mAmIのありったけ嫵露颶 -2ページ目

mAmIのありったけ嫵露颶

ことごとく中途半端。ですが思いは成り立つコトを得意としていません。これは私のありったけです。キレイに見えるモノもすべては不純物の集合体でしょ?矛盾ばかりの世界、誰もが救われるようになってます。自分の正義を信じましょ。

先日、初めて
ジャパハリネットのLIVEに行って来た。


解散LIVEに行けなかったのを
死ぬほど後悔した2007年
あれから10年

ライヴハウスに入る事に
抵抗がなくなるなんて思ってもなかった。

再結成なんて予想もしてなかった。

歌詞を覚えていられるなんて
思ってなかった。

最初の3曲ギャン泣き

1曲1曲が全力投球 完全燃焼
すんげぇ
としか表現できない。
アンコールの前にお腹いっぱいになった。

生きててよかった。
来てよかった。
心からそう思える私でよかった。



ここ最近、

【ゆるす】
って言葉をつかってる。

きれいな言葉で言うと
ゆるすって表現になる。

だけど、ある意味、
【あきらめる】
とゆーコトだったりする。

あきらめるって言葉は
めちゃくちゃ抵抗がある。

だから優しい言葉を使いたかった。

表現する言葉だけでも
きれいであって欲しかった。

でも、しっくりきてなかった。

しっくりこない言葉は
何度も色んな言葉を使って接続し直す。

でも、ムリがある。

心をカスりもしない言葉を使い続けるのは
自分にウソついてるみたいで
めっちゃ しんどい。

だから、わたしは
相手がスラスラ喋ってる言葉を一切信じない。




2017年も残りわずか

2017年が終わっても
人生が終わるワケではないと信じたいです。


今年
まさか、

食べ物を受けつけなくなる日が来るなんて
思ってなかったし、

熱があるのが当たり前になるなんて
思ってなかった。

おしりの肉がなくなって
座ると尾てい骨があたって、
座り続けるコトがキツくなるなんて
思ってなかったし、

鎖骨の下の骨が肉の上から
見えるようになるとは思わなかったし、

今世紀最大量のニキビに
襲われるとは思ってなかったし、

顔が硬くなるなんて思ってなかったし、

枝毛ができるなんて思ってなかったし、

冬でもないのに
手がカサカサすると思ってなかったし、

ササクレの
キレが悪くなるなんて思ってなかったし、

立っているだけで疲れる
座っているだけで疲れる
こんなに生きるのが大変になるなんて
思ってなかった。


体力なんて当たり前にあるモノだったから
体力つけるために
何からしたらいいのか、
何が今の自分にできるのか、
考えるコトすら出来なかった。


考えるコトが出来るようになっても、
それを実行するコトが出来なかった。

頭の考えと、心の叫びと、体の不自由さ
すべてをとりまとめてるのが私だと体感した。

頭では 起きなきゃ
心は ボーっと
体は 動けない

頭は理由を求め、
心は鳴らなくなり、
体は立っても座っても
フラフラして中心がなくなった。


相手の気持ちも大事にしたい
でも
その前に私が私であるのが大前提。



何日か前に
車から降りようとして
外に足を出した瞬間
意識が フッ と飛んで、
もれなく地面に腰を強打

大丈夫?どうしたの!!!

ってゆー、甲高い声で我に返った。

一緒に母も居たからよかったケド、

これ、1人で居たら
のたれ死んでたんじゃないかと思う。

かがむ、しゃがむ
座る、立ち上がる
くしゃみ、咳
寝る、起き上がる
全部が腰にくるorz

手っ取り早く言うと、

おばあちゃんになりました。

【絶賛お年寄り体験実施中】

笑えませぬ。
腰大事。

ここまで一気に老け込むと、

死ぬまでにしたいコトって
なんだろう?

って考えるもんです。はい。



今自分でいっぱいいっぱいな私は
誰かを気遣ったり、
誰かに頼ったり、
人との循環において
何も許可できずにいる。


生きてる
と感じるコトがツラい。

何かする度に
生きてる実感が湧いてきて、
嬉し過ぎてツラい。


人ってどうしてこんなに
あったかいのかと
感じ過ぎてツラい。


何ヶ月ぶりかわからない
LUVのLIVE
あの空間
ホントに癒し。

最後の1曲に間に合って
ホントによかった。

そして、案の定
帰りの電車は遅延w

知ってますよ💡
わかってますとも💡💡
電車は
帰りたくないッ
てゆー私の気持ちを
いっつもいっつもいっつも
いっつもいっつもいっつも
いーーーっつも汲んでくれてるコトを……


だからムリしてでも車で行かなアカンのだ。


MASATAKA氏の髪の毛がふわふわしてて
SATORU氏の髪の毛が黒くてツヤツヤしてて
DAISUKE氏の髪の毛が神々コウゴウしくて
KIKURI氏の髪の毛が刈り込んであって
生で拝見&拝聴
わちゃわちゃして
幸せ過ぎて死にそうでヤバい
わたしの脈 おちつけ 熱い



感情が ブゥオワァーーー
ってなる。
鳴ってる。
言葉を発したくなる。
思いを言葉にしたくなる。
誰かを傷付けるかもしれない
傷付いたと知ったら
それに耐えられないクセに

頭から
心から
カラダから
魂から?

