『大将軍八神社』
ご祭神
素戔嗚尊
御子神八柱
聖武天皇 桓武天皇
【八将軍(御子神八柱)】
太歳神(天忍穂耳命)
大陰神(市杵嶋姫命)
歳刑神(田心媛命)
歳破神(湍津姫命)
歳殺神(天穂日神)
黄幡神(活津彦根神)
豹尾神(熊野櫲樟日命)
延暦13年(794)の平安京遷都の際に、王城鎮護のため陰陽道の考えにより都の方除けをするため、大内裏の乾(戌亥・北西)の天門守護として、八将軍の一柱であり金曜星(太白)の神格である方位神「大将軍」を奈良の春日山麓から勧請し、大将軍堂が造営されました。
江戸時代に八将神の信仰が盛んになると、ご祭神の大将軍が素戔嗚尊(牛頭天王)と習合し、八将神は素戔嗚尊の御子神八柱または牛頭天王の眷属である八王子と習合してお祀りされるようになりました。その際に大将軍とは素戔嗚尊でもあり、御子神八柱のうちの天津彦根命でもあるとされました。理由としては大将軍堂は暦応3年(1340)から約100年の間は祇園社(現在の八坂神社)の管理下にあり、八坂神社のご祭神が素盞嗚尊で、その神格が大将軍神と似通っていることから関連付けられたと考えられています。このようにして社名は大将軍八神宮と改称され、大将軍社とも呼ばれるようになりました。
江戸時代には方除厄除12社参りが流行し、その時期に建立された天保11年(1840)の標石は現在も門前に残されています。
明治時代の神仏分離では、正式なご祭神は素戔嗚尊とその御子神八柱に変更され、社名は大将軍八神社となり府社に列せられています。
大将軍は建築や移転、旅行などにおいて方角の吉凶を司る神ということで、大将軍八神社は長きにわたり民間の信仰を集めました。
☆大金神神社(凶方の神)・歳徳神社(吉方の神)
☆五社
恵比寿神社・稲荷神社・天満宮
長者神社・金毘羅神社
☆三社
命婦神社・厳島神社・猿田彦神社
☆地主神社(大杉神社)・豆吉神社
☆方徳殿
重要文化財の木造大将軍神像80躰が安置されている宝物館です。方徳殿の手前には大将軍神半跏像がいらっしゃいました。
☆ご神木 モミ
☆御朱印
人の運命を司る星神⭐️
八将軍のメンツがなかなかに興味深いですね!
参拝できて良かったです♡
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