三つの銀時計
「絵画で見る戦争」シリーズで、伊原宇三郎氏の「特攻隊内地基地を進発す」をこのブログで紹介した時に、そこに描かれた陸軍の特攻隊、殉義隊のことを書きましたが。

『絵画で見る戦争「特攻隊内地基地を進発す」』伊原宇三郎氏の「特攻隊内地基地を進発す」東京国立近代美術館で開催中の「記録をひらく　記憶をつむぐ」展（2025年10月26日まで）。東京国立近代美術館が所蔵し…

その殉義隊に志願してフィリピンで特攻戦死した若杉是俊（これとし）少尉（戦死後、大尉）。陸軍の航空将校でした。

この若杉少尉（以下、戦死後進級前の「少尉」で通します）は、陸軍のエリート中のエリート士官で、将来を嘱望されていた青年でした。
陸軍の学校では卒業時成績優秀者に「恩賜の銀時計」が渡されます。若杉少尉は、陸軍幼年学校、陸軍予科士官学校、航空士官学校で、恩賜の銀時計を拝受しているというすごさ。三つも恩賜の銀時計を拝受するほど、超優秀だったのです。
頭よし、姿よし、顔よし、おまけに性格よしと、すべてが揃った青年、若杉是俊。
「若杉は別格だ」と同期生に言われていたそうです。

また、フィリピンに飛び立つ前経由した台湾で、特攻隊員仲間は「俺たちは死んでもいいが。この若杉だけは日本のために生きてほしい」と言っていたそうです。それくらい優秀で才能に溢れ、人格も素晴らしい方だったのでしょう。

しかし、彼は自ら血判した志願書を上官に提出して特攻隊員となり、殉義隊の一人として隼を駆って、フィリピン、ミンドロ島のアメリカ船団に突っ込んだのでした。

特攻隊に熱烈志願
若杉少尉の生涯については江守敬治著『銀時計の特攻　陸軍大尉若杉是俊の幼年学校魂』（文芸春秋）に詳しく書かれています。

そして、私は先日朝霞自衛隊駐屯地の広報センター「りっくんらんど」のある陸軍予科士官学校の建物「振武臺記念館」を訪問してきたのですが、そこに若杉少尉特集パネルがありました～！この「振武臺記念館」については、後日詳しく報告したいと思うのですが。

↑振武臺記念館（写真はWikiからお借りしました）

若杉家はもともと熊本の農家で、若杉少尉の父親が兵庫県で警察官をしていたそうで、若杉少尉も兵庫県の生まれ。
広島の陸軍幼年学校を卒業した後、陸軍予科士官学校（兵科に行く前の基礎教育）に入学。57期生。この時の陸軍予科士官学校の校長は、沖縄で自決する牛島満中将でした。

陸軍予科士官学校の後は、陸軍航空士官学校へ。
若杉少尉が陸軍航空士官学校を卒業したのは1944年（昭和19年）3月。

既に太平洋戦争の戦況は日本に明らかに不利になっていました。
航空士官学校では「遠距離戦闘」科を選んでいます。

航空士官学校を卒業後、茨城県にあった明野陸軍学校水戸分校に入り、訓練を重ねます。
1944年（昭和19年）9月に、若林少尉は水戸分校を繰り上げ卒業し、そのまま水戸分校で教官として勤務していました。優秀な方が教官として残されたのでした。その頃には水戸分校は「常陸教導飛行師団」と名称が変わっていました。

実は、1944年（昭和19年）9月という時期は、陸軍が特攻やむなしと決断した時期でした。追い詰められた戦況下で「もはや航空特攻以外に戦局打開の道はない」と陸軍参謀本部は決定し、陸軍航空本部に特攻隊の編成を命じたのです。

そして常陸教導飛行師団にも、フィリピンへ出撃する特攻隊編成の命が下ります。
若杉少尉は志願書に血判を押して熱烈に特攻に志願します。

「師団長閣下へ、血判忘れまじ。名を思うべからず。身を思うべからず。唯　上御一人を念じ奉るのみ。唯　皇国を念ずるのみ」
「父上様　母上様　是俊はやります」

と、若杉少尉は日記に記しています。

常陸教導飛行師団からは、八紘隊の第二隊「一宇隊」と、第十隊「殉義隊」の２つの特攻隊が編成されます。一宇隊の特攻隊長が栗原恭一中尉（航空士官56期）、殉義隊の特攻隊長が敦賀真二中尉（航空士官56期）で、二人とも、常陸教導飛行師団の教官を務めていました。

