この数日間、
朝から晩までようやく動き出した新規事業の
大型プロジェクトミーティングが連日続いている。
先週は特にキツくほとんど眠れない一週間が続いた。
世界中との連絡を同時にやっていることもあり、
時差の違う国と並行に進行することが
改めてこれほど大変なのだと痛感した。
時差はやっぱり近い方がいい。

日本を離れるまでに組み上げが終わるように動いてはいるが、
なんせカラダは一つしかない。
世界中のパートナー達と連絡・連携を取りながらも、
日本での座組みをある程度まで終わらせないと…。
時間がいくらあっても全く足らない…。

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ただ、
どれだけ眠っていなくてもこういう大きなプロジェクトを
座組みから作って動かして行くことは本当に面白い。
疲れなど大した問題ではない。

仕事が趣味…とはよく言ったものだが、
心からそう思う。
これは病気だな…。

以前、
仲間とも話したことがあったが、
結局仕事を組み立てていくことが一番楽しいので
仕事ばっかりしてしまう。

趣味がそこまで増えないのもきっとこういう理由なのだろう。

とは言え息抜きも必要。
この日は息抜きに、
今尚組み上げている【ランボルギーニ・エヴァ暴走モード仕様】の
途中経過をチェックしに行くこととなった。

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そりゃ楽しい。
もちろんクルマに乗ることも楽しいのだが、
それ以上にクルマを組み上げて行くことが楽しい。
仕事の組み上げと同じような気がする。

確かに物事の組み上げには時間は掛かる。
でもこの組み上げの段階で手を抜いてしまうと
あとあと二度手間、三度手間なことが増えるばかりか
場合によっては描いていた着地点のイメージさえも
崩れることだってある。

【段取り9割】

これはボクが何をやるにしても心がけていることだ。
中途半端にやるぐらいならやめた方がいい。
その関わった時間が全て無駄になる。

それぐらいの気持ちでやらなければ
時間は二度と帰ってこない。
時間は何よりも貴重な財産で、
この時間に対する貴重性を疎かにするヤツ、
この大切さが理解できないヤツとは一切仕事はしないと決めている。

まあ、
プロの世界では当たり前だと思っていることなのだが
こういうことを意外としっかりできないヤツも多い。
そんなヤツにボクの人生の貴重な時間を浪費されるのは
たまったもんじゃないわけだ。

さて、
クルマ屋に到着し早速クルマを見てみる。

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美しすぎる。
色も随分と上手く表現できている。
以前のランボルギーニは当時流行りのラッピングでやったのだが、
やっぱり所詮ラッピングはラッピング。

どうしても、
色は浅くチープに見える上に飽きが早い。
やはり色は塗装じゃないと自分の思った色には絶対にならない。

ラッピングは写真写りに関してはいいのだが、
実際に間近で見たときにチープ感がどうしても拭いとれない。
そりゃそうだ。

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塗装の工程とは圧倒的な時間の差があるだけでなく、
実際に色の乗せ方も根本的な考えが違う。
着せ替えの様にしたければラッピングもありなのだろうが、
やはりここまで大きい面が何面も並ぶクルマは、
塗装が一番であることは間違いない。

ただ、
異常な時間とコストがかかってしまう。
これはもうどうしようもない。
職人の腕が良くなればよくなるほどもちろん高くなる。

ここら辺はどの世界でも一緒だが、
特に蕎麦打ちの世界に似ている気がする。
蕎麦は実際に麺を打ち上げるのに、
どの蕎麦職人も概ね使っているモノはそば粉と水だけ。
特につなぎを使わなければ、
それを練って打って切る工程はほぼ一緒と言える。

だが、
蕎麦は職人の腕が如実に出てしまうもの。
だからこそ、
蕎麦の値段が他の麺類よりも高い理由は
ほぼほぼそれが習得するまでに掛けた技術料ということになる。
いわゆる麺の中の究極は蕎麦と言っても過言ではない。
もちろん、
賛否両論はあるのだろうがあくまでボクの私見だ。

