こちらは二人目のジャイアン 新アルバム「Keep On Music」から【追憶の体温】の世界観の中で別視点から書かれた超短編小説です。

ぜひMVをご覧になってからお読みください。

 

YOUTUBEに飛ぶ →→→  MV 追憶の体温

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

あるライブハウススタッフの日常

 

ライブハウスのバイトを始めて半年。決して時給が良いとは言えないけれど、まあ楽しい。やっぱりライブは好きだし、働いている先輩もわりと親切だ。

 

自分がバンドをやってる事もあって選んだバイトだけど、それなりに気に入っている。それなりに、っていうのはやっぱりしんどい事もあるから。おっかない出演者の時は最悪だ。ついてきたスタッフが感じ悪いなんて事もある。あと、ちょっと違うんだけどジャンルが自分にとって縁遠いなんてときは、本当はそんな事言っちゃいけないが、厳しい。

まあライブハウスなんて閉じられた空間の割りにいろんな人が集まってくるんだよって話だ。だから楽しいのかもしれない。

 

 

・・・その中でも変わり種っていうのは印象に残る。

 

 

バイトのシフトは基本的に月ごとに決められるんだけど、意外と融通が利く。融通が利くって事は誰かがサポートしてくれている訳で、当然持ちつ持たれつだから自分も気を利かす。店長からメッセージが入ったのも、そういう事を求められていると最初は思った。

 

― おつかれ。明後日なんだけどさシフト入ってたよね? -

 

― はい。なんかありました? -

 

― 昼じゃなくて午前中から入ってもらえる? -

 

珍しいな。すぐそう思った。アイドルの昼イベントやテレビの収録なんかがある時は確かに早くの出勤になることはある。

(・・・明後日?何があったかな?)

 

軽く記憶を探りながらメッセージを返す。

 

― 大丈夫すよ。昼イベとかありました? -

 

文章を打って送信した瞬間に思い出した。結構早い段階に抑えられてたイベント。そう、まさに変わり種を。

 

電話を受けたのも自分だった。このバイトを始めたばかりだったから印象に残っている。とても暗い、聞き取りづらい声で。半年後。つまり明後日の3月○○に箱(※ライブハウスの事)をレンタルさせてほしい旨、そしてそこで

 

独り舞台をやるという事。

 

そう伝えられた。

詳しい事はそこから店長にバトンタッチしてしまったのでわからないが、彼の願いは叶えられた。この半年特に告知もする訳でもなくスケジュールには

 

ホールレンタル

 

と記されてきたわけだ。よくわからないのだが、その独り舞台を行う方は集客などにはまるで頓着してないようだった。思い返していると軽快な音が鳴ってメッセージが届く。

 

― 完全にゲネやりたいんだって(※通しリハ)。 -

 

げ、面倒。マイクとかどうすんのかな。セット図とか来てたかな。というか客来るのかよ。様々な想いが頭をよぎったけれど、全力でOKを振っているお気に入りのキャラクターのスタンプを返してそれに関しては考えるのはやめた。

 

 

 

 

 

「おはざーす」

 

「おいっす」

 

「早いっすね」

 

「早いな」

 

「眠くないっすか?」

 

「半分は寝てる」

 

恐ろしい位実のない会話をしている先輩は意外と気が合う。彼もバンドマンだ。というか今日出てきているスタッフは皆バンドマンだ。

 

「今日女子いないんすね。」

 

「そんなこともある。」

 

舞台が俺たち二人。もぎり(受付)とバーカウンターが二人。PA(音響)照明で二人。そして店長。見事に男ばかりだ。全員バンドマン。普段は半分くらい女子がいる。そして舞台担当が二人体制なことは珍しい。

 

「なかなかですね。」

 

「未来に溢れているだろう?」

 

栄えあるバンドマンの未来に想いを馳せながらドラムやアンプなどをばらし、先輩が先にやっていた仕事を手伝っていく。今日は使わないらしい。

 

「セット図とか来てたんすか?」

 

「マネージャーさんから届いてたらしいよ。今日は演者さん一人でいくのでよろしくです、みたいな。なんかそれで舞台が二人になったらしい。」

 

