雪の降る札幌
とうとう冬が来てしまいました。

さて、私は
この仕事に就いて7年になりますが
その中で数百柱のご遺骨を
見てきました。

お墓から出した土など付着したご遺骨
火葬したばかりのご遺骨
大きな身体だった男性のご遺骨
生まれて間もない子どものご遺骨
愛されたペットのご遺骨
様々なご遺骨を見てきました。
ご遺骨は、
触れてはいけないもの
見るものではないもの
怖いもの
など様々な考え方が今までの日本には
有りました。

しかし、私にとってご遺骨は
故人様が生きてきた人生そのものであり
厳かであり
尊ぶべきものだと感じております。

上記のような考え方を
もつようになったのには
この粉骨という仕事と出逢う前に
とある体験をしたことが
きっかけとなりました。


とある体験…
それは、「最愛の祖父の死」です。

溢れるほどの思い出を遺して
最愛の祖父が亡くなったのは、
11年前のことでした。

祖父は、事故で入院し
外傷による認知症も進み
深まる秋に息を引き取りました。

実習を早退し
祖父の湯灌に立ち会い
通夜、そして夜は寝ずにロウソクの火を
両親と共に点しました。

そして、火葬当日
哀しくて辛くて、だけれど
涙をこらえ祖父を見送りました。

そして、遺骨になった祖父

親戚の集まる収骨室
泣き声と張り詰めた空気の中
その遺骨をみて私は、
感じるままにことばを発しました。

「ばぁちゃん。
   じぃちゃんは、生前ばぁちゃんが
   ご飯作っても何も言わなかったけど
   今ここで
   美味しいご飯をありがとうって
   言ってるんだよ。
   だってこの顎の骨、
   ガッチリしてるでしょ。
   ご飯しっかり美味しく食べてた証拠だよ。」

当時私は医療系の専門学校へ行き
国家試験の勉強のため
解剖学などを学んでおりました。

骨については少し詳しかったのです。

そんな、祖父の
最期のメッセージのようなもの
骨から読み解くことができ
伝えることができたとき
祖母も母も周りの人たちも
よかったよかったと泣き崩れました。

その時
骨は、その人の「生きた証」だと
感じるようになりました。
そして、この体験は
私の心に刻まれたのです。

それから約4年後、縁が紡ぎ
粉骨に携わる機会を得られました。

どんなご遺骨も
想い偲ぶこと
そして慈しみ尊ぶこと
それが私たち九曜スタッフの礎です。


そして、今日も明日も
ご遺骨に自身の骨をうずめる気持ちで
努めて参ります。