第18回日本山岳耐久レース に行って来た | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

第18回日本山岳耐久レース  

2010.10.10-11  

■昨年のハセツネ、初出場、何も考えず走った、ただ夢中で走った

 

渋滞に嵌り、焦り、遅れを取り戻そうと飛ばす、

先行者があれば追い回し、追ってくる者があれば逃げ回る、

不要不急なストップ&ゴーを繰り返し序盤から疲弊、疲労。

中盤以降は疲れ果て、ただ、ただ、下を向き牛の如く歩むしかなかった。

歩みは遅々と延々に、15時間40分かかった。

ゴールして直ぐに来年のレース展開を夢見た。

 

「この経験を活かし、戦略的な走りをすれば今の力のままでも1時間は縮められる」

「これからの1年、トレーニングする時間はたっぷりある、力の上積みで更に1時間は縮められるはず」

 

最低でも2時間は縮められるだろう、

ぼんやりとそんな風に思い浮かべたあの日から1年、

俺は再びハセツネのスタート地点に立った。

 

■13時、スタートの号砲とともに飛び出す

 

シングルトラックに入る際の渋滞を避けるためには広いロードのうちに少しでも前に行きたい、

スピードを上げ前に出ようと試みるが考えることは皆同じ、思うように前に出ることはできない。

すぐに上り坂に差し掛かる、ペースを落さず突っ込む連中も多くいたが先ずは落ち着いてペースを落す、

無理は禁物、先は果てしなく長い。

最初のシングルトラックに突入すると気になるほどの渋滞は無く一安心、

後は周りのペースに合わせて淡々と進むだけ。

一旦、シングルトラックを抜けると4km地点の今熊神社まで登り基調のロードとなる。

それにしても暑い、暑さには極端に弱い俺、

ペースは抑え気味とし体力を温存、且つ、順位は落とさないよう周りの様子を窺いながら進む。

今熊神社からは登山道となりここからがいよいよ本番。

去年、大渋滞にはまった入山峠もスムーズに通過し順調な辷り出しと思ったがそうでもない、

昨日までの降雨によりコースはぬかるみ、登り坂では断続的にスリップ渋滞を引き起こしていた、

そして小さなスリップの繰り返しは脚の疲労となり蓄積する。

 

■第一関門、浅間峠通過、4時間ジャスト

 

予定では3時間45分以内で通過し、休憩がてら落ち着いてヘッドライトの装着など

夜間走行の準備を整え出発するつもりだったが予定より遅れ気味なことに焦りを感じ第一関門はスルー。

しかし、これが大きなミスに繋がってしまう。

第一関門通過後、30分と経たずに薄暗くなり道端でバタバタとヘッドライトを装着、

ウエストには補助ライト、手にはハンドライト、準備が整うのと同時に夜の帳が下りた。

10分後、雨が落ちてきた。雨に打たれ体を冷やせば体力を奪われる、

雨具を着ることに躊躇はなかったが、ついさっき休んだばかりなのに

再び脚を止めることには躊躇があり歩きながらザックを広げ雨具を取り出そうと横着、

とたんにぬかるみに脚を取られ転倒、まさに本末転倒。

 

「焦るな、焦るな、焦るな」

 

雨の次はガス、ヘッドライトの光はガスに反射し前がまったく見えない、

ヘッドライトは消しハンドライトに切り替え足元だけを照らし慎重に歩をすすめる

。西原峠まではトラバース気味な道が続く上、ぬかるみ、雨、ガス、視界不良、

何度も、何度もスリップ、時々転倒、脚には次々と疲労が蓄積されて行く。

いつの間にか雨は上がったがお次は急登、スリップ地獄は更に激しさを増す、

そして三頭山までの登りはひたすら長い…。

三頭山はコースの中間地点であり最高標高地点である、切りのよい所なので予定通り10分の休憩を入れる。

ここまで口にしたのは水分とジェルだけ、流石に空腹感を覚えたのでカントリーマーム2枚を口に入れる。

ジェル系以外、固形食はカントリーマーム6枚と飴玉が10個だけ、

残り4枚のカントリーマームは第二、第三関門でそれぞれ2枚ずつ食べる予定。

三頭山から第二関門の月夜見第二駐車場までは近いようで遠い、煩わしい登り返しが多く意外に長く感じられる。

三頭山までの登りですでに脚は一杯一杯、辛いところだが頑張るしかない、

下りはしっかり走る、登りはゆっくりでも歩く、決して立ち止まらないこと、

動き続けることだけが唯一ゴールへの近道なのだ。

 

■月夜見第二駐車場到着

 

既に予定より1時間以上の遅れ、目標タイムでのゴールは絶望的、

しかし、そんなことで気力を切らしてはズルズル落ちるだけ。

少しでも早く、前へ、前へ、今持てる力で全力を尽くすのみ。

しかし、ここで大きなミスが発覚、ヘッドライトの予備電池が見当たらない。

おそらく暗がりでバタバタとヘッドライトを装着した時に置き忘れてきた、

或いは、歩きながら雨具を取り出そうとザックを広げ転倒した時に落としたかのどちらかだろう。

考えていても何の解決にもならない、このままの状態で走るしかない。

ハンドライトは最後の砦として温存。

登りではヘッドライトは消灯、ウエストの補助ライトのみ点灯。

下りのみヘッドライト点灯、但し、電池の消費の激しいスポットは危険箇所以外では使わない、

主にLED3連灯の3段階光度の中間を使い消費を少しでも抑える。

御前山への登りは長く厳しいが、三頭山への登りのように集団で団子になって必死に登る必要はないので気楽だ、

ここまで来ると集団になることは殆どなくマイペースを保つことができる。

反面、自分に甘くなりズルズルとペースを落す要因となる、

まさに御前山への登りでの失速はその典型である。

コース係員より思いがけない声がかかった。

 

