伊勢神宮の不思議な話 | ゆだぽんの虹色♬オーラ視♬ブログ

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お寺や神社巡りで感じた事や、不思議な話・オーラについて…などなど書いています。

今日は「終戦記念日」ということで、意外に知られていない伊勢神宮の空襲のお話を書いてみたいと思います

昨年は、特攻隊で命を落とした青年の不思議なお話を書かせていただきました。


私も少し前に知ったのですが、偶然に関連記事を目にするまでは、伊勢神宮が空襲に遭っていたなんて思いもしませんでした。

ですがこの話、詳しく調べれば調べるほど「奇跡」としかいいようがなく、これは記事に書くしかない!と思った次第です。


米軍による神宮への空襲(宇治山田空襲)は全部で3回。

アメリカ軍のこの空襲の目的は“神なんていないんだ”と、日本人が信仰している神宮を焼失させ、戦意を失わせることにあったといわれています。


1回目は昭和20年1月14日、外宮に焼夷弾が投下されます。

しかし五丈殿や斎館に少し被害がでただけで御正宮には被害がありませんでした。

2回目は6月26日、別宮の瀧原宮に投下。

名木の“太郎杉”は失われてしまいますが、御正宮はこの時もご無事でした。

3回目は太平洋戦争が集結する少し前の7月29日深夜。

それまでの2回の空襲で、神宮にさほどの被害が出なかったせいなのか、3回目はなんと3往復の空襲が神宮に対して行なわれたのです。

2000年もの歴史を持ち、日本人の心の拠り所である神宮が焼かれてしまったら。。。

神宮の大宮司をはじめ全ての神官・職員の方々は避難せず、焼夷弾が落ちてくる真下の御神域で、死ぬ覚悟で待機されたといいます。

雨のように落下する焼夷弾…神宮はどうなってしまうのでしょうか。


まず外宮ですが、正宮の御垣内にも焼夷弾が降り注ぎましたが、火に包まれることはありませんでした。

多賀宮は御階が燃えましたが、警備隊が体をこすりつけて消化したため無事でした。

月夜見宮は、周囲の住宅が全て焼失してしまいましたが、軍隊が懸命に消火活動を行ったことと、社殿の茅葺屋根に突き刺さった焼夷弾をはじめ、ほとんどが不発だったことで大きな被害をまぬがれ、社殿だけが焼け跡に建っているという状況でした。

後日に外宮の御神域から運び出された焼夷弾の残骸は、なんとトラック3台分にも及んだそうです。


そして内宮。

アメリカの40の軍機の照準も次第に正確になり、いよいよ神域に差し掛かります。

ところが、御正宮めがけて落とされた無数の焼夷弾は、なぜか途中からカーブを描き、五十鈴川対岸にある鼓ヶ岳山の方向へ落下していき、内宮には全く被害がなく最後まで無傷だったのです!

倭姫宮も宿衛屋は焼失しましたが、本殿は無事でした。

ついに1弾も御神域を傷つけることはできなかったのです。

この奇跡を目の当たりにした神職の方々は、神宮の「御神威」に涙したといいます。

米軍は脅しだけで、実は不発弾ばかりを落としたのではないか、わざと外したのではないかという説もあるようですが、この空襲の時には辺り一面が、昼間のように明るくなっていたということですし、わざと外したとしても何発かは当たりそうなものです。

私は間違いなく神宮の神々のお力だというように感じます。

元寇襲来や伊勢湾台風の際にも、このように神宮がご神威を示される話がありますが、この空襲のお話は特に、神宮のご神霊のお力を感じられるものだと思いました。


アメリカ軍は空襲を行うことで神宮のご神威を貶めようとしましたが、逆に神宮のご神威を証明し、日本人にとって揺るぎないものとしてしまった、といえますね。

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戦争でお亡くなりになった方々に思いを寄せ心よりお祈り申し上げます


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