数日前、
天気が荒れてた。
夜のカミナリに何かを照らされて
雨は強弱をつけて何かを伝えてて
日中は風が音を立てて吹いてた。
それに左右されるコトなく私は
カタチになりそうな気持ちを
走らせてた。
単語に含まれる
思いや
自身の物語りを
思い出しながら
単語と単語をつなぐ意図を
感じながら
私が私に宛てた
手紙
いつか読み返したトキに
何かの手掛かりか
何かのカギになるコトを願ってた。
いまのわたしが
いまのわたしだから
表現できるコトを
と思って辿り着いたのが
怒りって素敵だ
だった。
怒りを手テバナシ話て
文字にして
見つめて
心からそう思えた。
私の文字は
誰かに対して言っているように
聞こえるかもしれないケド
ぜんぶ自分に言ってるんだ。
言い聞かせてるんだ。
言葉の
意味がちゃんと理解できるまで
言葉の
真意が心と本音と繋がるまで
何度も。
心の声って自分の中にだけ響く音
誰も触れない。
でもね
共鳴はできるハズだと
思ってる。
男女を越えて。
喜びで共鳴するのか
怒りか
哀しみか
楽しさか
その共鳴は
どちらか1人が昇華したら
終わりが来て、
どちらが先に昇華できるかの勝負であって、
私にとって
競い合うモノでしかなかった。
でも、
喜び
時に怒り
哀しみ
楽しさ
むなしさ
自分自身の中だけに留めていたモノを
お互いに理解し合えるように
自分自身の中の思いを
文字にして
言葉にして
時に音楽に乗せて
表現するコトで
ひとりじゃないって共鳴して
誰にだってある思いだ
って認めて
お互いに居場所を作り続けて
存在を許し合っていく
それが
生きていくコトなのかな?
って思って
文字にして自分自身を理解して
伝えよう
伝えたい
って今 思ってる。