こんにちは、、GAFnetブログへようこそ。

今日は せいじ がお伝えします…

2年4ヶ月ぶりに福岡グループのトレーニングにお邪魔しました。

コロナでなかなか行き来できなかったので、何か懐かしさを覚えます。

新幹線はほぼ満杯でした…経済にとっては良い事なのだろうと思う反面、みんなどこへ行くのだろうかと一人ひとりに聞いてみたい感じです。

今回は私が初心に帰るとても良い機会になると感じている。

最近のゲシュタルト療法のワークショップ案内をFacebook等で見ると、派手な飾ったものが多い。

まあ、それはそれでお客を呼ぶには良いのかもしれない。

ただ、ゲシュタルト療法とはそんなものだったのだろうか、そう思わずにはいられない。

それは日本ゲシュタルト療法学会についても同じことが言えるのかもしれない。

12年前の、設立当初の志をどのくらいの人々が心に留め、その精神を引き継ごうとしているのか。

今回の福岡でのトレーニングコースはそんな思いを持ちながら、私は過ごした。

だから、ゲシュタルト療法の原点に立ち返り、ゲシュタルト療法のベースである”気づき”が私たちが生きる上で如何に重要であるのか、このことをトレーニングメンバーへ伝えたいと思った。

今ここに存在し、気づくこと、そして、選択すること、ただこれだけである。

私もこの18年、ゲシュタルト療法を学びながら、いろいろと試行錯誤し、私のゲシュタルトを作り上げてきた。

この2年以上のコロナ禍という環境も含めて、良い機会であったと思っている。

少し、ゲシュタルト療法を客観的に見ることができた。
この事によって、最近の喧騒に巻き込まれずに、私の立ち位置を確認することができた。

だからこそ、ゲシュタルト療法とは何なのか、その原点に戻る必要があると実感した。

この2日間の福岡はとても心地よかった。
ゲシュタルト療法の原点を感じられる2日間だ。

投影、鵜呑み、反転、、ゲシュタルトにおける神経症的症状が現れる。

気づきを大切にするワークが多い。
私も今はその気づきを大切にしたいと思う。

そして、その気づきはクライエントへ大切なものをギフトしてくれる。

気づきが推進する事で、私たちは統合されていく。
クライエントの問題を解決する必要はない。
クライエントの責任を背負うことはない。
純粋であり続けること、ただそのことを大切にしてほしい。

セラピストである前に生身の人間であることを忘れては行けない。

それがセラピストになる最善の策である。

そんな思いを持ちながら、今から熊本へ帰る、、





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密を避けた安心安全な環境に配慮し、少人数での開催を実施しております。

また、オンラインによるWebセミナー等も実施しています。お気軽にご相談ください。

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おはようございます。
GAFnetブログへようこそ、、
今日は せいじ がお伝えします…