いろんなところから
音が聞こえる。

ごめん。
フタをしたい。

全部聞き入れられない。

全部言葉にしてるうちに
私が消える。


初めて行ったLUVのLIVEを思い出した。
あの時の対バンでもそうだった。

心をゆるめてくれる存在。

だから、その後のアーティストで泣ける。

後日、泣いたアーティストのワンマンに行っても2度目がないのは当然のコトなんだ。
と今更ながらに気付いた。

幸せって感じてイイよ。

どうしたら
この心が誰かの声を聞き入れるようになるのか

いつになったら
この心がやわらかくなるのか

この心が満たされなくなったのは
いつからか

さっぱり わからなくなった。


これは
幸せな迷子の御話。



挑発されなきゃ爆発しないし

誰かの心に触れなきゃ
自分の心にも届かないんだなぁ……


あーあ、

悩みは抱いてみるもんだなぁと思った。



私の思いに 私が触れなければ

誰が触れるコトもない。


私の考えを 私が口走らなければ

誰が口出すコトもない。


それでも生きていける。
無難に。平穏に。


ああ言えば

こう言う。


そう言えば

そう言う。


だから、

許容範囲のコトしか言わない。









おもしろいね  それ。




おもしろいね それ。




すっごく、

おもしろいよ。

それ。



はい。
ムダにサイズをイジってみたくなるお年頃です
わたくし笑





どこからどう見ても

文字にしか見えないSNSの言葉たち


ただの文字



心なんて入ってないし

心なんて込めないから

心なんて込めてもらえない。




ヤバい。

ウケる。



あぁ

心を差し出すって

コワイ事なんだなぁって。




心を差し出すって

相手の読めない心を引き出すから、

とてもコワイ事なんだなぁって思った。




私にとって、
心に明かりを灯す勇気とは
心を言葉にするコトでした。


全部ホントだから
誰かに届くし、
ウソイツワリないから
誰かに刺サル。



はいはい。
今年はトリ年ですよ。

鶏が無性に食べたくなるし、
サル
トリ
イヌ 年
と続く桃太郎伝説の鬼退治の途中ですよ。


自分の中の 鬼
言わば悪と戦わざるを得ないワケで
一生懸命です。それぞれ。はい。


横道にソれても戻ってくるのは
自分自身

イヤでもココしかないんです。


戻ってくる度にスキが増えたらイイのに。
って思う。


文字が言葉に見えたり
聞こえたりするのは
心で話してるからだよ。


熱かったり
冷たかったり
悲しかったり
嬉しかったり
直接理解できる言葉はもちろん、
その言葉に隠れた意味とか
誰かしらに教わって、
まだ自分のモノに出来てない言葉も
使い方ぎこちなくて、
自分らしさ欠けてても
それでも
愛おしいと感じる?



愛を イト と読むのにも
ちゃんとした イト がありそう。

意図は愛だった。



1年前
『人間は忘れる生き物です。
(省略)
きっと これからも
思い出さなくなるコトは多々あっても
何があっても応援してくれてる人 いたな…
辞めてからも幸せ感じてます。』

ってSATORUさんの言葉に
私も幸せを感じられた時間だった。

あれから1年ですか、

長かったなぁ。
すっごく長かったよ。

今の現状
半日頑張ると3、4日寝込んで潰すから
4日で1日みたいな感じ
って、どんなだ←
だから日にち見て、曜日見てビックリする。

火曜日深夜のよしもと新喜劇と
土曜日のコナンが曜日感覚の基準。
その2つスッ飛ばすと
日曜の『めぐるめく季節の中で』のXOY配信
言葉の重みと如実にタイムリーに交わる感じが
もうね、耐えられない。



出逢うべくして出逢い、
それに伴う感情のすべても また
あたらしい自分との出逢いに繋がる

今10月とかホント信じられない……


そして、心のストッパーが
歌詞に共鳴して役目を終えるコトを初認識した。

湧き上がる思いって
伝えたくなる。




早くLIVE行きたい
翻弄されたい

のに

やりたいコトと
できるコトの差がエグい

ココからでも
何かを学び 何かを見出せるの?
ホントに?

疑いしかなかった。

できてたコトができなくなるのって
こんなに自分自身を許せないんだ
ってゆー気付き と、

受け入れるって
どうやるんだ?

ん?

もしかして
今まで
何も受け入れてこなかったのか疑惑発生



こんな私にでさえ
世界は優しい。

ハードルは下げてもイイ

拒んでるのは
いつも私

出来てた私にもどりたいか?
ってゆーと
そうでもない。不思議。

出来てた私が嫌いだったから
出来なくなったのかも。

嫌いな私じゃなくなったからって
好きとは違う。不思議。

じゃあ、
どんな私なら好きなんだろ?

って考えあぐねているとこ。


するコト許すし
したくないコト許すし
諦めが肝心

言うもヨシ
言わぬもヨシ

それでヨシとする

しょうもな
って切り捨てオーケー

ハラワタ煮えくり返ったら
煮えくり返しすぎて
爆笑できるまでもってく。

ハードルだいぶ下がったケド

なくせるんかな???

と、思った瞬間


今フラットに出来ても
見方が変わっただけ。
だとゆー事実に苦しくなった。


何も変わってないコトに
いつか気付いた私が
フラットではなくシャープにして
絶望に置き換えてしまう日が来るかもしれない。

誰しもそう。


こわいのは、
誰かが変わるコトじゃなくて

見方が変わってしまうコト。

今は
見ないようにすれば済ませられるコト でも、
いつか
心を欺いてきた卑怯な自分自身に出逢う日が来る

直視できない
向き合えない
そんな弱さを
受け入れる勇気なんてない自分自身がまた、
見ないようにすれば済ませられるコトにする。


心に出逢うのは
とても
こわい。