相米慎二監督のルーツか?伝説的長回し『黒い罠』 | 徒然逍遥 ~電子版~

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こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。

 

オーソン・ウェルズと言へば芸術肌で知られる監督。とか、難解な作品を撮る監督とか認識されているのではなかろうか。
または、自分と同年輩かちょっと年長の人なら、ニッカウヰスキーG&GのTVCM出演者として記憶しているかもしれぬ。あるひは、英会話学習教材のイメージキャラクターとか。
そのウェルズが聖林で撮った最後のフィルムがこれ。


『黒い罠』 Touch of Evil (‘58) 96分(修復版 111分)
梗概
米国とメキシコの国境近辺の田舎町に新婚旅行の途上に立ち寄ったメキシコ人麻薬捜査官のラモン・ミゲル・ヴァルガス(チャールトン・ヘストン)と新妻スーザン(ジャネット・リー)は、偶然とある自動車爆破事件に遭遇する。爆破はアメリカ領だが、車に爆弾が仕掛けられたのはメキシコ領だった。
アメリカ側の捜査責任者は、ハンク・クインラン(オーソン・ウェルズ)。彼は凄腕として警察内で高名な老獪刑事。一方、ヴァルガスはメキシコ警察の立場で捜査に参入。だが、クインランは証拠をねつ造して犯人逮捕を画策。ヴァルガスが彼の不正疑惑を地方検事に訴えるや、己の立場が危うくなるのを恐れたクインランは、ヴァルガス抹殺を目論む。

C・ヘストンが口髭をたくわえた身長190cm超の偉丈夫なメキシカンに扮している。オスカー受賞の前年度である。
片や同じく190cmの高身長かつ肥満体で居丈高のいかにも南部保守派の警官に扮するはO・ウェルズ


『地上最大のショウ』(52)や『十戒』(56)に出演し、聖林映画界の正統派ビッグ・スターに名を連ねるヘストン。
そして、『市民ケーン』(41)で衝撃的な監督デビューを飾り、『第三の男』(49)などで俳優として異彩を放つも聖林の異端児として知られるウェルズ。
ここにいとも珍しき異色対決が実現した。

 *右)髭のヘストン*
だが、我々の関心はむしろウェルズその人に向かうことは否めない。

本作は彼が聖林での再起を賭けたプロジェクトだった。しかも、ヘストンが彼に監督させるべし。と製作者側に提言して、主演と演出を兼務するに至ったのである。ウェルズにしてみれば失敗は許されない状況だ。

 *マレーネ・ディートリッヒが!*
 *なんと!デニス・ウィーバー*

 

そんな中、役者としての存在感が広く認められていただけあって、でっぷりとした肥満体で猥雑な雰囲気の嫌な感じを十全に発揮。

チブルスキー以上の惨めな死に方が相応しい納得のキャラクターを造形している。まさに憎まれ役。

チブルスキーはポーランド版J・ディーン『灰とダイヤモンド』


鋭い勘に頼る自己流の捜査を貫くべく邪魔者を排除する頑なな老刑事。ヘストンとジャネット・リー夫妻はおかげで大迷惑を被る。我々は、正義はヘストンに在り。と強く願う。本編のネタバレは回避しておこう。


監督としても以前では考えられないほど、頑張ってフツーのフィルム・ノワールを撮ろうとしたに違いない。何しろ俺流の解釈を施し『マクベス』(48)や『オセロ』(51)などを撮っていた芸術家肌どっぷりの人である。そのウェルズが犯罪映画とは。
だがしかし、そこは拘りを隠せない。仰角の撮影を多用したり、意外と凝った脚本や人物造形だったり。


では、力こぶ入りまくりの彼は再起を果たせたのか。
残念ながら、スタジオ側の理解・協力も得られず公開当時はものの見事に失敗作の烙印を押された本作。結果、もはや聖林に彼の居場所は見出されることはなかった・・・。


ところが、豈図らんや今やカルト的人気作品として周知されているといふではないか。

確かに多くの監督たちがこのフィルムからパクったり、引用したり、言及している例が散見される。分からないものである。


例へば、ロバート・アルトマン監督『ザ・プレイヤー』(92)。

冒頭シーンで、聖林の撮影所内を行き交う映画関係者らの様々な会話が聞こえてくる。その中に「『黒い罠』のオープニングの長回しが云々」といったセリフがある。

しかも、このシーン自体がカメラ長回しで撮られている。アルトマンのオマージュと遊び心が顔をのぞかせていた。


 

そう、本作における巻頭一番のテイクは3分10秒にも亘る長回し撮影でスタートするのだ。


しかも、カメラはクレーンやドリーを駆使して人物と並走したり上昇したり下降したり、と固定されず常に動き回っている。これは業界内やシネフィルたちに周知される映画史に残る有名なシーンだそうで、初見の際には自分も驚いた記憶がある。といふかそれしか覚えていないと言ってもいいくらいのインパクトだった。

(※ユニバーサル社のロゴが10秒程度流れるので実質的長回しタイムは3分10秒となる)

 *爆裂弾からスタート*
 *クルマに仕掛ける*

 *カメラが追いかける*

 *ヘストン夫妻が右隣に*

 *国境検問所を通過*

 *この人の顔を見るのも最後*

 *爆烈音に吃驚*

~~~ここまで3分10秒~~~

 

ところで、“長回し”と言へばすぐに思い起こすのは誰あろう相米慎二監督ではなかろうか。
『セーラー服と機関銃』(81)では望遠の固定カメラで延々とビルの屋上の彼女を撮り続けた。人気絶頂の薬師丸ひろ子を主役に迎えたにもかかわらず、遠くて誰だか判別できないほどだった。

Dr.ストレンジラヴの系譜『セーラー服と機関銃』は佐藤浩市へと連なる


『雪の断章-情熱-』(85)は打って変わって冒頭から長回し。しかも『黒い罠』同様カメラは往ったり来たり上ったり下ったり、と多彩な動きを見せた。
やはりウェルズへのリスペクトからの発案だったのだろうか。


ちなみに「アメリカ国立フィルム登録簿」といふフィルムアーカイヴがある。発表から最低10年以上経った文化的、歴史的、芸術的に重要なフィルムが毎年最大25本登録されるシステムだ。本作は『アラバマ物語』よりも2年早くリスト入りしていた。


本日も最後までお読み下さりありがとうございました。

*ディートリッヒは友情出演か?*

 

監督・脚本:オーソン・ウェルズ

『偉大なるアンバーソン家の人々』『オーソン・ウェルズのフェイク』

撮影:ラッセル・メティ

『愛する時と死する時』『スパルタカス』『ザッツ・エンターテインメント』

音楽:ヘンリー・マンシーニ

『ティファニーで朝食を』『ひまわり』『ピンクパンサー』