生憎の雨です。梅雨が本格化してきました。
熊本から鹿児島への新幹線は最近よく運転見合わせとなります…

昔よりも安全基準が厳しくなった、そんな感じを受けますね。

どちらが良いのか、それはよく分からない。
リスクをテイクするのか、リスクをヘッジするのか…

それはその時の状況によるのだろう、、柔軟に事に対処するということが必要である。

言葉で言うのは易く、行うことは難し。

柔軟に対処できる人が何人いるだろうか…

本当の意味からすればほぼいないのだろう。

私たちは生まれた時から、その環境の中で様々な体験をし、その体験は私たちのパーソナリティを創り上げていく。

それは、気づかないうちに創られていく。

特に私たちがまだ家族以外の他者との関わりを持たない頃に出会った体験は特にそうだろう。

それは、比較する対象がないからだ。

家族のルールが当たり前だと信じ、それが普通であると教えられる。

そして、そのルールに適応する身体が創られていく。
それは感覚的なものや行動と言ったことまでそのルールに支配されていく。

そのルールが私の価値観としての根っことなる。

とても厄介な私の根っこである。

価値観というものは私が生まれてからの体験の積み重ねだ。その価値観は社会や文化、環境、他者との関係性において私の中へと根づく。

ほとんどの人々が、特に、親が持つ価値観を取り入れて生きていく。それを私の価値観だと勘違いして。

まあ、それは仕方のないことかもしれない。

私たちが生まれた時から一緒に過ごす多くは親なのであるから、親の価値観を取り入れたとしてもそれは仕方ないことだ。

そして、私たちが子供であるなら、親の言う通りに生きなければ、私たちは生きていけないのだから。

このように日常の体験の中で私たちは偽物の価値観を手に入れ、それが本物の価値観だと信じて生き続ける。

ただ、このことが悪いというのではない。こんな価値観を持って、生きることも一つの生き方だろう。

そして、この生き方は、生きやすいのか、生きづらいのか、私が生きているのか、何だか私が私でないように感じるのか…

この他人の価値観を背負ったままの生き方をしているなら、大抵の人は大人になればなる程、違和感を感じ、生きづらさを感じることが多いようだ。

それは当たり前の感覚であろう。

何故ならば、他人の価値観を背負うということは、言うなれば、他人の人生を生きているのと同じなのだから。

親の期待を一身に背負う。しかし、大抵、この期待は親の達し得なかったことを達成させるための期待である。

親の言う通りのレールの上を歩む人生。

これもまた、親の言いなりになった、親の人生を歩むのと同じことだ。

私とは何者で、私はどこへ進もうとしているのか、私の人生とは何なのか…

何処かで混乱が起きてしまう。

そして、この私の物だと信じて疑わない偽りの価値観を捨て去ることに恐怖を覚える。

それは、私の存在が無くなると感じるのだ。

だから、私たちはこの偽りの価値観をいつまで経っても捨て去ることはできない。

私の身体全体がこの価値観によって覆われ、この価値観によってガチガチに固められている。

そんな私に柔軟性などと言う感覚があろうはずはない。

私の中にあるのは、親たちから取り入れた、頑固な価値観の塊だけである。

私の実際の身体にもガチガチな緊張が至るところに表れる。

歯を食いしばり、首から肩にかけてガチガチに固め、呼吸は浅く、横隔膜の活動は停滞し、筋肉の鎧を纏うのだ。

その鎧の下には私という存在を示してくれる本物の私の価値観が隠されている。

この事に私は薄々感じてはいるのだが、これまで感じたことのないそんな価値観に不安を覚える。

今の価値観を捨て去って、私の奥深くにある別な価値観に手を伸ばしても、それは幻想であったならどうしようか、そうなれば私という存在はこの世から消え去ってしまうという恐怖に怯える。

しかし、そんなことは微塵もないということにゲシュタルト療法家は既に気づいている。

他人の価値観という呪縛から解放され、私の真の価値観を手にする術をゲシュタルト療法家たちは既に知っている。

それは、ただ単に、私がこれまでの人生を他人のために生きてきたんだ、と気づくだけである。


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おはようございます。
GAFnetへようこそ、、
今日は せいじ がお伝えします。

最近、とても辛いことがありました。そのことは具体的には書けません。だけど、本当に辛いことでした…

そして、そろそろ九州も梅雨入りなんでしょうが今日は晴天です。久しぶりに鮨 with beerを堪能しました。コロナは落ち着きを見せています。早く、海外への渡航が自由にできるといいのですが…