「熊が出たとの情報がありましたので気を付けてください」

 

まさか!?「これだけ多くの人間が走っている中に熊が出てくるなんて有りえないだろっ!!」

そうは思うが聞いてしまったからには不安を感じる。

ここまで全く気にしていなかったが森の中に目を向けるとこキラリと光る野生動物の目が確認できる、

おそらく鹿であろうが不気味。

暫く声を出したり、ブラインドコーナーの手前では手を叩くなど恐る恐る進む。

ゆっくり歩いたせいだろう、御前山にはそれほど疲労を感じずに到着できた。

「登りで楽をしてしまった分は下りで取り返そう」しかしそんな目論見は脆くも崩れた。

急な下りに入ると突如、右膝が悲鳴をあげた。

一歩ずつ呻き声をあげてしまうような痛み、この痛みでは到底走れない。

ストックなんて持っていない、立ち木や柵を頼りに痛みを堪えゆっくりと下るしかなかった。

ザックの中にロキソニンを忍ばせていたのを思い出し服用してみるが

直ぐに効き目が現れるわけもなく痛みとの戦いは続く。痛みは気力を萎えさせる。

 

「リタイヤするか、リタイヤしてもいいよな、大ダワで止めてもいいよな」

 

弱音が頭と体を支配する。

「リタイヤするのか、進むのか」

葛藤しながら大ダワに到着すると先ほど脚を引きずり大失速する俺をあざ笑うかのように抜いて行った連中がへたり込んでいた。

 

「くっそーこいつらに負けてたまるか!ぜってー負けねぇ!!俺を誰だと思ってんだっ馬鹿野朗!!」

 

顔を、脚をバチバチ叩き気合を入れる、ストレッチだけして連中より先に出発する。

大ダワからは鋸岳の肩までの登りの後は、大岳山への登り始めまで結構走れる、

ロキソニンが効いてきたのか、登りや平地、緩い下りでは膝の痛みはそれほどでもない。

「走れ、走れ、行け、行け」気合で走り続ける。

大岳山への登りは急であるが短いのは知っている、気持を切らさず淡々と登る。

大岳山からの下りはまた急である上、岩で滑りやすい、下りではやはり膝も痛むので丁寧にゆっくりと一歩ずつ。

御岳山付近まで来ると傾斜は緩くなり、道も良く薄暗いヘッドライトでも不安を感じることなく軽快に走れる。

前方を行くランナーを次々に捕らえパスする、これまでの失速が嘘のよう、

推定キロ4分30秒ペース、完全にスイッチ入った感、快感。

 

■そのままの勢いで第三関門着

 

調子も良いのでそのままスルー、日の出山までノンストップで行くことにする。

しかし、御岳神社から宿坊への簡易舗装された急な下りには再び右膝が悲鳴を上げ失速。

宿坊を抜けるとダートに入り傾斜は安定、ゆっくりでもしっかり走る、もう誰にも抜かされたくない。

日の出山への最後の登り、脚が出ない、動かない、やはり脚はそうとう疲労している。

日の出山ではベンチに座り5分だけ休憩、最後のカントリーマーム、パワージェルを口にし、水をたっぷり補給。

 

「さあ行くぞ、行ったるで!!」

 

最後の砦、ハンドライトスイッチオン、金比羅尾根の下りはもう何度も走っている、知り尽くしている。

 

「躊躇するな、ここで行かなきゃどこで行く、行け、全力で行け!」

 

再びスイッチオン、前を行く連中を面白いように次々とパスして行く。

ラスト2キロ、簡易舗装の急な下り、痛みには慣れるのだろうか、それともアドレナリン?

そのままの勢いを保ちゴールに飛び込む。

 

■15時間20分、長い戦いが終った

 

 

完走証とフィニッシャーズTシャツを受け取ったら速攻、出店に直行。

缶ビールと缶酎ハイ購入、ストレッチもそこそこに地べたにしゃがみ込み、ビールを一気呑み。

 

「これだよ、これ、これをやっている自分に会いたくて走ってきたんだよ、わっはっは」

 

缶酎ハイを片手に控え室へ向かう。さっと着替えを済ませ銀マットを広げれば一人祝杯の始まり、

予め凍らせて自宅から準備してきた缶酎ハイをプシュッ!丁度良い冷え冷え。

ナトリの珍味を肴にグビグビ、疲れた体にアルコールはよくまわる。

 

「この畜生め、この根性無しがっ!」

 

自分で自分を罵る快感、ドM。

かと思えば今度は大口

 

「来年はぜって~2時間縮めてやる」

 

また性懲りも無く根拠の無いことを呟き夢の中へ