双葉住宅のブログ

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寝屋川市の小さな街の不動産屋日記

 人間は歳を取るとどういうわけか、これが苦手に

なるらしい。むしろ自分の自慢話ばかりしたがる

したがるようになる。

だけど、自慢話は一文の得にもならないし、

その場の雰囲気を悪くする。

それよりも相手の話を聞く方がずっといい。

 

あいつ、裏切った、裏切ったって

心の中に毒持って生きていくより

相手にいいことしてやったっていう

感覚でいる方がいいんだ。

 

 夢を持て、目的を持て、やれば出来る。

こんな言葉に騙されるな、何もなくていいんだ。

人は生まれて、生きて、死ぬ。

これだけでたいしたもんだ。

 

他人への気遣いで大切なのは

話を聞いてやることだ。

  2018年5月13日のフェイスブックに北野武のエッセーが載っていた。

優等生的でない、彼独特のものの捉え方で発信するものだから、ドキッとしたり

大いに関心したりするので、ここにその文章を書き写して残して置きたいと思う。

 

 一昨日(11日)の朝、起床して朝食を摂り、コーヒーを飲みながら、

新聞を広げてみたり、テレビに目をやったり、家内と雑談したりして

11時頃迄のんびり過ごしていたら、事務員からメールが入って

「どこか調子が悪いのですか?」とあったので、「どこも悪くないが、

そちらはどうや?」と返事をしたら、「仕事の方は?」と問うてきたので、

その日は休日でないのやとはたと気が付いて、今から直ぐそちらに

向かう旨を伝えて車の人になった。

 若いころから日付けや曜日に弱く、特に最近はそれに拍車が掛り

酷くなってきたようだ。2027年まで仕事を続ける積もりで、

3年半近く前に今の車に乗り換えた時、ナンバープレートの数字を

敢えて「2027」を選んだのだが果たして大丈夫かどうか少しばかり

不安になってきた。ま、物覚えが悪いのは今に始まったことではないし、

今まで通りマイペースでやれば、何とかなるだろうと自分に言い聞かせ、

ながら帰路に付いたものである。

 

 ブログを書かなくなってから既に半年以上が優に経過している。尤も

半年以上前も毎日ではなく、なんか嫌々書いてるようだったので、

この調子では続かないだろうと危惧していた。

それというのは、Facebookの親しい友が結構増えてきて、

そのやり取りに時間が掛り、そのFacebookの友人や知り合いとの

やり取りが面白くなってきたので、自ずからブログの方に気が回らなく

なったのだと思う。

 今日は定休日だったので、寝屋川市のサッシ・ガラス屋さんに高槻市の自宅まで

来てもらって、北側の和室の網戸の交換を依頼した。何しろその網戸は和58年

に建築されたこの家と共にあるのだから、既に38年も経過していて、

軽い網戸を支えるプラスチックの戸車などは割れていて、レールなどは傷が

入っていて開け閉めに苦労するほどになっているのである。

 昼食後は一番よく使うエアコンの内外を掃除したり、階段や自分の部屋の

簡単な掃除をした。飽くまで運動の積りである。

 そうや、昨日横浜のFB友人から送って貰った熊野市の地方新聞に、

熊野市でコロナウイルスクラスターが発生して、市民は戦々戦々恐々と

しているような記事が書かれていた。熊野で特筆すべき出来事があれば、

良いにつけ悪しきにつけ横浜市や大坂のFBフレンドからすぐさま

情報を流してくれるので有り難い。持つべきものは親友である。

 

 

 歳の所為やコロナの所為にするわけでないが、最近は一週間に一度の定休日が来るのを待ちかねている。

今朝起きて時計の針を見たら既に9時を回っていた。そういえば、昨夜遅くに住宅設備を取り換えさせて頂くお方から

メールが入って、流し台の上に置いてる古い食洗器を撤去して新しく購入している食洗器を取り付けてもらいたいとの

内容だった。可能かどうか不安がるので、水道業者とガス専門業者が行くので、何とかなるでしょう、 

山より大きなイノシシも海より大きなクジラも出ないと言うではありませんか、どんなことでも何とかなるものですよ、

と言って安心させたら、座右の銘にさせて貰いますと書いて送信してきた。

 

 昨日の朝は約束通り水道屋さんが水漏れの現場に来てくれ、職人三人でコンクリートを斫ったり土砂を掘り出したり

していた。漏れているところは太い排水管や給水管が入り乱れているところで、破損している給水管はその排水管の

下辺りのような感じなので、余程掘り下げないと修理が出来ないので、3時間ほど時間が掛かりますとのことだった。

その間、住民に不便を掛けるので水を止める時と、特に修理後に水を出す時は水の濁りに注意して欲しいと声を掛けて

欲しいと職人頭にお願いした。三人の職人は一瞬たりとも休むことなくテキパキと動き続け、大きな掛け声や返事を

交わしあいながら、最後まで働き続けていた。仕事が終わるや、私に暫く新しく施工したモルタルの上には乗らないで

下さいと言うやすぐさま軽トラックに飛び乗って現場を後にして帰っていった。約4時間もの間、一瞬の無駄もなく

働き詰めで、終わっても一休みもせず疾風のごとく帰って行ったものだから、これぞ本当の職人魂だと感心したものだった。

 

