カウンセリングに来られる方は
「わたしはメンタルが弱いので」
とおっしゃることが少なくありません。
そして
「もっと強くならなければ」
「メンタルを鍛えなければ」
と、おっしゃる。
「メンタルが弱いんだ」
「メンタルを鍛えろ」
と、度々耳にしてこられたんでしょう。
メンタルが強ければ傷つきにくいはず・・
だから、鍛え方が知りたい!
ということでお見えになるのだけれど
そういうことではないんですよね。
そもそもメンタルが強い、弱いなんて
表現としていかがなものかと、わたしは思います。
繊細であれば、さまざまなことに気づきやすいし
キャッチしてしまうもの。
鈍感で気づかなければスルーするものを
キャッチするから反応するわけです。
わたしはスギ花粉のアレルギーなので
春先は、くしゃみや鼻水が酷くて目も痒くて・・
ですが、わたしは粘膜を鍛えようとは思いません。
スギ花粉に反応しない粘膜にするために鍛えるなんて馬鹿げています。
それよりも
花粉症だと認めた上で対策を講じるのが現実的です。
「粘膜を鍛えろ」なんて強要されたら迷惑です。
メンタルにも同様のことが言えると思うんです。
メンタルを鍛えるというのは、鈍感になれということで
元々繊細な人が鈍感になるなんて無理です。
繊細にキャッチしたことを、どう捉えるかで
傷つかずにすむことだってありますから
捉えなおしてみることは有効ですが
繊細さをなくし、鈍感になるなんてことはできません。
繊細に反応するのだから
その繊細さを認めた上で対策を講じる。
これでいいわけなんですよね。
そうそう、その対策のひとつとして
知識をつけるという手もあるという記事を先日書いたところでした↓