ただ、私は私であって、音に向かって溶け出していく、それは真夏の海の中を進んでいくのとイコールに近い。
べボベのライヴに行って来た。
アルバムで聴くよりも、やっぱり震える。
色んなところの音をうんと引っ張る。
しつこいよ、って思うけど絡まって連れてかれるのが気が遠くなって気持ち良い。
ついに自由、とか、さみしさなんてものともしない、独りである解放感を私は感じてしまう。
今回は特に。
停滞、孤独を新しい音でああでもないこうでもないやっぱり、と畳み掛けて魅せる。
アルバムを聴いて、こんなに良いものを造るなら「個である為の孤独」は悪いものではないと思ったんだ。
音と繋がり、時間軸を無視して向き合う。
それから、外は世界が堕ちそうな程雨が降っているのに、夏を連れてくるからすごい。
笑い事でない話から「ライヴ中はいつもにこにこしててね」って言ってたけど、その気がなくてもこの音楽に、にこにこしないわけがない。
ただ泳いでしまうんだ。
そしてやっぱり下に行かなくて良かった。
ここでのサークルモッシュは「負のスパイラル」と呼ぶ事にする。
誰もが、孤独で寂しいんだよ。
ただ一人で対峙するしかない。
普段壁を作って、空回りして、サークルモッシュをしたってその穴は埋まらない。
何かすごい事を巻き起こしているような気分になる。
同じことをして共有して解り合えたような気になる。
でもなくならない。
だからまた埋めようとサークルモッシュをしにライヴに来る。
負のスパイラルだ。
特に今回のアルバムの内容からすれば、少しでもアップテンポになればサークルになろうとするのは回路がおかしいとしか思えない。
まさにカオス。
ベボベである必要がない。
ベボベの音を聴きに来ている人を弾き飛ばしてまでしないで欲しい。
「楽しみ方は人それぞれ。」
うん、だから人の楽しみを凌駕してはいけないんだよ。
二年前のZeppで「こんなんだったら来なければ良かった」って肩落として話してた女の子達を私は忘れない。
好きなアーティストに配慮を求められて、気を使わせて言わせて恥ずかしいよ。
私もびっくりすることをいきなり求めて来られて、それを聞いてた隣の人も驚いてて「ちょっと有り得ないですね」って話してたんだけど…思っても見ないことを言われて「できない」としか答えられなかったけど、実生活で空回りするような人達がたくさんいる時代なんだ、スルーではなく対応も考えてかないとな。
ああしょげる。
孤独を怖れるな。
自分を明らかにする為に呼吸をして踏み出せ。
好きな場所で眼が合ったら笑い合う、点滅で私はいいや。
海に行く。
泳げばまたBaseBallBearが自動再生されて、私だけの海になるんだ。