さて、私たちは生から死という枠組みの中に生きています。

私もどのようにしてこの世に生を受けたのか、記憶にもありません。

本当に不思議です。

無であった私たちは卵子と精子の結合によって、細胞分裂を繰り返しながら一つの個体となります。

そして、この世に生まれてきます。

しかし、死を迎えるとき、無になる時には私たちは恐れや恐怖を感じることが多いように思います。

私の父が3年間肺がんの治療をしていた後半、恐らくもう助からないだろうと悟った時、父はどのような気持ちの在り様だったんだろうかと今更ながらに考えてしまいます。

ただ、父はそんなことを微塵も出さなかった様に思います。
本当に最後まで強い意志を持っていた父であったと感じます。

父の心の在り様は想像するしかないけれど、心が平安であったとは思えません。

私たちへ心配をかけまいと振る舞っていたのでしょう。
私たちはこの生から死という大きな枠組みの中でどのように生きるのか、それを自分自身へ問う必要があります。

私も既に今年59歳になります。残された時間はあと少しでしょう。

その中でどのように生きるのか。

どのように生きるのかということには私が悔いなくとか、私らしくという意味が含まれます。

死を身近に感じれば感じるほど、生の大切さがわかります。

私自身、毎日が充実しているのかと問われると、NOでしょう。やりたいことは色々ありますが、中々手につかないのが実情です。

ジムで体を鍛えたい、語学の勉強を真剣にしたい、ゴルフも上達したい、、

しかし、どれ一つとして実現していません。

したいという言葉が、しなければならないという言葉のように思います。

生を大切にすることと、悔いなく生きねばならない、自分らしく生きねばならないとは全く真逆です。

今私は何をしたいのか、、この問いに応えてくれるのは身体の感覚以外にはありません。

今スタバのテラスにいる私の身体は、もう少しここでゆっくりと過ごしたいと言っています。

今の私の生を大切にすることとは、”私の身体がしたいことをしてあげる”こと、、


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おはようございます。
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今日は せいじ がお伝えします、、

2年ぶりに福山のトレーニングへお邪魔しました。
とても良い雰囲気の中で2日間を過ごしました。

土日のこんな時間はとても私にとって有意義だ。

私もコロナが流行して以来、ゲシュタルト療法のワークショップや勉強会等へ参加したことがない。

しかし、日常の中にゲシュタルト療法はある。ゲシュタルト療法とは気づきの療法であり、今ここでの気づきに焦点を当てる。

ワークショップは非日常であり、そこは現実世界への実験の場である。いくら、ワークショップで良い気分になって帰ったとしたも、現実世界の中でそのことが理解され、生かされなければ意味を為さない。

逆に言うなら、高いお金を払ってワークをやるような非日常のワークショップには参加しなくとも、現実世界で気づきを得られるなら、その方が何倍も学びとなる。

今回はboundary(境界線)をテーマとしたワークが多かった。境界線とは、私たちにとってとても重要なものである。

私と他者を区分するものである。

私と他者は違う存在であると言うことを理解するためにはこの境界線をしっかりと保つことが必要だ。

私たちは生まれた時、母親と私との境界線はない。まだ、私と母親は一つの世界にいる。

そして、次第に私という存在が成長し、人格が出来上がってくると、私という存在と他者という存在は違う存在なんだと理解する。

しかし、この境界線が曖昧なままに成長すると私と他者の存在がごちゃ混ぜになり、私が他者の感覚を感じることが起こる。

例えば、私は子供の気持ちが良くわかるんだと言う感覚の錯覚が起こる。しかし、当の本人はそんなことが起こっているとは気づかない。

私と子供は一心同体なんだと感じてしまう。

すると、必要以上に子供を溺愛したり、盲目になったりする。

また、社会や環境、雰囲気に取り込まれたり、巻き込まれたりすることもある。

そんな時、私と他者の境界線を引いてもらうことがある。すると、他者との境界線が近すぎたり、重なっていたりする。

私は私であり、他者は他者であるということをしっかりと理解してもらう必要がある。

すると今まで、私と他者の区分のできなかった状態から私は私でいいんだ、他者は他者なんだという感覚を得られる。

それだけで世界は変わってくる。

そして、子供のために、とか、誰かのために、という感覚から解き放たれるのだ…

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GAFnetのブログにようこそ。
今日は、けんがお伝えします。


私はベランダから見る「日の出の時」が好きだ。
空も山もビルの街並みも、
目に飛び込んでくる景色がすべて明るく、
小鳥たちは喜び歌う。
一日の始まり。今日という日が、いま始まる。

喜びと期待に満ち溢れた、「この情景」を伝えたい!
有ることが難しい、有り難い今ここに在ることを伝えたい!
新しいステージに立つ私を伝えたい!
この感動を皆とシェアしたい!

