おれは子供の頃(小学校の低学年くらいまで)よく龍の夢を見た。

 

聖書によれば龍(ドラゴン)はサタンの化身である。もちろん子供だったおれはそんなことは知らなかったが、ただ龍を恐れた。

 

 

 

夢では、近所の子供たちとともに龍に追われて夢中で逃げていた。龍が物陰に隠れてこちらを伺っていることも多かった。

 

また、これは現実に、いや、やはり夢だったのかもしれないが、小学校の自分の教室から見える裏庭で、龍が木陰に隠れてこちらの様子をずっと伺っていた。

 

その頃出てきた龍は中国的日本的な姿の龍であった。

 

 

 

その後は大人になるにしたがって、龍はごくたまに見るていどになった。

 

 

 

おれが最後に龍を見たのは10年くらい前。

 

当時の自宅マンションのルーフバルコニーに面したリビングから、現実か夢かわからないような感じで見た。この感覚は小学生のころ教室から見たのと同じだ。

 

西側の曇り空に二つの光がピカっと光り、それがまっすぐゆっくり近づいてきた。

 

やがて全体の輪郭がかすかに現れるとそれは巨大な龍であり、二つの光は龍の目であった。

 

 

 

龍の姿はだんだん明確になり、色も濃くなってきて、鮮やかな青緑色の黄金のように輝く姿態を見せてぐんぐんと迫ってきた。

 

あわや黄金の巨大な龍=サタンとの対決か、おれも最後か、と覚悟したとき、龍は向きをこちらから見て右手に変えて、北へ去っていった。

 

その時の龍は、顔は中国的日本的な龍であったが、姿態は西欧風のドラゴンであった。

 

 

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もともと神の創造した宇宙は愛と生命に満ち満ちている。

 

すべてが愛に溢れ、生まれ、創造され、収穫され、生きている。真実の世界だ。

 

 

 

しかし神がその一画にこのおれとおれの世界を創造したとき、

 

遠い記憶にあるのは、ろくでもないおれは神(=生命)に背き、神から逃げて、滅び死ぬ者となったことであった。

 

滅び死ぬことになったおれは世界を恐れ、偶像を恐れ、龍を恐れ、それらを崇拝した。それでおれのこの世界は滅びと死が支配する世界となってしまったのである。

 

それでおれの世界では生きるべき者が次々に犠牲となって滅ぼされ、殺された。

 

おれとおれの世界が完全に滅び死ぬのももう時間の問題であった。

 

 

 

しかし、そのとき神は救世主をおれとおれの世界に送ったのである。

 

これは神の大きな慈愛であった。

 

ここで言う救世主とは、聖書によればイエス・キリストであり、仏典によれば弥勒菩薩であり、転輪教の中山みきによれば転輪王であった。

 

彼は、神・生命に背いたろくでもないおれを赦し、肩代りし、すべての滅びと死を一身に背負って、おれの身代りに死んだのである。

 

しかし、同じ遠い記憶によれば、そのときおれも一緒に死んだのだ。

 

 

 

そして救世主は永遠の生命として復活し、そのおかげでおれも一緒に復活した。

 

こうして復活のおれの世界は神の世界と溶け合い、おれは辛うじて間一髪でなんとか神の世界に戻ることができた。

 

 

 

いま、この世界は国際ユダヤ資本(龍の末裔と云われる)とその子分の白人エスタブリッシュメントによって支配され、それに歩調を合わせた共産党皇帝の中国(龍が皇帝を支配する国)が台頭し、人類は苦悩し葛藤している。世界はあらゆる局面で困難に直面しているように見える。

 

しかもこの状況は聖書の黙示録に記されたハルマゲドン(世界最終戦争)のシーンに酷似している。聖書に書かれた神の預言はすべて実現するわけだが、その預言ではハルマゲドンの最も厳しい期間において龍(サタン)が人類を滅ぼそうとし、龍が支配する巨大な獣が登場して世界と人類を支配するのである。

 

 

 

しかし、いまや、それは滅びと死を支配する龍(サタン)そのものが滅び去る断末魔の抵抗だと感じられるのである。

 

とすると、ハルマゲドンも最終局面に来ているのだ。

 

 

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以後、おれは龍の夢は見なくなった。

 

しかし、ひょっとすると今晩あたり、断末魔の龍がひょっこりと現れるかもしれない(笑)