先輩がそんな事言いながらセット図をヒラヒラと見せてくれる。受け取ると手書きをFAXしてきたようなA4サイズのオーダー票がある。

 

「机に食器・・・。マフラー、靴下?マグカップとかありますよ。これ完全に舞台っぽいっすね」

 

「なんか靴下とマフラーは当日持ち込みますって書いてあるけどますますよくわからんな。なんでうち(ライブハウス)でやるんだろ」

 

俺たちが片づけている間に照明もシュート(照明合わせ)や音響のマイクチェックなど準備は進んでいた。

 

そんな時だ。単純に驚いた。

 

 

演者さんがもう来ていた。というか楽屋から出てきた。

 

うちの箱は位置的に入口、フロア、ステージとなっている。そしてステージの裏手にある楽屋に入るには、フロアを通るしかないのだ。フロアを通りステージの左手を抜ける。裏口のない我が店においてスタッフだれにも見つからず楽屋に入るのは至難の業だ。見かけられたのなら必ず挨拶されるから。楽屋に入ってさえしまえば、扉一つでステージには上がれるのだが。楽屋までは息をひそめてきたのか。俺がそんな想いを抱いた事など関係なく(当たり前だが)、その演者さんは出てくると、一輪の花をステージの端に置いた。そしてステージを中央へ振り返った。

 

(なんだか幽霊みたいだ。)

 

俺がそんな風に演者さんを観察していた瞬間に先輩は話しかけていた。

 

「お疲れ様です。よろしくお願いします!机とかどうしますか?」

 

高いマウンテンハットを被って黒縁メガネ。カーキのトレンチを羽織り、赤のマフラーをまいた姿はなんていうのだろう、お洒落なのだが、少し奇妙だ。何だろう、違和感というのだろうか。

 

 

「はい・・・。オーダー票に書いてある通りに・・・」

 

それだけ言うともう用はないとばかりに目を反らし、俺たちに一礼した。気難しい、神経質そうな印象を受けた。電話で箱に予約を入れた時の声と同じとも、全く違うような気もする。あの時はとても聞きづらい暗い声だとしか思わなったが今は良い声だと感じる。

 

そして、違和感の正体にも気付く。着ている服がポップなんだ。勝手な先入観だが。感じた性格と服装にギャップがある。服に着られている感がある。

 

「おい、行くぞ」

 

先輩に促されフロアから椅子や机。先に送られてきていた食器やマグカップをステージに配置していく。彼は靴下をまるで今脱いだかのようにステージに置いていた。そしてマフラーもはずし、置く。今度はそっと置いていた。

 

そうして彼は楽屋へと戻った。

 

オーダー通りに並べ終えたステージを確認してみる。上手(客席から見て右側)の前後に靴下とマフラー。下手の前後に椅子にマグカップ。机に食器。

一応ばみり(位置などがわかるようにしておくテープ)を貼ってフロアに降りる。

 

 

彼が楽屋に戻り、少し手持ち無沙汰になった。照明やPAはなにかまたチェックをしているようだ。一応声を掛けてみる。

 

「なんかやる事ありますか?」

 

二人から特にない、とジェスチャーで反応をもらったからちょっと休憩だ。空いた時間でせっかくだからあの気難しい人を調べてみよう。スマホを出す。

 

名前は根谷真一。当たり前なんだろうけど、職業は俳優。おお、結構ドラマとか出てる。全然知らないなあ。テレビとか見ないからなあ。CMも出てるな。舞台も結構やってるのかな?

 

・・・結構前に舞台は辞めてるなあ。最近のは書いてないのかな?

 

「今日座りだってよ。」

 

顔を上げるとうちのバイトでも一番長い先輩がいた。スカが大好きな年下の先輩(と呼ぶのは少し癪だが)のやつはもう椅子を運び始めていた。

 

スマホをしまって自分も動こうとしたら根谷さんが楽屋から出てきたのが見える。黒のシャツに黒のパンツ。そして黒のブーツ。

 

(衣装かな。リハで?)

