです。

 

あなたには、この会社を潰さない「最悪と最良の法則」のセオリーを、起業前に身につけておくことをお奨めします。