勢い余って『ふとどき日記』再upシリーズ第3弾。

 これはつい最近のお話ですな♪

 2010年10月5日の記事です。





   【照和。】

 本日、不肖・ふとどき、『照和 My Little Town/KAI BAND』 を観て来ました。
 福岡先行ロードショー。
 一週間だけ。一日一回、21:10からのレイトショータイム。
 舞台挨拶つきの初日は嫁さんが夜勤日だったので泣く泣く我慢して、やっとこさの今夜。
 嫁さんの「自分ばっかり好きなことして! 帰ってこなくていいよ!!」の台詞に逆ギレしつつ、心の中では平謝り。


 俺の原点。新たなエネルギーを分けて戴いた90分。
 よっしゃ! ヤル気が満ちて来た♪



ふとどきな部屋・別館

 
 帰る前には一枚パシャリ。
 やっぱり撮らずには居られませんでした♪


 調子に乗っての『ふとどき日記』再upシリーズ第2弾です。

 今日は2009年の1月11日記事【幸福の黄色い鳥。】と1月12日記事【ピーコ。】を続けてどうぞ。

 我が家の中心に居た黄色い鳥さんのお話です。



   【幸福の黄色い鳥。】


 気が付けば、嫁さんと俺との間にはいつも幸福の黄色い鳥が居た。

 ピーコ・・・・・・・・・平成二十一年一月十一日 午後四時、永眠。

 嫁さんと俺の手の中で・・・。

 6歳と約2ヶ月。
 ごめんな、ピーコ。護ってやれなくて。
 そして沢山たくさんありがとう。



   【ピーコ。】


 多分、この『ふとどき日記』を読んで戴いた方には、“ふとどき”こといわもとあきらはとんでもなくポジティヴでプラス思考の男のように思われているのかもしれない。
 下手をするとうちの嫁さんまでが「能天気な男」扱いしてくるのだから、無理もないことだろう。
 だけど、実際の心根は違う。
 マイナス思考の塊。悪い方向に物事を考えることは、誰にも負けないかもしれない。じゃなけりゃ、物書きなんて志望するはずがない。“BAD”な結末や過程を考え始めたらキリがないし、“HAPPY”ばかりのお話なんて、大衆受けしないし・・・でも、だからこそ、“HAPPY END”な物語を志したりもする。
 マイナスを突き詰めすぎて、自らの生命すら脅かす状態に何度も陥り、そして、いよいよGIVE UP! ・・・かもって思った時に、たまたまひょんな弾みでマイナスをプラスに転換する術を覚えただけのこと。
 本性がそんなんだから・・・今回の嫁さんの妊娠・出産にはとんでもないくらいの不安を押し隠し続けていた。
 ごくごく、普通の親ならば誰でも考えるのかもしれないけれど・・・・・・流産したらどうしよう、発育に問題があったらどうしよう、赤ちゃんに障害があったらどうしよう・・・。
 出産予定日よりも一週間早く、嫁さんが破水した日。
 病院に彼女を連れて行く車の中で、(もうこのまま彼女の笑顔を見ることはないのかもしれない)って覚悟までしていたなんて、きっと誰にもわかりはしない。

 さまざまな困難や災厄を想像し尽くすことで、「俺如きが考え付くようなことなんて起こりはしないし、きっと何事もなく地球は回り続けるんだ」って思うようにしている。

 そんな不安でいっぱいの嫁さんの妊娠期間を“きっと赤ちゃんは無事に産まれてくれる”って無条件に思い込むようにした時に・・・・・・肝心の我が家の家族たちへの注意力がすっかり衰えてしまっていた。


 雪之丞がAGY(メガバク)症を発症した頃の観察力が有れば、絶対にピーコは死んでいなかった。
 楽観主義に思考パターンを必死ですり替えてしまったがために、ピーコの異常を感じ取れなくなってしまっていた。
 俺がきちんと感じていれば・・・。
 ごめんな、ピーコ。

