古代史日和勉強会〜神功皇后伝承〜 | ゆだぽんの♬虹色オーラ♬ブログ

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昨日に引き続き古代史勉強会の記事です(^^)

講師は『河村哲夫』先生

福岡県にお住いの河村先生は、神功皇后研究の第一人者でもいらっしゃいます

実は神功皇后(息長帯比売命おきながたらしひめのみこと)は、古代史の学会では
実在しない
というのが通説なのだそうです。
非実在説があるのは知っていましたが、通説になっているとは驚きました。

ですが九州ではどこに行っても神功皇后の伝承がたくさんあり、筑前国風土記にも記述がされている、と河村先生。


北部九州に約3000か所、福岡県だけでも約750か所の神功皇后伝承が残されており、その足跡を線でつないでいくと神功皇后の行程が見えてきます。

この北部九州の伝承は全て「日本書紀」の記事と矛盾せず、それどころかその記事を裏付けるものとなっています。

ですが日本書紀による神功皇后の生没年は
西暦170〜269年(享年100)

卑弥呼の活躍時代は
西暦180〜247年頃

つまり日本書紀の編者は
神功皇后=卑弥呼
とみていたことがわかります。
年代を合わせちゃったんですね
この点は失敗。

この日本書紀の年代に120年を加えると、矛盾ののない活躍年代とする説があり、実際とてもしっくりくるんです。

おぉ〜素晴らしい!


次に「古事記」による系譜を見てみますと、神功皇后の祖である息長氏は琵琶湖のほとりの海人族で、ずっと先祖を辿っていくと
開化天皇(父方)
天の日矛あめのひほこ(母方)
の2つの血を引いていることが分かります。

天の日矛は新羅の王子で、逃げた奥さんを追いかけて日本に来たといわれている人物です。

このことから神功皇后がはるばる新羅に攻めに行ったのも、新羅の王族の血を引いているので
「新羅は私の国よ」
という思いがあったのではないか、とのことです。

長くなってしまいますので今日はこの辺で♪

神功皇后の実在が感じられてきました

明日に続きます


写真は勉強会の後のお茶会でのスイーツ




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