舞台では照明の当たり具合を確かめるためにメイクも衣装もしっかりしてからリハをする、なんて話も聞いた事もあるが。個人的には根谷さんらしいと思い、そしてさっき知ったばかりの人に根谷さんらしいもないな、と考えると口角が自然に上がる。

 

彼はゆっくりとステージの中央にくると、全体を確認するように見渡した。そして先ほど置いた花を拾い上げる。

 

メモのようなものがこぼれる。

 

彼は拾い上げる。

 

とても大事そうに見つめている。メッセージカードかな。

 

「早く並べろって」

 

やべえ、完全にさぼっていた。慌てて椅子を並べる。根谷さんはステージから降りてくと最前列の真ん中の椅子に花をおいた。よくわからないけど、多分赤いバラ。

 

予約席かな。後で聞いておかないと。

 

椅子を並べるついでにのぞき込むとメッセージカードが見える。

 

― いつもありがとう。これからもよろしく。 -

 

そして真を○で囲んだサイン。手書きだ。奥さんにかな。奥さんも女優とかだったらあがるな。あとでまた調べてみようかな。

 

「リハ始まるってよ」

 

先輩から声をかけられる。

 

「俺ら何すればいいっすかね。」

 

「とりあえず見てようぜ。必要な事あったら声かけるってさ。」

 

どうやらライブハウスで舞台をするのも初めてで根谷さんも勝手はわからないようだ。とりあえず邪魔にならないように、先輩と俺は袖とフロアの奥の様にはける。

 

 

 

 

ステージの真ん中に立つ根谷さんは花を見ていた。結構な長い時間。そして口を開く。

 

「ごめんごめん、すぐ片付けるよ。」

 

良く通る声だ。一応集音マイク立てているようだが、生の声でも十分うちの箱くらいでは響く。

 

彼はそう言って靴下を拾いにいく。

 

「どうしても脱ぎ捨てちゃうんだよなあ。え?わかってるよ。マフラーも拾うって。ちゃんと大事にしてるよ。元々君のなんだから。」

 

そういって今度はマフラーの場所へ移動する

 

腰をかがめ手を伸ばし、拾い上げ、そして何かを思い出すかのように静止した。

ゆっくりと姿勢をもとに戻すと、またフロアの最前列の椅子の上にある花を見る。

 

(いや、違うな。)

 

視線が少しだけ高い。花が置かれた椅子を見てるようだ。

 

視線をフロアの方からマフラーへと戻すとゆっくりと顔をうずめ、

 

「いつでも返すって。」

 

そう言いながらマフラーをまいた。返すつもりないじゃん。心の中で突っ込む。

 

「食器は流し台においておけばいいよね。いや、今日はたまたまだよ。洗い物はしとくからさ!得意気になんていってないよ。いつも感謝してるよ。とにかく後でやるから置いておいて。」

 

部屋なんだな。そして奥さん、かな?奥さんに怒られてるんだな。わかるわー。片づけられないよな。

 

下手の椅子の所に移動してマフラーを椅子に掛ける。

 

マグカップを持ち上げて空中を見つめる。

 

じっと見つめて、

 

「ありがとう。」

 

彼はそう言った。珈琲いれてもらったのかな。

 

 

どうやらストーリーというかお話的には根谷さん、というか根谷さんが演じている役である彼とその奥さんの話のようだ。日常の一コマ一コマを再現している。ちょっと変わってるのはBGMが一つのバンドという事。

 

「二人目のジャイアン」

うちにも時々出演するバンドだ。正直こういう日常系の舞台には音はあってない気がする。何か繋がりがあるのか。

 

とくに何か自分がすることもなさそうだし、本番でも見るのだからそんなに真剣に今見る必要はないな。ちょうどステージから俺は見えないからちょっとSNSでも覗いてみるか。確か好きなバンドの新譜も近かった筈だ。

 

そうやってポケットのスマホに手を伸ばし、目線をずらした。

 

視界の隅に白いものが通った気がした。慌ててフロアを見る。誰もいない。ステージでは根谷さんが(おそらく)奥さんとデートしていた。

 

「俺にはこんなの似合わないって。わかったよ。着てみるよ。」

 

「これなんていうの?マウンテンハット?でかくない?」

 

そんな事言いながら試着している。勿論演技でだ。ただ、俺は今日根谷さんが箱に入った時に来ていた服装を思い返していた。

 

(これ、根谷さん本人の話なのかな。)