 改めて、セキセイインコの医学関連書を引っ張り出して、何がどう、彼女の生命を奪ったのかを考え続けた。
 彼女の症状や行動は、いわゆる“腹水”が溜まった時の様々な兆候が当てはまる。
 だけど、肝心な“腹部に水が溜まった”状態では無かった。
 その外見的な安心感こそが、俺の眼を曇らせた。
 そして、生まれて以来、ずっとずっと一緒だった嫁さんが一週間入院してしまったことも、ピーコにとっては異常なほどのストレスとなったに違いない。
 護ってやれなくてごめんな。

 冬が来て、お前が歳を重ねる度に、“ひょっとしたら”って覚悟はするようになってた。
 だけど、それはあくまでも“万が一”、否、“百万が一”のことであって、プライドが高く、俺に対して気性の激しいお前が旅立つなんて信じられるわけもなかった。
 ここんとこしばらく、俺の指にはとまりもしてくれなかったくせに、嫁さんが居ない日々・・・面会時間ギリギリまで病院に居て、帰宅して、家事をして、淋しい食事をして、普段なら絶対に寝かせつけてる時間にやっとカゴから出してあげることが出来た、そんな飼い主としてダメダメな俺の肩に、毎晩毎晩、しつこいくらいに、何年かぶりでお前はとまってくれたよな。
 うれしくて、うれしくて、お前と会えずに淋しがる嫁さんに、次の日も、また次の日も自慢げに話してたんだよ。
 だけど、ピーちゃんは、本当は甘えてたんじゃないんだよね。
 苦しくて、苦しくて、必死で、本当に必死で、俺に訴えていたんだよね。
 ごめんね。
 赤ちゃんのことですっかり浮かれちゃって、ピーコの痛みに気付いてあげられなくって。
 ごめんな。本当にごめんな。
 俺がしっかりしてれば、こんなことにならなかったのにな・・・。


 年末に年賀状作ってて、ピーコの写真が少ないなって思ったばかりだったのに、もっと撮らなきゃいけないなって思ったばかりだったのに・・・。
 
 10年、15年生き抜いて、うちの子に「生命の大切さ」や「(我が家での)上下関係の厳しさ」を教えてくれるもんって信じてたのに・・・。

 なんでもう逝っちゃうんだよ。
 ペットロスなんかクソ喰らえ! 虹の橋なんかクソ喰らえ!! って思ってたこの俺が、人様の前で涙なんか流さないって決めたこの俺が、心の底から涙なんか流して堪るかって歯を喰い縛ってきたこの俺が、泣きじゃくる嫁さんに寄り添うくらいしか出来なかったこの俺が、なんでこんなにぐしゃぐしゃに泣いてるんだよ。
 
 助けてあげたかった。

 一番の原因は加齢なのかもしれないけれど、それでも、それでも助けたかったし、きちんと知識が役に立っていたら助けられたはずなのに・・・。 
 
 ごめんな、ピーコ。

 お前には散々耳だの鼻だのかじられて、とっても痛い思いをしたけれど、だけど、それでも、大好きだったんだよ。
 とってもとっても大好きだったんだよ。

 水盃でもそばに置いてれば、朝が来ればなんともなかったかのように起き出してくれるかもっておもってたけど・・・。

 俺たちが人生でもっとも幸福を実感出来ているこのひと時に、まるで「今なら私が飛んで行っても我慢出来るでしょ?」って、そんな気を遣ってくれたんだよね。
 だけどね、ピーちゃん、ごめん。我慢出来ないんだ。
 黄色い君が居てくれなけりゃ、俺も嫁さんもうれしくないんだ。
 ちっとも・・・・・・うれしくないんだよ。


 雪之丞と、きぃちゃんと、ちぃちゃんと、イチャついたり、ケンカしたりの毎日・・・楽しかったかい?

