菅野直大尉には、たくさんの逸話があるのでご紹介したいと思います。
もはや伝説と化し、事実かどうか、あるいはデフォルメされているのでは?と思える話もあるけれど。
その場にいた人が書き残した書物から確認されているお話を中心に紹介してみましょう。
練習機で教官あおり運転
秦郁彦著『太平洋戦争航空史話 下』の「三四三空始末記」に書かれている話ですが。
菅野さんが飛行学生時代に格闘戦訓練で教官の飛行機に突進しすぎて空中衝突を起こしかけることたびたび((;^_^A)
それで、教官達は命が幾つあっても足りぬと菅野さんとの訓練飛行を敬遠したとのこと。菅野さん、既に、めちゃくちゃです・・・(苦笑)。
ちなみに。秦郁彦先生、この本の中で菅野さんの名前、間違えてます~!!(怒)。菅野直なのに、菅野正になっている!(311ページ)。菅野さんファンとしては、再販時に修正お願いしたいです!
まあ、秦先生はこの本の中で「海軍有数の撃墜王」だと菅野さんを評しているから許しますけど・・・。
手術を麻酔なしで受ける
菅野さんのことを書いた本にはすべてこの話が出てくるのだけど。この手術が盲腸手術だったのか、戦闘負傷の手術だったのか諸説あり。盲腸だったらすごいけど・・・。とにかく意地を張って、手術を麻酔なしで受けた・・・。菅野さん、やっぱり、めちゃくちゃです・・・。
一回でB24を2機撃墜
昭和19年7月、フィリピンのヤップ島上空で空戦中、菅野さんは、衝突上等の勢いでB24に上空からつっこんでいき銃撃(この時に例の前上方背面垂直攻撃をやったらしい)、それを回避しようとしたB24が他のB24にぶつかり墜落。1回で2機撃墜する離れ業をやってのける。これは、「デストロイヤー 菅野直」でも紹介したように、豊田譲著『新・蒼空の器』の「春の嵐 菅野直の生涯」で、戦後、アメリカ戦略爆撃調査団の中に、昭和19年7月、サイパンからパラオを空襲に行ったB24爆撃機の指揮官がいて、いっぺんに2機のB24を墜としたヤップ島零戦の指揮官カンノに会いたくて探していたというお話を紹介しました。
マバラカットで着陸飛行場を間違え嫌味を言われてプッツン
昭和19年10月、零戦を受領してフィリピンのマバラカット島に運んだ菅野さん達。マバラカットは初めてだったので、飛行場を間違えてしまいました。そこの司令は何のねぎらいの言葉もなく、「馬鹿者!自分の飛行場を間違うとは何事か!」と叱責。菅野さんは急いで離陸しますが、離陸する時、零戦のお尻を司令部に向けて飛びたちました。司令部の将校達に土砂はかかるわ、テントは吹き飛ぶわ・・・。これはあえて菅野さんが意図してやったのかは不明ですが・・・いえ、やっぱり、わざとですよね・・・(苦笑)
上司にピストルぶっぱなす
レイテで特攻隊の掩護と戦果確認として飛んだ菅野さん達。帰還後指揮所へ行きアノ中島正飛行長に戦果報告。中島飛行長のひどい言葉に(そんなすごい戦果信じられない、本当につっこんだのか、本当に確認したのか、戦果が大きすぎるじゃないかなどと、のたまったという・・・)菅野さん、ぶちぎれる。拳銃音がした後、指揮所から菅野さんが降りてきた時、足の指にけがをしていて、部下の笠井さんに「肩を貸してくれ」と頼みます。「飛行長が失礼なことを言ったのでついカッとなって拳銃に手がいった。自分の足を撃ってしまった」と菅野さん。これは笠井智一さんが戦争を生き抜き、手記を残してくれています。(笠井智一著「第二神風特別攻撃隊忠勇隊を掩護して」『零戦、かく戦えり!搭乗員たちの証言集』(文春文庫))
中攻操縦して敵機を振り切る
セブ島からマニラへ中攻(中型の陸上攻撃機)で運ばれている途中で、敵機に襲われてもう駄目かと思われた時、菅野さんが俺が操縦する!と操縦を代わり、敵機を無事振り切ってルパング島に着陸。
ちなみに、ルパング島で救援が来るまで、「俺は日本のプリンスだ」と現地住民にいってお気楽に過ごしていたという伝説もあります・・・。
これらの逸話が示す通り、菅野さんって、海軍兵学校卒の海軍士官っていうより、戦闘機パイロットの親分って感じですね。
「全身肝っ玉の固まり」と言われたそうですし。(秦郁彦著『太平洋戦争航空史話 下』の「三四三空始末記」)肝っ玉=ファイティングスピリットですよね。
だからこそ、平野耕太先生も漫画「ドリフターズ」で菅野さんを異世界に飛ばして、バカヤロー、コノヤローで大暴れさせたのでしょうね。
菅野さんを主役にした漫画としては、須本壮一先生の『紫電改343』があります。こちらも感涙もの。絵のタッチが男子向けなのですが・・・。
菅野さんとご対面したい場合、靖国神社の遊就館にいくと、例のやんちゃな菅野さんの大きな写真が飾られていまあす。菅野さん愛用の財布も展示されています。財布はわりと普通の作りの財布でしたね、菅野さん。
しかし・・・菅野さんの写真だけ、なぜにこんなに大きいのか!?
菅野さんを含め三四三空のリアルな戦闘ぶりを読みたいという方には高木晃治・ヘンリー境田共著『源田の剣(つるぎ) Genda’s Blade 米軍が見た「紫電改」戦闘機隊 全記録』がお勧めです。
米国側の戦闘記録を丁寧に調査し、米国軍が見た紫電改部隊の活躍を描き出したノンフィクションです。文献一覧までいれて638ページの大作です。しかも、1ページ上下二段組み。読了には結構時間がかかります・・・。
しかし、『源田の剣』とは、うまいタイトルをつけたものです。
そして、この本の最後には、昭和54年、愛媛県南宇和島の久良湾の海底に沈んでいて引き揚げられて「紫電改展示館」で展示されている紫電改について書かれています。その紫電改は誰が操縦していたものだったのか・・・。
これについては、また別の機会に紹介したいと思います。
菅野さん、本当に異世界にスリップして、バカヤロー、コノヤローで、大暴れしているといいなあ。
なんだか、そう思っちゃいます。

