ゆだぽんの♬虹色オーラ♬ブログ

お寺や神社巡りで感じた事や、不思議な話・オーラについて…などなど書いています。


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今日は皆さんよくご存知のこの歌について、記事にしてみました(^^)

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小倉百人一首の最初の一首、天智天皇の詠んだ歌とされます。

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
我ころも手は 露にぬれつつ

※秋の田の側につくった仮小屋に泊まってみると、屋根をふいた苫の目が粗いので、その隙間から忍び込む冷たい夜露が、私の着物の袖をすっかりと濡らしてしまっているなぁ

一般的によく知られているこの歌は、ある秋の日に御所の庭を歩いていた天智天皇が、夜露のかかった草花をご覧になり

「この夜露は農民たちも冷たく濡らしていることだろう」

と思われて詠んだものと伝えられています。

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この歌には諸説ありますが、原型は「万葉集」に収められている詠み人知らずのこの歌

秋田刈る  仮庵を作り  我が居れば 
衣手寒く  露ぞおきにける

だと言われ、それがいつしか天智天皇が詠んだ歌として定着したといわれます。

また私の持っている本には、これは天智天皇が詠んだものではない、天皇が田んぼにある小屋に泊まるとは考えにくい、とあります。

または恋の歌とも。。。

はてさて分からぬぞ⁇
と思っていたところ、先日の古代史日和勉強会で志村先生のお話を聞いてなんだかスッキリ♪

天智天皇の母親といえば「斉明天皇(皇極天皇)」ですが、日本書紀には斉明天皇に関するこんな記述がございます。



御船は本来の航路に戻り那の大津に着いた。磐瀬行宮いわせのかりみやにおられた。天皇は名称を長津と改められた…

斉明天皇は朝倉橘広庭宮に遷都されてお住まいになられておられた。
この時に、朝倉の社の木を伐採してこの宮を作ったので、神がお怒りになって雷となって宮殿を壊した。

さらに宮殿内に鬼火となって現れた。

このことから大舎人や近臣が、病で亡くなるものが多かった。

天皇は朝倉宮で崩御された。

皇太子は天皇の喪を奉じて、磐瀬宮へ戻られた。
この日の夕方、朝倉山の上に鬼が出て大笠をかぶり、葬送の喪の儀式を傍観していた。

誰もが怪しんだ。

日本書紀 斉明天皇4年



何やら鬼火とか、怪奇現象が続発していたようですね(^^;;それはそれで面白そうですが

志村先生曰く、百人一首の天智天皇の歌は、その辺の田んぼで詠んだものではなく、母親である斉明天皇が崩御された時に、悲しくて詠んだ歌だと地元ではいわれているそうなんです。

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斉明天皇御陵

天智天皇にとっては、推古天皇以来の女帝…しかも重祚して2度も即位し、百済との戦いでは自ら筑紫に赴くというパワフルな女性を、政治的に心の支えにしていたでしょうし、当たり前ですが母親としても相当頼りにしていたことが伺えます。

その母親を失った悲しみは相当深いものだったと思われます。

その心情を察した上で、先ほどの歌を詠んでみますと、なんだかとてもしっくりきたんです

一人で泣きたくて田んぼの仮小屋に来たとも考えられますね(か?)

ちなみに。。。
百人一首の2番歌は天智天皇の娘である持統天皇ですよね

そして99番歌は後鳥羽院、最後の100番歌はその息子の順徳院です。

百人一首は親子に始まり親子に終わる

なので…百人一首の1番は息子が親である母を想って詠んだ歌

これからは私の中ではこのイメージになりそうです






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