 

舞台は進む。平凡な、幸せな、そしてどこか寂しい舞台。

 

特別な事をしている訳じゃないのに、根谷さんの演技なのか。もちろん演技なんてわかる訳じゃないけど、それでも要所要所引き込まれてしまう。

 

あっという間に1時間以上経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

リハを終えた根谷さんは私服に着替え直すと

 

 

「本番前にまだ戻ってきます…」

 

と舞台の上とは全く違う覇気のない声で箱から出て行った。

 

 

フロアに戻ると椅子の上の花がない。

 

予約席でなかったのか?ちょっと不安になったので楽屋にむかう。一人だけだからか荷物は殆どない。見渡す。花は見当たらない。

 

スタッフの皆にも聞くけれど誰も動かしてはいない。根谷さんの連絡先は誰も知らない。仕方ない、まだ遠くまでは行ってないはずだ。

 

階段を駆け上がる。多分駅の方だろうと振り向くと根谷さんはぼーっと立っていた。

 

(なにしてるんだ?)

 

そう思ったが、居てくれたことは好都合。

 

「根谷さん!」

 

名前を読んで走り寄る。根谷さんもゆっくりと振り返る。

 

「すいません、花なんですけど根谷さん持っていかれました?誰も見てないうちに無くなってしまっていて。もし必要でしたら近くに花屋もあるのですが」

 

そこまで一気に話したら根谷さんが少しだけ目を見開いているのが分かった。

 

「いえ・・・。それで、そのままで大丈夫です。予約席だということがわかる様にだけしてください。」

 

「わかりました。」

 

「まだ、なにかありますか?」

 

 聞きたい事があって思わずじっと見てしまった。反応したように眼鏡の奥の茶色瞳が俺をのぞき込む。

 

 「いいえ大丈夫です。よろしくお願いします!」

 

俺がそういうと根谷さんはゆっくりと大通りへと歩いて行った。少しだけ、それを見つめて俺も箱へと戻った。聞きたい事、確かめたい事それは一つだ。

 

― この舞台はアナタ本人に起こったことですか? -

 

でもその言葉は飲み込んだ。失礼だと思ったし、何というのだろう、聞きたくなかった、という表現が一番近かった。彼の今日の舞台は、きっと儀式みたいなもんだ。それを乱したくはなかった。

 

よし、と声に出して階段を降りる。花はどうなったんだろう。あり得ないんだけど持っていってくれたなら、見ていてくれたのなら、良いな。根谷さんの舞台の最後のセリフをを思い出しながらそう思った。根谷さんにはきっとバンドが見えていたんだ。多分奥さんと一緒に。

 

 

 

「君の荷物を整理する日が来るなんて思ってもみなかった。

こんな音楽が好きだったんだね。CD見つけたよ。

ライブに誘われたこともあったね。

チケットの半券が残っていたよ。一緒に来ることができなかった。

だから約束を果たしに来た。やっとここに来れた。

 

 

またコーヒーをいれてくれないか?

あと服を一人で選ぶとどうしても黒になってしまうんだ。

 

追憶の中にしか体温を感じれないのは・・・嫌だから。

 

花を買ってきたんだ。受け取ってくれるかい?

いつもありがとう、これからもよろしく」

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

元々はこの夫婦の話を書いていたのだけど、なんだか撮影中にあのスタッフの視点面白いなあと思い、急きょ主役が変わりました。

 

うちのドラマー、Yocoさんです。なんか撮影の際、すげえ良いキャラだったのでこんな感じになりました。撮影中はずっとコンセントの数を数えるとか全然仕事してくれなかったんだけど、話の中では凄い敏腕です。現実のYocoは敏腕です。このスタッフさんはずーっとコンセント数えてました。

 

初のバラードMVとても楽しかったし、刺激的でした。

楽しんでもらえたら嬉しい。

 

主演の大野さん、奥さん役のNobby。

ヘアメイク 山中さん、あきえさん。

横浜ベイシスたいがさん。

そして撮影監督といいながら俺の足りない所を全部助けてくれているChika Oritoさん。

 

本当に助かりました。この作品を世に出させてくれてありがとう。

皆のおかげです。

 

 

Masa