昭和19年12月3日。若杉少尉を含め殉義隊は水戸を飛び立ちます。
しかし、整備不良で大破する機があり、不時着する機あり、接触事故で墜落する機ありで、次々と事故が起こります。

海軍の特攻機は洋上飛行に慣れているし、艦船攻撃も要領を把握していたけれど、陸軍の特攻隊は洋上飛行の経験が乏しいし航法も慣れていないし、海上の船などを撃沈する訓練はもともと受けていなかったので、これを訓練で補おうとしたわけですが。陸軍の特攻機がフィリピンに渡って海上のアメリカ艦隊に体当たり攻撃するという作戦自体にかなり無理があったのではないかと思います。フィリピン現地の戦場にいた陸軍の飛行隊ならまだしも。若杉少尉達、常陸教導飛行師団は優秀なパイロットが揃っていただろうけれど、日本内地で先生をしていたわけですから・・・。

そして、若杉少尉は、実戦を経験していないのです。日本外の戦地にも出たことがなかったのです。これは殉義隊の隊長、敦賀真二中尉も同じで、アメリカ艦隊を攻撃はおろか見たこともなかったのです。アメリカ戦闘機と対戦したこともなかったのです。
ただ、訓練に訓練を重ねた技術と、日本や家族を守らなければという切実な思いで、特攻隊として出撃していったのです。

殉義隊は水戸を飛び立った後、新田原基地、沖縄、台湾と経由して、機数を減らしながら、なんとかフィリピンに到着。途中で故障機や事故機を出しながら、やっとフィリピン・ルソン島の基地に着きますが、殉義隊の機数は5機に減っていました。（誘導機はついていなかった・・・）
そして、昭和19年12月21日、ミンドロ島付近のアメリカ輸送船団に突入して戦死しました。

日本陸軍の発表では「輸送船二隻、巡洋艦または駆逐艦一隻を撃沈、輸送船四隻を撃破」としていますが。
アメリカ側の記録では「戦車揚陸船が沈没、駆逐艦が損傷」となっています。

特攻に出撃する5日前に書かれた両親向けの若杉少尉の最後の手紙には・・・

「思うに敵大船団を見付けて「ソレ」と突っ込む時の心境　唯、唯一物　空と考えます。ニッコリ笑えると思ひます。神様の様な心になれるでせう。　そして驀進。
うなる爆音　消えゆく後に　燃えて沈むよ　敵空母」

と書かれています。

相手は空母ではなかったけれど。
フィリピンの制空権も制海権もアメリカ側に奪われて、アメリカの艦隊の上空は戦闘機の群れが掩護で飛び回っていた中、海上攻撃が不慣れな陸軍の戦闘機が、よくもアメリカ船団に接近できて攻撃できたものだと思います。

若杉は不幸にして恩賜だった
フィリピンで実際の戦場を見て、戦争の実態を見て、若杉少尉はどう思ったのだろうか。
それを記した日記や手紙はありません。

『銀時計の特攻　陸軍大尉若杉是俊の幼年学校魂』を書く際に江森氏が当時の若杉少尉をよく知る飛行隊の人に話を聞いたそうです。そして尋ねたそうです。「なぜ、あれほど優秀な若杉少尉が特攻に血判を押してまで志願したのか？」と。
その方はこう答えたそうです。

「昭和19年秋の日本の状況をよく考えてください。あの日本の状況下で水戸のトップが、同期の恩賜の銀時計組が、特攻隊への希望を聞かれて、否と断れますか。その立場に立った者の責任ですよ。それは若杉にとって重圧だったと思います。しかし、トップにあった者の責任感だったと思います。私は『若杉は不幸にして恩賜だった』と思っております。それが若杉が、特攻隊を熱望した理由だったと思っております」

戦況が悪化していく中の使命感。責任感。圧迫感。焦燥感。
そういうものを現代の私達が実感することはなかなか難しいけれど。
若杉少尉の心は「自分がやらねばならない」という思いで固められていたのでしょうか。
若杉少尉のような優秀な方が生きていてくれたら。きっと戦後の日本の復興に大きな役割を果たしてくれただろうと残念に思う一方で、若杉少尉の純粋な気持ちに手を合わせたくもあります。

江森氏が著書の中で

元特攻隊員の間では「いくさの邪道」である特攻作戦と特攻隊員たちを峻別しようという考え方が一般的だ。それは「特別攻撃を敢行して戦死された方々には深甚の敬意を表すものですが、このような事態に追い込んだ陸軍中央部の指導には強い不満を持ちます」という考え方である。

と書かれています。

私も同じ思いです。

にほんブログ村

銀時計の特攻：若杉是俊大尉