(日の丸を愛するパラオの少女)

 

 

 

 

先月、アマン東京の加藤社長や文化学院の熊川元学院長と一緒に、文化団体「日本の文化伝統そして日本人のこころ」を立ち上げた。

 

加藤さんも熊川さんもおれが心から尊敬している人格者だ。文化団体「日本の文化伝統そして日本人のこころ」を運営するにあたってこれほどふさわしい人物はいない。

 

というわけで、じつに素晴らしい仲間たちとこの文化団体を立ち上げることができたわけだが、じつはこの文化団体の設立趣旨には、文字に書いた意味だけではなく、その行間にさらに深い奥行きがある。

 

いや、裏の目的があるとか、何かたくらみがあるとか、そういことではない(笑)

 

 

 

この団体の設立趣旨は、日本人の愛と和の精神が、2300年前の弥生文化の浸透や現代のユダヤ西欧文化の浸透によって失われつつあるので、いま、日本の文化伝統と日本人のこころを見つめなおすことによって日本人の愛と和の精神を再生し、互いに助け合い労わり合う「まほろば」を再構築しようということだ。

 

この趣旨はおれが書いたので、文化団体たるものの真の存在意義を謳っていると自賛するものだが、しかしその奥には言葉にしなかったさらに大きな展望があるということだ。

 

 

 

それにしては今回のタイトルは、ひさしぶりに「人類は進化する」シリーズ? ちょっと奇異に感じるかもしれない。

 

それでは、だいぶ間が空いたので、おれ自身のためにも、まず前回「人類は進化する(9)人間から神人へ」のおさらいを少々おつきあいください。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

いま、人類は進化して、人間(苦悩と闘争を続けてきた人間)であることをやめて、神の人、神人となりつつある、または仏性全機現の人、仏となりつつある。

 

聖書の仕組みでは、イエスの生の言葉(Qの言葉)を自分の血肉とすることによって魂が純化され、自分もイエスと共にアセンションする。これは般若心経などにあるように仏教も基本的に同じ仕組みだ。

 

アセンションは死後に実現して神の国に行く、と教えているキリスト教会や仏教寺院も多いが、Q資料や般若心経などを詳細に読むとそうではない。

 

人間の3次元世界では時間軸が一つなので過去、現在、未来と時間が流れるが、神の世界は無次元で時間軸も無限なので過去も未来も同時に存在する。過去世も来世も今ここにある。あるいは過去世も今世も来世もなく、あるのはただ「今」だけである。

 

人間は、生前とか死後とかに関係なく、まさにいまここで、Qの言葉と一体化し、この世界がすでに完全な神の世界であることを感得して、いまここで神人となりつつあるのである。

 

 

 

Q資料(イエスの生の言葉)のポイントを大雑把に整理すると、

 

1.敵をも愛し、善を行ってやれ。

 

2.執着しない。財産だけでなく親や子にも執着するな。

 

3.自分の持ち物をすべて人のために奉仕せよ。

 

4.自分の生活を心配せず、まず神の国を願い、神の支配を信じよ。

 

5.どんなことも人や偶像に求めるな。神に求めよ。

 

6.自分を低くせよ。まず自らを反省し、人を裁くな。

 

7.自分にツッパリきれ。神と共にあればこの世に恐れるものは何もない。

 

8.何も持たずに人を助けに行け。そして神の言葉を伝えよ。

 

9.これらの言葉と共にあれば、嵐でも倒れず、喜びが成長して大木になる。

 

 

というものだ。(フミヤス流)

 

 

 

一目瞭然にQ資料でイエスは何一つとして特別なことは言っていない。たしかに特別な言葉は何一つない。

 

道元が禅の要諦として述べている部分もあるし、不道徳なトルストイが道徳論として述べている部分もある。

 

そしてその多くは、人から言われなくとも、誰もが心の奥底で「本当はそうありたい」と願っていることではないか。

 

 

 

そう!

