ソロモンに散った海兵六十八期の名物男
私が大野竹好(おおの たけよし)中尉のことを知ったのは、豊田穣氏の小説を読んでいて、豊田氏の海軍兵学校同期として、よく登場していたからです。
その後、『零戦、かく戦えり!搭乗員たちの証言集』で、大野中尉が残した日記を読んで、すごい名文家だ!と感動したのが、大野中尉に魅かれたきっかけでした。大野中尉、もし戦争を生き抜いていたら、豊田氏よりもすごい作家になることもできたのではないだろうか。

艦爆乗りからアメリカ軍の捕虜生活を経て直木賞作家になった豊田穣氏はその生涯を通じ、海軍の仲間達について多くの物語を書いていますが、とりわけ自分の同期、海軍兵学校六十八期生についての思いは深く、彼等について書く時にペンが冴える、というか読む者の心を揺るがす作品を書かれていると思います。

(まあ、でも、豊田氏の作品の中には、時々、エロ小説かこれは!?と思うような18禁小説もあるのですが・・・笑)
 

大野中尉や豊田氏の海兵六十八期の搭乗員は、ソロモン戦線で多くが散っています。
豊田氏が『同期の桜 かえらざる青春の記録』で書いているところによると、海兵卒六十八期は、六十七期、六十九期に次いで、戦死率が高かったということです。

海兵六十五期 戦死者117名 戦死率62.5%
海兵六十六期 戦死者143名 戦死率65.2%
海兵六十七期 戦死者178名 戦死率71.7%
海兵六十八期 戦死者200名 戦死率69.4%
海兵六十九期 戦死者245名 戦死率71.4%
海兵七十 期 戦死者301名 戦死率69.6%
海兵七十一期 戦死者347名 戦死率59.7%
海兵七十二期 戦死者360名 戦死率57.6%

敬愛する宮野善治郎大尉が、海兵六十五期卒。
イケメンな笹井醇一中尉が、海兵六十七期卒。
やんちゃな菅野直大尉が、海兵七十期卒。
海兵卒といえば、当時の海軍エリートですが、戦死率は凄まじいです。
飛行予備学生十三期、十四期の戦死率も高かったけれど、海兵卒もどの期にしろ、2人に1人以上は戦死するという苛烈さです。

大野中尉も、昭和18年6月30日、ソロモン群島レンドバ島上空で敵機と交戦中に戦死しています。
 

典型的な戦闘機乗り
豊田氏によれば、大野中尉は、同期の中でも秀才でかけ値なしに頭がよかったそうです。
そして、末っ子的なやんちゃ坊主であったとも。
口も八丁手も八丁。効かん気で雄弁家。肝が太く押しが強い。

(なんだか誉めているのか、悪口なのか、よくわからんゾ・・・笑)
六十八期の名物男であったそうな。
「六十八期で何かを議決するときは、たいてい大野が委員長格で首をつっこんでいる」

と豊田氏は『同期の桜 かえらざる青春の記録』で書いています。
 

「芳名禄」には

「目から鼻に抜ける秀才とは彼のこと。気の強さも相当なもので、敏捷、活発、闘志あふれる行動派。典型的な戦闘機乗り。居眠りと漫画の名人でもあった」と書いてあるそうです。大野さん、居眠りしてたんですね・・・(笑)。

加えて、「繊細でエキゾチックな感じがする天草四郎的な美少年」(私的にはここ、思いっきりアンダーライン)であったと。
著作権の関係で写真を掲載できないのだけれど、大野中尉の写真が幾つか残っていますが、確かに、ものすごーく今風のハンサムです。問題起こす前の伊勢谷友介みたいなお顔しています。
名前が竹好だから「チクコウ」というニックネームで呼ばれていたそうです。

ラバウルで勇躍
飛行学生卒業後、大分航空隊で同期の鴛淵孝さんと共に戦闘機訓練を受け、昭和17年8月ラバウルへ分隊長の一人として着任します。数人の同期生も一緒にラバウルに着任します。
着任時、上司は笹井中尉で、共に戦っています。それから、分隊士として林喜重中尉(当時)がいました。
 

この頃は、ソロモンにおけるアメリカ軍の反攻が始まり、ガダルカナル島攻防戦が繰り広げられていました。昔のように敵戦闘機と一対一で戦うなんて時代ではもうなくなっていて、戦闘機は、敵基地や敵艦船を攻撃する爆撃機や雷撃機を守るために、編隊で敵戦闘機隊と戦うという状況になっていました。
激しい空戦の中、同期は次々に戦死。昭和17年8月26日、笹井中尉も未帰還となります。
ソロモン戦線は戦闘機、艦爆機の搭乗員が次々と戦死・未帰還となり、ソロモンは六十八期の墓場になっていきます。


そんな中でも大野中尉はめきめきと空戦の腕を上げ、昭和17年10月時点で個人撃墜5機、共同撃墜35機の実績をあげ、「若きリヒトホーフェン」と呼ばれ、笹井中尉の後継者と目されていました。
 

↓リヒトホーフェンや笹井中尉って誰??という方は、こちらを参考にして下さい。

 

 

二五一空に属し、意気盛んな戦闘機隊長として激烈なソロモン空中戦を戦っていきます。
大野中尉のこの頃の日記を読むと
「敵米英知るや知らずや、この精鋭我らの、この強烈無比なる第二五一航空隊の出現を。」
と書いてあり、意気軒高であったことがわかります。