蕎麦を習得する言葉で有名な言葉に
【蕎麦打ち3年、こね8年】というものがある。
一説には安定したカエシと
バランスのとれた蕎麦を作れるようになるまでを含めると、
トータルで20年以上も掛かるという話まである。

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もちろん、
これを否定的に捉える者もいる。
ボクはそうは思わない。

単純に蕎麦を打つだけ、
こねるだけならもっと早い期間に習得は出来るだろう。
だが、
これに伴う蕎麦の多くの歴史や知識の習得、
蕎麦というものに対する向き合い方、
地域的な考え方と作法、
なによりも安定した技術、
そしてそこに携わることの自分自身のこだわりを
見出すまでには20年という年数はけっして長いとも思わない。

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最近は、
大量生産するために色んなものが簡略化され、
知識と技術を単純なシステムに乗せて
効率よく教えればそれでいい的な傾向も少なくない。

それでは、
なんとなく技術を習得した者が増えるだけで
真髄を追求していく、いわゆるホンモノがドンドン減っていく。

修行はけっして楽なものじゃない。
辛いことがたくさんある。
直接的に技術に関係していないこと多い。
要はそのすべての負荷も含めて背負っていくだけの覚悟が
本当にあるかないかの話だ。

情報が簡単に手に入れられる時代になればなるほど、
よりシンプルに、よりシステマティックになっていくが
それでは届けられないもの、
伝わっていかないものがあることは
歴史を振り返ってみても明確だ。

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現にホンモノの蕎麦職人が
今の日本にどれだけいるのか?という話にもなる。
職人としてプライドの高い彼らからすれば、

『そんな簡単に手につくようであれば誰も苦労しない』

と鼻で笑われるようなことなのだが…。

まあ、
こういったことに対する理解が浅い者が増えたことも
いわゆる現代病の蔓延なのかも知れない。

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職人とビジネスマンは違う。
ビジネス的に考えれば利益優先で生産性の高い方を選ぶ。

職人とは、
そういった考えを超越しビジネスを度外視した上でも、
ただただ道を極めることを追い求めている人たちなのだろう。

どちらが正しい間違っているという話ではない。

こんな便利なものが溢れた世界で、
苦しい職人という道に入ること、
そうなることを選ぶ人達は国にとっての大きな財産なはずだ。

そういう人たちを国はもっと保護・保証をするべきで、
伝統技術などは本来国を挙げて守っていかなければならないもの、
ボクらの何気ない生活に密着している彼ら自身が
貴重な文化的財産であることを多くの人が認識すれば、
一般の彼らに対するリスペクトももっと上がるはず。

ただ苦しそうだから、
しんどそうだから、
辛そうだからと職人になることを拒むのは、
彼らに対する国全体のリスペクトの低さも
大いに関係しているのではないだろうか…。
人はリスペクトされるからこそ、
どんなにしんどくてもその仕事に誇りが持てるのも事実。

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まあ、
クルマの話から随分と脱線してしまったが、
職人の技を目の当たりにすると本当にグッと来る。

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この色艶、深み、
角度によってここまで表情を変えてくれる。
これほど美しい塗装はなかなかできない。
職人の技だな…と言葉が漏れる。

思わず笑顔がこぼれてしまうわけだ。

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それでも、
細部を何度も確認すると、
ここはもっとこうしよう、
ここはこっちの方がいいんじゃないかと
アイデアが次々に生まれてくる。

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そして、
色の付け足しデザインを自分でやり始め、
こうでもない…あーでもない…と、
何度も何度も確認をしながら変更をかけて行く。

この時間が本当にたまらなく楽しい。

一つのツアー、ステージを組み上げるのも、
事業を組み上げて行くのも、
クルマを組み上げて行くのも、
結局はどこまで自分の携わるも、
クリエイトするものに
こだわり続けて届けられるかってとこなんだろう。

ビジネスもまた
効率優先なだけではなく、
そのこだわりの上で成り立つ誇り高きものでありたいものだ。

こだわり無くして人生に深み無し。

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