 いつもおあずけにしている大好物の粟の穂を、お正月におせち代わりにって思ってたのに、それすらも出来なくってごめんな。
 もっともっと、好きなだけ指でも唇でもかじらせてやりたかったのにな・・・。

 病院に行くことすら出来なかったもんな。
 本当に急に容態が悪くなって、移動すら耐えられないような状態になって・・・身体触られるの大嫌いだったもんな。お医者さんにあちこち触られたくなかったんだよな。
 尻尾なんか絶対に触らせてくれなかった気高いお前が、そっと尻尾に触れても威嚇もしなかったあの晩に、どうして気付いてあげられなかったんだろうな・・・。
 本当にごめんな。


 珍しく雪のちらつく福岡だったけど、憧れ続けた大空は寒くないかい?
 気持ち良く羽ばたいて飛べてるかい?
 寒かったらいつでも戻っておいで。
 もうダイエットなんて気にしなくていいから、好きなご飯をたっくさんあげるから、だから、だから、俺のこと嫌いでもいいから、お前の大好きだった嫁さんの元へ、いつでも戻って来ていいからな。

 俺はお前のしもべだから。
 精一杯、お世話させて戴くから。

 だから、きれいなお前の黄色い羽と、ルビーのような赤い眼を、もう一度だけ・・・。



 こんなに引き止めてちゃ、せっかくの大空が楽しくないよね。
 いい加減、我慢しなきゃね。

 
 ピーコ。
 大好きなピーコ。
 沢山、たくさん、たっくさん、ありがとう。
 俺たちのことなんて待っていなくていいからさ。
 早く虹の橋から旅立って、天国を目指しておくれ。
 そんなとこにいちゃ寒いだけだよ。
 お前がどんなに素敵な鳥さんかちゃんとみんな知ってるから。
 きっと天国に行けるから。

 今はただ、何も気にせずに・・・。


 安らかに、眠っておくれ。




ふとどきな部屋・別館

 少しだけやる気になった。

 でも特別イカした文章を書けるだけの気力はまだ戻ってきちゃいない。

 昨夜あいつの夢を見た。

 だから・・・・・・2008年10月の『ふとどき日記』より。



 2008.10.31。
 甲斐バンド BEATNIK TOUR 08‐09 ― THE ONE NIGHT STAND ― 大分 iichiko音の泉ホールでのアコースティックライヴ―――イイ歳こいたおっさんおばさんが・・・・・・・・・もとい、紳士淑女が、まさに青春まっしぐらだったアノ頃そのままに、熱狂と歓喜の渦に酔いしれていた。
 それぞれがそれぞれの十年、二十年、三十年を過ごし、沢山の米粒を喰らい、アルコールを流し込み、くっついたり別れたり、傷つき、立ち上がり、パートナーを得たり得なかったり、家族を持ったり、リストラの憂き目に遭ったり成功したり・・・・・・いろんなものを背負い込み、それでも生き抜いてきた執念いやいや、やもはや怨念ともいえる“甲斐さんへの想い”・“甲斐さんとの想い”が見事に昇華した素晴らしいステージだった。
 新しいファン、若いファンも大歓迎なのだが、やはり日本のおっさんおばさんを本気にさせると怖い。3時間に及ぼうかというライブの間、オールスタンディングをものともせずに(座るべきシートは有る)のだからまったく頭が下がる思いである。それどころか、歌い、手を鳴らし、踊り続けて・・・。あちこちガタが来ているであろうその肉体を目一杯駆使して、アノ頃のままに、血を騒がせて・・・。


 甲斐よしひろという男に影響を受けて既に25年以上。俺は甲斐バンド全盛期のファン層よりも実は5歳、10歳若い。世間から見れば充分に“おっさん”のライセンスを獲得しているのかもしれないが、それでも若いのである。
 だから、いまだにヒヨッコだと感じている。
“永遠の不良少年”―――そんな甲斐さんの数十年前の代名詞を真に受けて、40目前になろうとしても不良少年のレッテルを堂々と貼っつけた生き方を(好んで)してきた。
 何度も何度もこっぴどい失恋を味わい、会社にも騙し騙され裏切られ・・・親不孝を積み重ね、借金も重ね、時に享楽に溺れ、時に飢えと向き合い・・・・・・23歳の雨のクリスマス・イブには身体機能の一部まで失って・・・・・・それでも尚、その度に折れた翼を休め、もがれた羽根を拾い集めて・・・・・・。あきらめなかった。
 甲斐さんが授けてくれたキーワード・・・・・・・・・翼あるもの。
 俺にも翼があるのだとしたら、必ずまた広げてやる。翼なんか存在してなかったと言うのなら、生やしてみせる。とにかく、こんなところでノタレジンでなるもんか。
 幾度も幾度も人生に見切りをつけようとしたけれど、最後の最後で湧いてくるナニカ。
 甲斐よしひろのバカヤロウ・・・。
 
