“君にしとけば良かったなんて”:平松愛理 | 人生成功のアルゴリズム

人生成功のアルゴリズム

~鉄腕アトムを作りたかったその心は、正義と優しさと強さを作りたかった~


テーマ:
舌うち、ため息、聞いてて嫌なのはどっち? ブログネタ:舌うち、ため息、聞いてて嫌なのはどっち? 参加中

私は舌うち 派!

本文はここから

イライラは伝播します。だから、人の舌うちは耳障りです。それだけでなく、「俺、何かやった?」と自分を疑ってしまいます。だから、舌打ちはやめてほしい。
気をつけてはいますが、気にしてしまうのは、口をひん曲げて沈思黙考している最中に、思わず口に隙間ができて空気を吸い込み、舌打ちのような音がなってしまったときです。ちょっと周りを気にしてしまいます。

私はため息をよくつきます。ふう、疲れた~とか、ああ、まったくもうとか。
ため息の数だけ幸せが逃げると言ったのは誰なのでしょうか。
ため息にも、はあ、ふう、ああ、など何種類かあり、深刻なため息というのは、深い。

♪ああ君にしとけば良かったなんて
♪ちょっと失礼じゃない!?

平松愛理の“君にしとけば良かったなんて”のため息は、ああです。これは後悔を意味します。
後悔とは、感情を表す言葉です。人は、感情を言葉で表せないとき、ため息をつくのではないでしょうか。

ため息の数だけ幸せが逃げる
この言葉は、あまり信じない方が良いのではないかと私は思います。
言葉にできない感情を、さらに封じ込めようとする躾がましい迷信なのではないでしょうか。
ため息は、ときにサインです。
先日、自殺白書が提出されました。自殺者遺族は、サインのようなものを感じながらも、それを見過ごしていたという事実が浮かび上がってきています。

深刻なため息というのは、気分転換で治るようなものじゃない。根本的な問題を見つけだし、解決する必要がある。
「気分転換にカラオケでもいかない?」
なんて言われても、何の問題の解決にもならない。むしろ、問題解決の時間を奪われ、迷惑な場合だってある。

私の個人的な意見を言えば、相談にのって欲しい。
だけれども、どんなに相談にのってもらっても、問題の解決に至らないことがある。堂々巡りで同じことを言われていたり、やはり問題の核心に近いのは自分の考察であることに気づいたりします。結局、ひとりで悩みを抱え、考えなくてはならない。

報告、連絡、相談を総称して、報連相(ほうれんそう)と言われます。経験的なことを言えば、相談というのはあまり当てにならない。
「それ、あなたの仕事でしょ。自分で考えてよ。」
こう言われているのも同じ。もしくは、仕事が畑違いのため、やはり、問題の核心に迫ることができるのは、仕事の当事者だけということだったりします。

「悪いけど、一人にしておいて」
こう言ってくれるのは、まだ心に余裕がある証拠。
けれども、
「誰か、相談したい人いる?」
こう聞いてあげれば、人脈で支援するよと言っているのと同じなので、当事者としては、少しほっとするのではないでしょうか。

舌打ち、ため息、聞いてて嫌なのはどっち?
ため息を嫌うというのは、私はどうかと思います。
感情は原始的なものです。大脳で抑え込んでしまうと、恐らく自律神経にまで支障をきたすのではないか。その結果が自殺という1つの形をとってしまう。そんな気がしてなりません。

舌打ちだって感情の表れだと言う人がいそうですが、舌打ちは外向きの感情です。それこそ、カラオケで気晴らしできる。ため息は内向きの感情。自分に否があると思えばこその感情でしょう。それを押さえつけては、感情の逃げ場がないというのが持論です。

MY DEAR/平松愛理
¥2,854
Amazon.co.jp

ペタしてね 読者登録してね フォローしてね





舌うち、ため息、聞いてて嫌なのはどっち?
  • 舌うち
  • ため息

気になる投票結果は!?