で、スマホで写真を撮って皆に送ったのだが─。
日の出の瞬間は撮れてはいるが─。
日に向かってシャッターをきるから、暗い!
自分の体験した、皆に伝えたいものとは違う!
スマホなどの機械では伝えられない空気感がある。
私が共有したいのは、「この時、この場」なのだ。

真っ暗闇の夜明け前から、白々と明ける「かはたれ時」
そして日の出から光いっぱいの新しい一日が始まる。
今ここ、この時!

真っ暗闇の中にいると、全く何も見えない。
不安と恐怖で立ち尽くす。
そして、この闇の夜は必ず明ける。日は昇る。

厚い雲に覆われて、日の出と合えない時もある。
そして日は厚い雲の上で変わらず光輝いている。

朝目覚める時、目をつぶったままで、今を感じる。
あぁ、私は生きている。今ここに生きて在る。
一番新しい私が今ここに在る。

苦しい時、絶望の淵に立つ時、岐路に立つ時、
大好きな「日の出の時」をイメージする。
あぁ、私は今ここに在る。
有り難い存在として今ここに在る。

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今日は せいじ がお伝えします。

ツバメの子供たちも巣立っていきました。ツバメの巣が空っぽになっていて、少しの寂しさと元気に育った嬉しさが沸き上がります。

暑くなったと思ったら、何か肌寒かったりと気候が不安定な感じですね。
コロナ感染者も連日700人前後で推移し、減るでも、増えるでもない状況が続いています。

700人くらいでは誰も驚かなくなってしまった。

2年前の今頃は4月中旬から日本全体が緊急事態宣言に入り、ようやく解除になる頃だったと記憶している。

熊本では50例ほどのコロナ感染者だったのに右往左往していた時期だったようだ。
まだ2年前の出来事なのに、今とは隔世の感がある。

その当時は新型コロナウィルスがどんな細菌なのか、まだまだ未知のものだったから、日本全国が不安に巻き込まれていた。

今は慣れた。

そして、慣れるということは、経験したから慣れたことを意味する。

実体験や経験は私たちの不安を払拭し、安心感を与えてくれる。

それが今のコロナウィルスに対する私たちの現状なのだ。

体験することで私たちはその事象に対してどのように接する必要があるのか、どのような事象なのかを知り得る。

しかし、想像の世界だけでその事象を考えていても、実際のものは何も手に入らない。そして、全く不安は私たちから立ち去ってくれない。

ゲシュタルト療法は実際に体験することで今の私を理解する療法である。

なってみることで体験する。

私の中に真っ黒な塊があったなら、その塊になってみることで、塊の気持ちを理解するのだ。

すると私たちがこれまで気づいていなかった感覚や気持ち、考えに気づくことができる。

そして、気づきが増えていくことで、私たちは私という全体へと統合されていく。

体験することは多くの気づきをもたらしてくれる。

そして、不安という渦に巻き込まれていた私たちを現実の世界へと導いてくれる。

私たちの生きている世界は、絶対に現実の今この時である。想像の世界でもなく、過去でも未来でもない世界だ。

現実を受け入れることはとても難しいことかもしれない、ましてやその現実が受け入れ難いものであればあるほどである。

ただ、生きている実感は現実を受け入れ、現実世界に生きることでしか得られない。

私も受け入れ難い現実を何度も受け入れた経験がある。その時は大きな不安や恐怖が沸きあがってくるのだが、現実を受け入れ、向き合ったなら、腹が据わり、覚悟を決めることができる。