 14時30分からは焼き肉器メーカーの支店長と一緒に現場を確認して見積もりをしてもらうべく、据え付け場所を

見てもらい、大方の打ち合わせと済ませ見積もりを出してもらうことにした。帰り際に一階から四階までの階段回りの

壁や手すり、階段裏表の塗装などの塗装現場の確認をして事務所に戻った。

 





























そる 朝遅く事務所に着いたら、事務員さんが文化住宅の階段の下に、雨なのかそれとも水道なのか、水が漏れていると

入居者のお方が知らせてくれたと言うので、すぐさま現地に行って点検した。まずは二階の通路の排水口の土の塊を

取り除き、他に原因らしきものはないか探してみたが、何も見当たらない。二階の部屋の水道量水器の蓋を開けてみたら、

誰も住んでいない部屋のものだから、当然水道メーターが付いてないのに、量水器の底に水が溜まり、その近くの

バブルの蓋を開けてみたら水が溢れていた。そのバルブは8戸の部屋に水道を配給している一番元のバルブで、

そのバルブ辺りの給水管に不具合が生じていると判断し、少し時間を置いて市役所の水道部に電話して、バルブから

漏れているようなので市の責任になると思うので、至急修理して欲しいと依頼した。午後から担当者から明日一番に

工事班を行かせ、コンクリートを割ってパイプを修理した上で、コンクリ-トを修復させてもらうとの電話があった。

築年数の古い建物なので鉛管を使っている可能性が高いため、腐食したのか鉛管にヒビが入って水が漏れたのであろう。

知らせてくれたお方にその旨をお伝えしたら、素早い措置をありがとうと感謝してくれた。

 

 午後からは焼き肉用のテーブルセットのメーカーの担当者から電話があり、明日の15時頃に現場に来てくれることになった。

ガスを使用するものだから、当然私も打ち合わせに立ち会わなければならない。その前に或る施主さんから住宅設備の

取り換えに関する問い合わせと、商品の入庫や職人の現場に入る時間などについての確認の電話があったので、丁寧に説明を

させて貰ったら、こんなに早く手配してくれたとは驚きだと言ってヨイショしてくれた。

 

昼時間を挟んで、家賃支援給付金に関する書類を事務員さんに作成してもらった。殆ど出来上がってヤレヤレと思ったら、

熊野の2か所の駐車場のことを思い出し、急遽地主に電話で趣旨を話して了解を貰い、書類を作成してそれぞれのお方に送信した。

4時前には新築予定の土地の様子を見に行ってきた。もうそろそろ始めなければならないと思った。

















 一昨日、東京の妹にショートメールを送って東京のコロナ禍の様子を尋ねていたら、夕方元気な電話がかかってきてコロナにも負けず頑張っているので当面は心配がないけど、大阪の私の方は大丈夫なのかと逆に心配されてしまった程だったから、大いに安堵した。千葉に住む弟にはほんのたまLINEをして様子を聞くが、最近はJETRO(Japan External Trade Organization・独立行政法人日本貿易振興機構)で週に3日か4日行って、中小企業の輸出関連の指導と言うか、お手伝いをしているらしい。熊野の妹夫婦は年金と家賃収入で一定の生活をしているに違いない。一番不安定なのはこの歳になっても未だに

ヤクザな商売をしている私のようである。そんな私が弟妹達の心配をするのだから可笑しなことである。

去る定休日(水曜)の昼から遊びに行って、心の洗濯をしてきた。一年生の孫が生後一ヶ月の弟と仲良くしていた。平和な家庭だった













‼️


いつもより、少し早く家を出て事務所に着いたのは9時過ぎだった。事務所に着いた私の車を見た数人の老人会の役員たちが、歩いて近付いてきてくれた。大方階段の所に出していたので、短時間で軽トラに積み込んでくれた。
二ヶ月分だから結構多くて軽トラの荷台に一杯近くになった。



その後はこの前にお風呂の修理工事をさせて頂いたお家の屋根瓦のコーキングの打ち込みとテレビアンテナ線(本当はお隣のソーラー温水器)の控え線の打ち直しや2階の押入れの天井板の張り替え、地震と台風に備えた屋根瓦のラバーコーキングでの固定化、の仕事をさせて貰った。この間、浴室の改装をさせて頂いた、浴室のドアの明け閉めが固くなっていたのて、そのドアも序でに直してもらった。3つの仕事が終わったので、帰ろうとしたら、建物の前と後に相当痛んだ金属類や雨戸、木部の全部塗装の見積りを依頼された。