講師は『河村哲夫』先生

福岡県にお住いの河村先生は、神功皇后研究の第一人者でもいらっしゃいます

実は神功皇后(息長帯比売命おきながたらしひめのみこと)は、古代史の学会では
実在しない
というのが通説なのだそうです。
非実在説があるのは知っていましたが、通説になっているとは驚きました。
ですが九州ではどこに行っても神功皇后の伝承がたくさんあり、筑前国風土記にも記述がされている、と河村先生。
この北部九州の伝承は全て「日本書紀」の記事と矛盾せず、それどころかその記事を裏付けるものとなっています。
ですが日本書紀による神功皇后の生没年は
西暦170〜269年(享年100)
卑弥呼の活躍時代は
西暦180〜247年頃
つまり日本書紀の編者は
神功皇后=卑弥呼
とみていたことがわかります。
年代を合わせちゃったんですね

この点は失敗。
この日本書紀の年代に120年を加えると、矛盾ののない活躍年代とする説があり、実際とてもしっくりくるんです。
おぉ〜素晴らしい!
開化天皇(父方)
天の日矛あめのひほこ(母方)
の2つの血を引いていることが分かります。
天の日矛は新羅の王子で、逃げた奥さんを追いかけて日本に来たといわれている人物です。
このことから神功皇后がはるばる新羅に攻めに行ったのも、新羅の王族の血を引いているので
「新羅は私の国よ」
という思いがあったのではないか、とのことです。
長くなってしまいますので今日はこの辺で♪
神功皇后の実在が感じられてきました

明日に続きます


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