これが生きていく上で重要なのだとつくづく思う。

不安の中で偽りの私と共に生きていくなら、生きている意味を見出せないだろう。

現実と向き合い、受け入れ難いことも受け入れて生きるなら、生を感じながら真の私を感じながら生きることができるだろう。

そんなことを感じながら過ごしている5月21日、夜のスタバのテラスであった…



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GAFnetのブログにようこそ。
今日は、けんがお伝えします。

何年もブログを書かないまま時が過ぎた。

何でもいいんだから~
思い浮かんだことを書けばいいんだから~
そんな風に書きたいことを書きたいよ、私だって❗️
そして何も書けない、だから書かない。

何が起こっているのか、心を覗いて見ると、
言葉にして外に出したい気づいたことが、
次々に立ち起こってごちゃごちゃにつまってる状態。
あっ、ブログを書かなければならないと思っている。
そう気づいた時から書くのを止めた。

今年になって、書きたい思いがとても強くなって、
またブログを書き始めた。

スマホを買ってメモ帳の使い方を覚えたことが大きい。
伝えたいと思い浮かんだ言葉をメモ帳に残す。

メモ帳に書き出した言葉をつなぎ合わせると
あぁ、私はこのことを伝えたかったのだと気づく。

伝えたいことをブログとして形にするまでに
今のところ一週間から十日かかる。

ブログを書かなければ-という思いは少しはあるが、
それをはるかに上回る、強い書きたい思いがある。

直接体験も間接体験も
自分の体験、気づき、感じたことをそのまま伝えたい。
仲間と共有したい。
未来を生きる子供たちに伝えたい。
生き生きと自分の命を生きていることを伝えたい。

私は私のことをしている。
他者の命令に従っては動かない。
私の思い通りに行動している。
与えられた環境の中で、
用意されたシナリオ通りに動くのは嫌だ❗️
私は自由だ❗️自らに由る❗️

私という存在は、
欠け換えのない、唯一無二の、有り難い存在。

そのことに気づくと、喜びが溢れてくる。
生きる力が満ちてくる。

私は自然だ。自然そのものだ。
自然の理に拠って生きている。


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こんにちは、、GAFnetブログへようこそ
今日は せいじ がお伝えします。

GWを境に一気に夏がやって来ました。あの懐かしい春の匂いは何処か遠くへ過ぎ去ってしましました。

また、1年後に春の匂いを感じることができるまで生きていたいものです…

今日は久しぶりに映画を観た。シンウルトラマン。

50年程前にウルトラマンを観ていた世代にとって、あのウルトラマンの風貌は今も昔も、何かホッとする感覚がある。

なんと言えば良いのだろうか、ウルトラマンは正義の味方なのだという安心感と言うか、ヒーローと言うのか、私の中にずっしりとある、そんな感じだ。

前回シンゴジラを観た時とは違う、温かさや寂しさといった、人間としての通い合う血を感じると言った感じだろうか。

今私たちに起こる感覚はそんな昔の体験を伴って想起する。

私たちは今この瞬間を生きている。そして、今この瞬間を生きるからこそ、その時を尊いと思えるのだと思う。

ふと思うのだ。

私が来年、春の匂いを感じることができるのか、どうかはわからないが、今を精一杯生きることが与えられた生を全うすることなのだと。

いつ私たちの生が途絶えたとしても、その時迄悔やむことのない生き方をしていたいと思う。

今日の映画がそんなことを伝えたかったのかどうかはわからない。

ただ、死への覚悟を持った時に人は不安や恐怖から解き放たれる、そんなことを感じた。

私たちは生きていることが当たり前だと思う。

だからこそ、死という文字が私たちに襲いかかって来た時、不安や恐怖といったものが一気に襲いかかってくるように感じる。

その時初めて死を意識するからな他ならない。

死というものは何時でも私たちの隣にいるのだと私は感じながら生きている。

すると、今を、この瞬間を大切に、今この瞬間を幸せに生きたいという感覚が身体の奥底から浮かび上がるのを感じる。

私の生も長くて22年あれば御の字かも知れない。
それは父が生きた年数なのだ。

私は父を超えたいと思いながら、ある時まで生きてきた。そして、もう父を超えようなんてこれっぽっちも思わない。

だから、生きることもそのくらいで良いのかなと思ってしまうのだ…


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今日の写真は自宅近くのタクシー会社営業所にあるツバメの巣です。