 

Q資料の言葉とは、イエスが語っている言葉であるとともに、仏陀や聖人一般が語っている言葉であり、じつは、われわれの生命が内奥に本来持っている愛と平安の言葉である、と解釈すべきなのだ。

 

特別変わった言葉は要らない。

 

苦悩と闘争に明け暮れてきた人類は、われわれが自身の生命の奥底に本来持っている愛と平安の言葉(Qの言葉や仏の言葉)に回帰することによってこそ神人へと進化するのである。

 

これが聖書や仏法の真の仕組みなのだ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

さて、

 

前回はここから、矛盾だらけの現実世界でこれを実践するためのアウフヘーベンについて書いたが、

 

今回はここから、文化団体「日本の文化伝統そして日本人のこころ」に話が繋がる。

 

 

 

そうです!

 

日本人の本来の精神は、日本の地で2万年にわたって育まれてきた愛と和の精神である。人類が回帰すべき生命の奥底にある愛と平安の言葉そのものなのだ。

 

岡山大学の松本直子さんや山口大学の中尾央さんらの研究によると、世界の各民族の死因のうち、海外の民族では暴力による死亡率がいずれも10%以上である。ところが日本の縄文人の暴力による死亡率はわずか1%台だった。子どもを含めればわずか0.9%である。

 

縄文日本人の愛と和の精神は海外の他の民族に類を見ない。

 

最近の核DNAの解析では、日本の縄文人はアジアのどこの人たちとも大きな隔たりがあることもわかってきた。

 

縄文日本人こそ世界でいちばん愛と平和を愛する民族であると言ってよいのだ。

 

 

 

しかし2300年前、中国などから弥生人が来襲して縄文日本人を支配し、混血して、弥生日本人になると、暴力による死亡率は海外同様に10%を超えてしまっている。

 

最近の核DNAの解析によれば、現代の日本人に占める縄文人のDNAは12%であり、残り88%は弥生人など大陸系、南方系のおそらく数百もの民族のDNAが混在しているであろう。

 

DNAだけを見れば、現代日本人は縄文人よりも他のアジアの人たちに近くなっていることもわかってきた。

 

 

 

それでは縄文日本人の愛と和の精神は失われてしまったのだろうか?

 

 

 

いや、そうではないのだ。

 

いままでも何度か書いたが、先の東日本大震災でも、100年前の関東大震災でも、日本人は家族を失い、家を失い、全てを失った絶望と悲嘆の極限にあっても、決して暴動を起こさず、暴力も振るわず、互いに労わり合い、助け合ったのである。

 

世界中のマスコミがこの日本人の姿に「外国ではありえないこと」として驚嘆した。

 

 

 

またドナルド・キーンさんの項で言及したが、キーンさんが青年のころ太平洋戦争で遭遇した日本人兵士は、全滅目前の戦地で、生き残った7名の兵士が13粒の豆を分かち合ってささやかな正月を祝っていた。

 

なぜ暴動が起こらないのか? なぜ平和が保たれるのか? 外国ではありえないことなのだ。

 

この姿にキーンさんの魂は激しい衝撃を受け、以降キーンさんは日本人の文学(日本人の魂)を探求し世界に紹介することに生涯をかけることとなった。

 

 

 

2万年にわたって培われてきた縄文日本人の愛と和の精神は不滅なのだ。

 

DNAは12%でも、日本人の愛と和の精神は、海外ではありえないほどに、現代に脈々と生きているのである。

 

 

 

結論としてあえて極論を言おう!

 

いまここに、われわれは、日本人の魂の奥の奥からほとばしった日本人本来の愛と和の文化、伝統、こころを、見つめ直し、啓発し合うことによって、

 

日本人本来の愛と和の精神が再認識され、そうして再生され、互いに助け合い労わり合うまほろばが再構築されるのみならず、

 

こうしてわれわれ日本人が、世界の先頭を切って、神人へと進化していくのである。