戸山公園
新宿区の戸山公園。かって、陸軍戸山学校があった所。
早稲田大学戸山キャンパスの隣にある広大な公園。
東京23区の、しかも新宿区のド真ん中に、こんなに広い緑地があるのだあ~とびっくりしました。私、東京に住んで35年以上経ちますけど、初めて戸山公園にやってきました。
戸山公園にいくには新大久保駅や早稲田駅から行くルートもありますが。今回は思惑があって、地下鉄副都心線の西早稲田駅から行きました。なぜなら~西早稲田駅はミステリースポットなので一度訪れてみたかったからです。(このミステリーについては後述。戦跡には関係ない・・・いや、あるかも・・・??)
穴八幡宮
戸山公園に行く前に、穴八幡宮に向かいます。
南側の山裾を切り開いたら神穴が出現して中から金色のご神像が見つかったということで「穴」八幡宮と称されるようになったということです(その穴は現存するそうですが非公開)。
この穴八幡宮は戦跡ではないのですが、とにかく古く、由緒ある八幡宮なのでお参りしてきました。どれくらい古いかというと、神武天皇まで遡るのですよ~。「神武天皇遥拝所」の碑があります。
この「神武天皇遥拝所」は知る人ぞ知るパワースポットということで、心をこめて拝んでまいりました。
それから、鳥居の建立者の名前が、松本順先生~!松本順はもと松本良順。
新選組の隊員も診てくれて、近藤勇局長とも交流があった幕末~明治に活躍した蘭学医者、松本良順先生です。幕末は将軍侍医となり、徳川家茂将軍の治療もしたのですよね。良順先生はなかなか血の気の多い方で、戊辰戦争では幕府軍の軍医となって従軍。会津戦争後に仙台で官軍に降伏して一時投獄されたりしています。出獄後、大日本帝国陸軍の初代軍医総監となってますが。そんな良順先生がこの鳥居を建立したのですねえ。
穴八幡宮は、享保13年(1728年)に第八代将軍・徳川吉宗が、世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納したということで、流鏑馬の像が勇ましく建っています。
広大で清々しい八幡宮で、本当にここが新宿区なのだろうか?と思いますねえ。外国の方々もいらしてました。
戸山陸軍学校跡
さて、いよいよ、戸山陸軍学校跡へ。
穴八幡宮の向いが早稲田大学戸山キャンパスで、道路を挟んだ隣が戸山公園。
道路は「箱根山通り」。
戸山公園の中の高台、「箱根山」は東京23区内の最高峰(44.6m)ということで、江戸時代の昔から、結構高い「山」があると認識されていました。
明治になって、戸山公園一帯は、陸軍の軍用地になり、陸軍戸山学校が置かれます。
この陸軍戸山学校は、陸軍の総合的な教育機関で、戸山公園は陸軍の演習場となっていました。
碑文によりますと。陸軍戸山学校には戦術科、射撃科、教導大隊があったそうです。明治7年から70年に渡って、軍事の研究教育が行なわれました。
「箱根山」に登ってみました。


「ヤッホー!」と頂上で叫びたくなる(笑)。
でも、けっこう階段が急なんですよねえ・・・。

箱根山を下りた所に、戸山教会があります。
この建物が、陸軍戸山学校の将校集会所を土台としています。ここに陸軍士官達が集まって会談していたのかあ。海軍の士官室(分隊長以上の士官が集まる戦艦や空母の中の部屋)みたいなものかな?


この土台の部分や半円形の部分。
歴史を感じますねえ。
公園内には他にも古そうな石組みや壊れたコンクリートの残骸もあったのですが。
陸軍時代のものかはわからず・・・。
陸軍軍楽隊
そして、陸軍戸山学校には陸軍軍楽隊がありました。
陸軍戸山学校の野外演奏場跡。
- 外交・儀式での演奏で国のイメージアップ
- 国民の士気の鼓舞
- 戦時の兵士の士気の鼓舞
- 戦闘指示(ラッパやドラム、太鼓など)
だそうです。
現代の自衛隊にも音楽隊がありますものねえ。
日本陸軍では、陸軍戸山学校で軍楽教育が行われて、ここで組織された軍楽隊を陸軍戸山学校軍楽隊と呼んだそうです。
太平洋戦争中は各戦地に軍楽隊を送ったり、関東軍・支那派遣軍・南方軍にも軍楽隊を作ったそうです。
それから軍歌の作曲もしています。
「陸軍士官学校校歌」(1921年(大正10年))
赤き心に咲き出ずる~市ヶ谷台の若桜~♪

↑かっての陸軍士官学校(写真はWikiからお借りしています)
「飛行第64戦隊歌(加藤隼戦闘隊・加藤部隊歌)」(1940年(昭和15年))
エンジンの音轟々と~隼は往く雲の果て~♪

↑隼隊(写真はWikiからお借りしています)
1944年(昭和19年)には、軍楽隊をテーマにしたマキノ正博監督の『野戦軍楽隊』(松竹)という映画も製作されているそうですが、私は未見。
終戦を迎えて、陸軍戸山学校軍楽隊は解散となりました。
でも、山口常光さんという陸軍軍楽隊長であった方が、警視庁の音楽隊創設に参画して初代隊長に就任したそうです。
軍楽隊の歴史がこの戸山公園に詰まっているのですねえ。
西早稲田駅の都市伝説
さて。最後に、西早稲田駅の都市伝説をご紹介。

都市伝説好き界隈では有名なお話みたいですが、西早稲田駅には秘密の地下空間があると。
1階とB1の間にBという、エレベーターが止まらない階があり、そのBは何なのだ!?とザワザワしています。戸山陸軍学校が近くにあったということもあり(かっては戸山陸軍学校の地下にはトンネルがあった)、陸軍時代に巨大な地下トンネルが掘られているのではないかと、まさかの時に皇室や要人を避難させるための地下ルートや地下シェルターがあるのではないかとか、いろいろ憶測が飛んでおります。
そんなウワサの真相を確かめるべく、実際に西早稲田駅のエレベーターの乗り、確認してきました。西早稲田駅の2番出口のエレベーターです。地上に出ると、オリンピックがある所。


エレベーターには、確かにBがある!でも通過階であると言うことで止まらない。通過する時じっと目を凝らしてみたけれど、真っ暗な空間しか見えなかった・・・。3回乗ってじっとBのスペースを見てみたのだけど。それ以上乗ると、アヤシイ人認定されそうだったので、3回で止めておきました(苦笑)。
単なる機械室かもしれませんが(笑)。西早稲田駅、なかなかミステリアスです。