泣きながら、皆、泣きながら戦っていた
その後も大野中尉は二五一空の零戦隊を率いて戦っています。

昭和18年6月18日のルンガ沖艦船攻撃では二五一空飛行隊長代理として、戦闘機隊を率いました。この時、艦上爆撃機隊がルンガ沖敵艦船を攻撃するということで、零戦隊は爆撃機を掩護する任務でした。
この時の戦闘の様子が大野さんの日記に書かれています。

「帝国海軍が世界に誇る必殺の急降下爆撃!凡百の姦悪を戦慄の坩堝に叩き込み、轟炸と、破滅と、火災と、呪詛の地獄に死滅せしめる恐るべき急降下爆撃!(中略)ただ、尽忠の鬼となって邁進する急降下爆撃機二十二機、その必殺の巨弾は投下された」

このルンガ沖敵艦船攻撃で確かに爆撃機隊は効果を上げたのですが、犠牲も大きかったのです・・・。掩護隊の零戦も、爆撃機隊も、多くの犠牲が出ました。
もう、壮絶です。大野さんの日記のこの部分を読むと、私はいつも涙が出てきます。

「右から左から、グラマンP39、P38等数十機の群れが津波のように次から次へと襲いかかってきた。今や、爆撃機を護り通すために、戦闘機は自らを盾とせねばならなかった。降り注ぐ敵の曳光弾と爆撃機の間に身を挺して、敵の銃弾をことごとく我が身に吸収し、火達磨となって自爆する戦闘機の姿、それは凄愴にして荘厳たる神の姿であった。」

「一機自爆すれば、また一機が今自爆した僚機の位置に代わって入って、そして、また、敵の銃弾に身を曝して爆撃機を護った」

「艦爆危うしと見るや、救うに術なく身をもって敵に激突して散った戦闘機、火を吐きつつも艦爆に寄り添って風防硝子を開き、訣別の手を振りつつ身を翻して自爆を遂げた戦闘機、あるいは寄り添う戦闘機に感謝の手を振りつつ、痛手に帰る望みなきを知らせて、笑いながら海中に突っ込んでいった艦爆の操縦者。泣きながら、皆、泣きながら戦っていた。」

大きな成果、しかし、大きな犠牲でした。

泣きながら、皆、泣きながら、戦っていたのです。

そして、大野中尉にも最期の時が訪れます。
昭和18年6月30日、ニュージョージア島南方のレンドバ島の連合軍艦隊を攻撃するため、ラバウルから陸攻隊が出撃。二五一空は、陸攻隊の掩護です。陸攻隊が雷撃に移ろうとしたところに、グラマン100機が襲ってきました。向かう零戦は24機です。4倍の戦力差。それでも零戦隊はグラマンを20数機撃墜しましたが、味方の零戦隊にも8機の未帰還が出ました。その中に、大野中尉も含まれていたのです。


大野中尉の日記は書きかけ、永遠に未完のままです。
 

個人撃墜数12機、共同撃墜45機。
大野中尉戦死後、鴛淵孝中尉(当時)が二五一空の零戦隊を率いていくことになるのです。

大野中尉の日記に描かれた搭乗員達
大野中尉は文章がうまく、日記にはいろいろ面白いことも書いてあります。
「ラバウルの魔王」、西沢広義上飛曹(当時)が、若手搭乗員をたしなめるシーンが書いてあって
「(敵機が)速いから逃げられたってなあ言い訳にはならないぜ。地上に固定している高角砲だって時速400ノットの飛行機を撃墜できるんだ。要するにやり方さ。戦争のしっぷりさ」
「ガダルカナルで自爆された笹井中尉なんか、80機以上も撃墜しておられるからな。それに比べりゃ俺なんかお話にならん。しかし、あんまり落とそう落とそうと焦るのは一番よくないよ。落とそうと思った時が落とされる隙のできた時だ。」
(この時西沢さんは既に50機以上敵機を撃墜している)
 

そうかあ。西沢さん、笹井中尉を尊敬していたのですねえ・・・。
 

大野中尉は、西沢さんはいつも絶対に自分の手柄は言わない、ただ若年搭乗員の教育には時として異常なほど熱心であると書いています。エース中のエースパイロットだった西沢さんはとても謙虚な人だったと聞きますけど、その姿が偲ばれますね。

それから、夜、南十字星を見上げながら士官搭乗員達が野外でよもやま話をする様子が書かれているのですが、その中で「とにかく人生の快楽、睡眠に如かずとは蓋しショーペンハウエルが喝破せし希代の名言に非ずや」と林喜重中尉が言ったと書いてあります。ショーペンハウエルなんて、林中尉、知的なのですね~。


大野竹好中尉を知るためにお勧めの本

『零戦、かく戦えり!搭乗員たちの証言集』零戦搭乗員会編(文春文庫)
やっぱり、この本に収録されている大野竹好さんの未完の日記が一番のお勧めです!
名文です!


『同期の桜 かえらざる青春の記録』豊田穣著(光人社NF文庫)
この本は豊田氏の海兵同期生のお墓を訪ねる巡礼の本です。144~157ページが、大野さんについて書かれた部分です。

ただ、この本絶版のようです。私は古本屋さんで手に入れました。


 

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