 やっと結婚し、やっと人並みに生活し、やっと親兄弟の笑顔を得、やっと子供を授かろうとしている今この時に、自らの原点を思いっきり見つめる勇気が湧いて来た。

 アノ人のために買ったチケット。アノ人のために用意したチケット。違うコに座ってもらったこともあるけれど、基本は空席。さすがに結婚してからは1枚しか買わなくなったけど、どんなに貧しく苦しい時でも用意し続けたアノ人の席。たとえ会場が満員御礼になろうとも、俺の手で作り出した空席がひとつ。
 それが全ての原点だから。

 その関係が終わってもう23年。
 携帯だ、メールだ、そんな便利な道具なんて存在しない時代。
 大分の山ん中で、おそらく今時の中高生には理解出来ないような周囲の大人達・仲間達の批判・中傷を一身に浴びながら、それでも闘い続けた戦友との三年間。15冊まで続いた交換日記は、ションベンだの体育だのの時間にカバンから抜き取られ、全校生徒の好奇の目に曝されていた。バスケの練習に縛られ、デートの自由も無かった。どこかのドラマの『15歳の母』なんてストーリーに影響された大人どもが、この地域から同じ恥を産んじゃならんとばかりに鎖に繋がれたような監視の刃を浴びせ続けたきた。都会の連中には想像もつかないだろう田舎の怖さ。そんな毎日にSEXなんて出来るはずもなかった。知らないヤツラがみんな知ってる俺とあいつのコト。だけど自分達の信じた道は誰に卑下することも無い、尊き誇らしい道。
 片田舎で中学生が人を愛することを“罪”だと決め付けられた、1983‐86春。
 そんな価値観なんてクソ喰らえ。
 本気で人を愛したことがお前らあんのか!
 あいつを守るためなら世界中を敵に回したって俺はくたばりゃしねぇ。
 人を愛することの素晴らしさを世に知らしめてやる!!
 そんな俺の部屋で、いつも流れていたメロディ。
 ひとつ上の世代が青春時代にのめりこんだといわれるその甘い歌声だけが、俺の魂の裏付けだった。
 Kai Band・・・。


 
 もういいだろ。
 俺がアレコレ迷っている間に大森さんが逝っちまった。
 それでも時は流れてしまう。
 いい加減、隣の席を温めてもらわなきゃ。
 いつまでもこんな空席が有っちゃ申し訳が立たねぇ。
 アンタがガキだった俺の心を支えてくれたから、今がある。
 アンタがカッコ良かったから、カッコイイ男を目指そうと思った。
 超満員、空席ナシのステージでアンタに気持ちよく歌ってもらわなきゃ、いい加減俺の男が廃る。
 もういいだろ。
 

 そして・・・・・・・・・ヒヨッコは振り絞った勇気の結果を噛み締めていた。
 会場内の誰にも負けないような23年間を過ごしてきたというジコマンゾクとその証。
 ついに。
 涙がちょっと滲んだけれど、笑顔以外の表情を忘れてしまったかのようなひと時。
 
 ありがとう。


 ステージの上のアンタは相変わらずの不良少年で、ギラギラとしたエネルギーを放出し続けた。
 会場を埋め尽くしていたはずの紳士たち淑女たちすらも、間もなく不良少年少女のオーラをギンギンに身に纏い、魂を爆発させていた。
 その片隅にあったちっぽけな物語。

 ほんとうにありがとう。

 

 幸せってなんだろ―――どん底で悩み続けた人生の命題に、次々と答えが見つかる2008年。
 大金や名誉は(まだ)ちっとも手に入れていないけれど、それでもつくづく思うこと。

 俺ってほんとに幸せモンだなぁ・・・。


 

【本日の行動計画】
 14:00~父親参加OKの無痛分娩教室に出席。
 17:30~福岡市民会館の甲斐バンドツアーにひとりで参加。
 あとは気ままに酒でも飲んで・・・。

 だけどまだまだ遠い≪ヒーローになる時≫。
 あきらめちゃおしまいだ♪