最近ではなかなかお目にかかることも少なくなりましたが、ある時ふとその会社の床に鳥の糞が沢山落ちているのを発見し、天井を見上げだらそこに可愛らしい5羽のひなたちがいました。

私がその姿に見惚れていると、急にひなたちが一斉に全身の力を振り絞って鳴き始めます。

すると、親ツバメが巣に帰って、ひなたちへと食糧を運んできました。ひなたちは餌をもらおうと必死になってアピールしています。

それが3枚目の写真なのですが、
大きく口を開けて親ツバメが食べ物を口へと運んでくれるのを待っています。

すぐに親ツバメは食料探しに飛び立ち、また、すぐに帰ってきます。

ひなたちは親ツバメが帰ってくるのを察知すると全身で鳴き始めます。

なんとも言えないほっこりとした光景にこちらまで癒される、そんな感じがしますね。

こんな小さな生命にも、生きるという生命力は備わっています。

どこからあんな鳴き声が出せるのかと不思議に思うほどの生命力を感じます。

それは生きとし生ける物全てにおいて同じでしょう。

昨日はゴルフ⛳️でした。まだ、五月初旬なのに既にそのゴルフコースでは蝉の鳴き声が響き渡っていました。

蝉たちも必死になって生きている証を私たちに知らせているかのように鳴いています。

その鳴き声は真夏の蝉とは違う、この季節に合った落ち着いた甲高くなく、低音の鳴き声でした。

調べたところ、五月頃に鳴くのはハルゼミという種類のようです。

鳴くのは雄だけとのこと。

蝉も鳴くことによって、メスへのアピールをして生命を繋いでいるようです。

生きとし生ける物たちが必死で生きています。

私たちも様々なことが人生で起こります。

そして、私たちもこんな人生を必死になって生きていく、命続く限り生きていく。

私たち人間にも生命力は備わっています。

今、この瞬間を、今、ここを生きる。

過去でも未来でもなく、今の現実の中で、今の現実に向き合いながら生きていく。

他の生き物たちを見ていると、そのことを教えられるような気がします…











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今日は、けんがお伝えします。

大谷翔平、いいですね~!
投げて!打って!走って!二刀流にこだわって。
野球が大好きなんですね~
もっと、もっとと高みを目指すメジャーリーグの星‼️

最近ちょっと調子を落としているけど、鈴木誠也もいいですね~!
我が愛する広島カープからメジャーデビュー‼️
野球を心から楽しんでる、それが伝わって来ます。

野球の本場アメリカで日本人が躍動していることが、
愛されていることが、認められていることが、何とも嬉しい限りです。

朝はメジャーリーグ、夜は日本のプロ野球、勝った、負けた、打った、投げたで一喜一憂してます。

本番での自信に満ちた圧倒的なパフォーマンスとそれまでのハンパない「けいこ」が驚きです。

あんな風になりたい!心を揺さぶられる体験が、新たな自分の指針になります。
今を生きるエネルギーになります。
自分のやりたいことが何でも自由に選べることは、本当に有り難いことなんだと思います。

スポーツ選手だけでなく、将棋界の藤井聡太五冠など、社会のあらゆる分野の「本物」を生み出す環境が
今の日本にはあります。

コロナ禍を、強制的にロックダウンすることなく、自主的な感染対策で乗りきったすごい国民力です。

戦乱のウクライナから日本に避難してきた女性が「まるでおとぎの世界にいるよう」と語った国です。

あらためて日本は平和で、有り難い国だと実感します。

「 静かな眼  平和な心  その外に何の宝が世にあろう」 ですよね。       


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