浅草ミステリーツアー③浅草寺鎮護堂とお狸様 | ゆだぽんの虹色♬オーラ視♬ブログ

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かっぱ寺から徒歩で伝法院通りへ移動

浅草寺へお詣りの際に、仲見世通りはもちろんいつも歩きますが、それ以外のところはあまり散策したことが無かったのでとても新鮮でした

お店などを見ながら歩いていると、赤い門が目に入りました
どうやら目的地のようです(^^)


『浅草寺鎮護堂』
ご本尊
荼吉尼天女騎坐像
おたぬきさま(鎮護大使者)
創建 明治16年 唯我韶舜大僧正
※現在の堂舎は大正2年建立


かつて江戸には狸が多く棲んでおり、江戸市中に狸阪や狸穴などという地名があったそうです。
上野や浅草の山に棲んでいた狸たちは、上野戦争(幕末の官軍と彰義隊の戦い)や山の開拓などで住む場所を失い、明治初期頃には浅草寺の伝法院周辺に棲みつくようになりました。


狸たちはかなりのいたずらをしたようで、浅草寺も頭を悩ませていたといいます。

明治5年には新聞沙汰にもなっています。
寺の用人の大橋という人の一人娘に憑いてしまい、激しい奇言奇行を繰り返し、夜鳴き蕎麦を20杯も食べたりしたといいます。
※夜鳴き蕎麦とは、夜に屋台で町を流しながら売られる蕎麦のことです。

そんなある夜、当時の住職であった唯我韶舜大僧正の夢枕に狸が現れて
「我々の住処として祠を建ててくれれば、火伏せの神となり伝法院を火災から守り永く繁栄させよう」
とのお告げが。。。

そこで明治16年に鎮護大使者として狸を祀り鎮護堂を建立しました。
その霊験はお告げ通りのもので、伝法院・鎮護堂ともに関東大震災や東京大空襲での焼失を免れています。

火除けの他にも、この祠に祈ったところ失くし物が見つかったという霊験もあり、盗難除けにもご利益があるといわれます。


☆鎮護堂ご神木

昭和20年の東京大空襲で、焼夷弾を浴びながらも、その猛火から鎮護堂を守ったと伝えられる推定樹齢400~500年の公孫樹です。今でも木には当時の焼け跡が残っています。


☆加頭観世音菩薩

向かって右から
加頭観世音菩薩・加頭地蔵尊
おやす地蔵尊・目白地蔵尊

真ん中の加頭地蔵尊ですが、破損した頭部をつないでいることから「加頭地蔵」との名があります。“首がつながる”との俗信から、サラリーマンからの信仰が篤いのだそうです。


☆水子地蔵尊


幇間塚

幇間(ほうかん)とは男芸者のこと。幇間有志によって幇間物故者供養のため昭和38年に建立されました。


☆手水鉢(人気の泉)

おたぬきさま=他を抜く
という語呂と捉えて学業成就のご利益があると、落語家や歌舞伎役者など芸能関係者の信仰が篤く、この手水鉢も人気の泉と呼ばれ親しまれています。



境内からはスカイツリーを眺めることが出来ますこの光景、昔は考えられなかったでしょうね♪

鎮護堂の御朱印ですが、浅草寺本堂の向かって左側のお堂でいただけるそうです。
行ってみましたがすごい行列でしたので、また次の機会に拝受しようと思います

さてさて次は浅草寺で運試しです



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